第56話 そんでもって決闘
唐突だが、俺は黒騎士の鎧を纏い、城内に設けられた訓練場でバーレン・ダグドの長男、レオン・ダグドと対峙していた。
訓練場の周りには領主ダグドとその二人の妻、レオンの弟のベガ、それと城内の騎士たちと、我らがギルドマスターのサリーが観客という形で集まっていた。
「まずは、感謝」
俺と対峙するレオンは一言、そう言いながら礼をする。
レオンは俺とは正反対の白銀甲冑を身に纏っており、手にした武器は宝玉のようなものが埋め込まれた大剣に円形の盾であった。鎧は色合いこそ派手だが、無駄な装飾がなく、非常に動きやすい形状をしており、それがかなり実戦向けの作りであることが窺える。
「此度は私のわがままに付き合っていただき、誠に感謝!」
レオンは相変わらずの大声で、再び礼を言うと、剣を掲げた。
そもそも、なんでこんなことになったかというと、話は一時間ほど前に遡る。
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時間は、レオンが応接間に乗り込んできて、俺の姿を見て盛大に驚いた場面から始まる。
「レオン、勝手に入ってくるなと説明を受けなかったか」
バーレンはやれやれと感じで首を横に振っていたが、あまり真剣に怒っているようにも見えなかった。むしろ「あぁ、またか」程度というか、それ自体を咎める気はなさそうなのだ。
「全く。大方、ブラックがいるからと、いてもたってもいられなくなったとか、そういうことだろ?」
「左様! しかし、英雄ブラックはどこにいったのですか!? そしてそこの怪しい黒ずくめの男は何奴!」
「二代目のブラック・ナイトハルトだ。キドー・オトワというらしい」
バーレン、あっさりのネタ晴らし。
ちなみに俺はこの時、勢いのすさまじさにちょっとついていけてません。サリーに助けを求めてみるが、彼女の方も「無駄よ」といった感じのアイコンタクト。そんでもってバーレンの二人の嫁さんも「仕方ないわねぇ」といった調子だ。
こ、これもしかして日常茶飯事なんだろうか。
「に、二代目?」
レオンはぱちぱちと音でも鳴りそうな勢いで瞬きをしながら、俺に詰め寄ってはじろじろと見まわす。それでもって今度は「ふーむ」と言って顎に手を当てて考えるそぶり。たっぷり五秒かけてから、頷くと、
「あいわかった! 初めまして、二代目ブラック・ナイトハルト!」
なんか納得してくれたようで、レオンは再度、改めて挨拶をしてくれた。
「改めて申しましょう、我が名はレオン・ダグドと申す。以後、お見知りおきを」
といって、握手を求められた。
「よ、よろしく。二代目を仰せつかった、城戸音羽と申す」
受けていいのかちょっと迷ったが、レオンはにっこにこの笑顔で手を差し出してくるので、俺はおずおずと彼の手を取った。するとぶんぶんと大きく腕を振ってくる。
「キドー、キドー・オトワ。うむ、覚えたぞ。しかし、二代目がいるなどとは聞いていませんでしたぞ、父上」
「そりゃ代変わりしたのはつい最近らしいからな。ついでに表向きには秘密、世間様には英雄の復活ということで広めている」
バーレンはもはや隠す必要はないと判断したのか、のんきにお茶なんぞ飲んでいた。
「なるほど」
いったい、父と息子の間でどういう認識のやり取りがあるのかわからないが、どうやらこの二人にしてみればそんな会話だけで物事が納得できるらしい。
「お、お待ちください父上」
そうでもないのが、ベガだった。
納得がいかないというよりは、話についてきていないといった具合か。
「二代目と言いましても、そもそも、そのお方はどちら様で……と言いますか、鎧と中身が一致しませんと言いますか……」
「なぁ、不思議だよなぁ。俺もよくわからんが、忍法という技で動かしているらしい。まぁあれだ。魔法だよ、魔法」
「いえ、そう簡単におっしゃいましても」
「さっきも言ったが、彼はキドー・オトワだ。忍者というものをしているらしい。そんでもって初代ブラックから鎧と名を受け継いだ二代目。それだけだ」
「さ、左様ですか……」
ベガはちらっと俺の方を見て、その後すぐに二人の母へと視線を向ける。
すると彼女たちは「諦めなさい」といった表情を返すだけだった。
「しかし、父上」
握手を終えたレオンはぱっと俺の腕を手放すと、また考えるような仕草を取った。忙しい奴だな。
「二代目ということは、この者は実力は確かであるということでしょうか? ここ最近、ブラック・ナイトハルトが関わり、解決したという事件。それらは、間違いなく、彼が解決したという?」
「まぁそうなるな。だが、色々と大人の事情だ。その功績はキドーのものではなく、ブラックという未知なる存在の手柄となる。本人たっての希望だ」
「なるほど……ですが、実力は本物とみるべきでしょうか」
そう言いながら、レオンは父親そっくりな笑みを浮かべていた。
「ならば、私の夢も叶いましょうな」
「夢?」
俺は思わず聞き返してしまった。
今に思えばもう、この時点でロックオンされていたんだろうなぁ。
「左様、夢でございます! 伝説の戦士と一戦交えたい! 男ならば、誰しもが夢見るものでございましょう?」
「え?」
この時、彼の中でどういう過程があって、そういう結論に至ったのかは、俺は永遠に理解できなんだろうなと思う。
「二代目ブラック・ナイトハルト、キドー殿。ぜひとも私と決闘をしていただきたい!」
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というわけで、こうなったというのだ。
もちろん、本気で決闘するわけじゃない。言うなれば模擬戦。交流試合のようなものだ。
レオンは言い出したら止まらない性格らしく、バーレンにそっくりなのだという。
うん、それはもうすごくわかる。
「伝説に挑むという誉れ。幼き頃の夢が、今叶いますれば!」
そう言いつつ、レオンは真っすぐにとびかかってくる。
その動きは速い。鎧を身に着けているとは思えないほどに素早く、俺も思わず反応が遅れかけた。
黒騎士の鎧ではそもそも速度に対応することが難しい。鎧纏化にて半ば操縦するような形で装着されたこの鎧はどうしたってコンマ単位での誤差が発生し、なおかつ鈍重な鎧故に忍特有の身軽さは扱えないのだ。
「……!」
「受け止めますか!」
振り下ろされる一撃を俺は右手の斧で受け止める。金属同士の甲高い激突音と衝撃が空気を震わせた。
なんつー一撃だ。見た目に反してレオンの攻撃は重い。これは、単純な腕力とかの問題じゃない。
身体強化の魔法もあるだろうが、鎧か剣に何かしらの加護がかかっているとみるべきか?
「しかぁし!」
レオンはつばぜり合いに移行するつもりはないらしく、円盾によるシールドバッシュをぶち込んでくる。それすらも、俺はなんとか片方の斧で防ぐが、信じられない衝撃と共に黒騎士の鎧が後方へと押し出される。
金持ちの御曹司なんて見てたらダメなようだな。
こいつ、実力は本物だ。
「遠慮はいらぬぞ」
レオンは俺にだけ聞こえるような声で囁く。
「私は手を抜くつもりはない。そなたを本物のブラックと思って挑む。なればこそ、そなたもすべてを出し切ってほしい」
「……承知」
すべてをね。
いいぜ、わかった。俺は二代目ブラックであると同時に忍者、城戸音羽だ。
なら、その戦い方をするまでの話だ。
「ならばお見せしようか。二代目の戦い方を」
その瞬間、俺は影へと沈む。
「むっ!」
レオンを含め、その場にいた面々は驚愕しただろう。
どう見たって鈍重な鎧の男の姿が影に消え去る。それは信じられない出来事のはずだ。
「どこに!?」
慌てるレオン。一見すれば隙は無い。見事なものだ。
だが、どう警戒しようと理解できぬ場所からの一撃を防ぐことは簡単じゃない。
「シャッ!」
「うぉ!」
俺はレオンの影、つまり彼の背後から一瞬にして飛び出し、あえて大振りの一撃を繰り出す。
これは殺し合いじゃない。決闘ではあるが、模擬試合だから。
「それが二代目の戦い方……」
「左様。忍の技、とくと見るがいい」




