第58話 侵入者
「そもそも、スキュラやイーゲルのような問題は他の領地でも起こっているらしい。とはいえ、一番被害がでかいのは俺の所だがな」
「イーゲルに関しては手引きをしたものがいることが判明している。カウウェルという男を覚えているか?」
その日の夜。
俺はバーレンとレオンと共に現在領地内で起きた問題について話し合っていた。
なぜか大浴場で、男三人、全裸姿でだ。
バーレン曰く『ここが一番、話を聞かれない』ということらしいのだが……お、落ち着かねぇ。そこら中に派手派手な装飾が施されて、ライオンだかグリフォンだかそんな彫刻が大量の湯を吐き出している。
しかもシャワーらしき道具まであった。聞けば、魔法によって流すことができるらしい。魔法って言っとけば全部説明できるってすげーよ。
それはさておき、話の内容はいたって真面目だ。
「カウウェル……人身売買をやっていた男か」
今でも思い出すと鳥肌がたつぐらいに気持ち悪い男だったな。
あいつのせいで多くの女性冒険者が被害にあった。ポーラもだ。俺はあえて、彼女のトラウマになるその話題を避けているが、時々、ポーラが思いつめたような表情を浮かべていることを知っている。
奴らに何をされたのか。俺はそれを問うことはしない。それに、そうだったとしても彼女は仲間だからな。
「全くもってやってくれるぜ。商売の関係で多少の不正ぐらいは見逃す。私腹を肥やす程度ならな。だが、奴は人身売買に手を染めていた。巧妙に隠しつつな。それでもほころびは生まれるもので、お前が見事捕らえたわけだ。それはいい。だが、後になってわかったこともあってな」
「と、言うと?」
バーレンは難しい顔を浮かべながら腕を組み、ため息をついた。
どうやら面白くないことがわかったようだ。
「どうにも奴は色んな所に手引きをしていたらしい」
「手引き……そういえば、奴はイーゲルとも関係がありましたね」
「あぁ。捕らえた女を献上していた……だが、どうやらそれだけじゃないみたいでな。奴め、商会の幹部という地位を利用しては各領地の軍の動きや冒険者の出入りなんかもどこかに送っていた形跡がある」
そのうちの一つは間違いなくイーゲルだろう。今に思えば奴があそこまで迅速に侵攻できたのはその前情報があったからなのかもしれない。
それにしても、あのスケベ爺。まさか他にも情報を売っていたとはな。
「所属していた商会には通常の商談及び契約金や報奨金の支払いという名義で虚偽の報告が行われていたことも確認できた。こいつを聞き出すのに苦労したぜ。いや、聞き出せてよかったというべきかな」
その一瞬、バーレンはさらに難しい顔を浮かべていた。
「件のカウウェルだが、奴は本国への移送中に死んだ」
「……暗殺、ですか?」
「いや、野盗どもに襲われてだ。護送していた兵士たちも皆殺しになった」
これは、もしかして、口止めか?
「奴の罪状は決まっていたし、極刑は免れない。だが、それよりも奴からはその背後に潜む黒幕とも呼ぶべき存在を聞き出さねばならなかったのだがな……」
「黒幕?」
「そうだ。いくら奴が商会の幹部であろうと、できることは限られている。賊との接触にしても、人身売買のルートにしてもだ。少なくとも、俺の領地内で売り買いがあった記録はない。領地同士の境界線、ともいうべき空白のライン。奴はそこで売買を行なっていたらしいのだがな……問題はそこからどこに流れていったかだ。そこだけは奴も口を割らなかった。調べても証拠がなかった。ゆえに本国に送り、さらなる拷問……まぁここはいいか」
さらっと拷問という単語が出てくるあたり、やっぱりこの世界って変なところで厳しいんだな。
まぁあんな連中に対しては妥当だと思う部分もあるが。
それにしても黒幕か。あの時はそんなところまでは考えてなかったというか、イーゲルがすべての元凶だと思っていた。
イーゲルは魔族の力で若返り、その身に湧き上がる衝動を様々な方法で発散していた。その手段の一つが、性的な発散だったと調べがついている。あの盗賊団自体が胸糞悪いことをしていたのは周知のことだからな。
そんな連中に女たちを献上していたのがカウウェル。俺はイーゲルがカウウェルに命じてそういうことをさせているものだと思い込んでいたが。
「聞けば、君の仲間にいたユキノという獣人だが、その子はイーゲルの下に囚われていたのだったな。彼女は何か知らないのか?」
「残念ながら。ユキノは言ってしまえば魔力の供給源のような扱いだったらしく……」
「ふーむ……そうはうまくいかんか。あと、調べられるとすれば……カウウェルの下にいたというあのシスターだが……」
バーレンはそこで言いとどまる。
ちらっと俺の様子をうかがうような視線を向け、またため息をついた。
「レディに恥をかかせるのは俺の趣味じゃねぇ。それに、人には聞かれたくないことの一つや二つはあるからな……聞けるなら、それに越したことはないが……」
「すみません……可能ならば、こちらから聞き出すことも可能ですが?」
俺個人としてもポーラのトラウマを刺激はしたくない。
だが、任務とあれば……。
「いや、そこまではしなくていい。幸い、新たな情報源もある。それが、今朝話した残党だ」
しぶとく生き残ってるって連中か。
確か新しいリーダーがなかなかに厄介なんだとか言っていたな。そして俺に下された新たな任務がそいつらの調査のはずだが?
「そなたの調査任務に連動して私も部隊を動かすつもりだ。いうなれば陽動だが、これはいつもの討伐任務でもある」
レオンが会話に加わる。
「ここしばらくは小競り合いが続いていてな。えぇい、面倒と私が単身突撃してもよいのだが、立場がそれを許さなくてな。ベガにどれほど怒られたか。立場あるものというのはこういう時、枷になる。そう思うと、若き頃の父上が羨ましい。父はかつて田舎町で魔法が扱えるだけの人間でしたのに」
「違うぞ、千年に一人の天才だ。まぁ若い頃は確かに自由にやってたな。だから冒険者にもなれた。俺たちの頃はまだ討伐者って言葉の方が残っていたが」
それを語るバーレンはどこか得意げだ。
「とはいえ、俺は人間だ。かつてのメンバーに比べりゃ衰えるのが速い。実際、剣も握れないし、魔力も落ちてきた」
「とてもそうは見えませんけど?」
バーレンは既に老人だが、そうは感じさせない若々しさがあった。
「見た目はな。これでもあちこちにガタは来てる。全く、若い連中が羨ましいぜ」
「やはり、冒険は今でもしたいのですか?」
「当然だろ? だが、いつまでも冒険者は続けられなかった。嫁さんたちの世話になるのもなんとなく嫌だった。だもんで、権力者になって、土地貰ってこうして生活してるんだがな。まー面倒ってなもんよ、領主貴族ってのは。が、なっちまったもんは仕方ないから、こうして務めを果たす。その点に関しちゃ俺は手段を択ばないつもりだぜ?」
「だから、俺を呼び寄せたと?」
「その通り。サリーからは話は聞いていた。お前なら、この面倒な問題を片づけられると思った」
なるほどね。
バーレンはその奇天烈な性格はさておいて領主としての自覚、責任は十分にあり、また務めを果たそうとしてる。ならば、俺もそれにこたえるべきだろう。
改めて、今回の依頼の重要性ってのが認識できたつもりだ。
「ま、何はともあれよろしく頼むぜ?」
バーレンの言葉に返事をしようと思ったその時だった。
バチンと何かが弾ける音と共に浴場に備え付けられた窓から天に上る青白い雷光が見えた。
「磨墨の電撃!?」
契約者である俺はそれが磨墨によるものだとすぐにわかった。
それと同時に俺へと念話が送り込まれてくる。ユキノだ。女性陣たちには悪いが、風呂は男たちが先に頂く運びとなっており、彼女たちはあてがわれた部屋でくつろいでいたはずだった。
『ご主人様!』
「ユキノか、どうした? 磨墨が興奮しているが?」
『大変なんです! 賊が侵入しました!』
「なんだと?」
賊って、まさか盗賊の残党か?
なんだって急に!?
「失礼します!」
時を同じくして、浴場へと伝令を任されたらしい騎士がやってくる。
かなり切羽詰まった様子だ。
「なにか!」
彼の様子に並みならぬものを感じたのかレオンの表情は戦慄していた。
バーレンも険しい顔を浮かべている。
「はっ! 賊が侵入、数は約十、それと……」
「なんだ、言え」
「べ、ベガ様が、攫われました!」




