第54話 かつての仲間たち
ゲルマー城の応接間はちょっとしたダンスホールぐらいの広さがあり、豪華な調度品の数々、歴代のゲルマー領主の絵画がずらりと並んでいた。
現・領主のバーレンの絵画ももちろんあるのだが、なんというか、こう……。
「あんた、相変わらずふざけてるわね」
同じように絵画を見上げるサリーはこめかみを押さえて、呆れかえっていた。
大体、こういう絵画は自身を多少なりとも脚色して、見栄えよくするものだと思うのだが、バーレンの場合は変なポーズに変な顔を浮かべていた。
「はっはっは! 面白いだろ。これで歴史に名が残るぜ」
「改めて言うわ。あんたバカよ」
「バカで結構。そんなバカでも領主になれたんだからな!」
「この国の未来が不安で仕方ないわよ……」
「申し訳ありません……レイラ様が必ず取り換えると申してますので……」
俺たちの後ろでベガが心底申し訳なさそうに頭を下げていた。ついでに部下の騎士たちも視線を泳がせている。
どうやらバーレンの奇行は今に始まったことじゃないようだ。だいぶと失礼なことを言うが、こんなのが領主で大丈夫なのか、ここ?
「あんたねぇ、それでも子を持つ親でしょうに。恥ずかしくないの?」
「安心しろ。子供たちは俺に似て優秀だ。ベガはすごいぞぉ、レイラより剣の腕はあるかもしれん。まぁ、まだまだひよっこだがな」
サリーから何を言われようと涼しい顔のバーレンは、歳の割には軽やかなフットワークでベガのそばに近寄ると、頭をくしゃくしゃとなで始めていた。
「恐れ多いですよ、父上。それに、兄上に比べれば私など」
さすがに恥ずかしいのか、ベガは顔を赤くしながら、しかし父であり領主であるという関係か抵抗することはなかった。
それにどことなくうれしそうだ。親子の触れ合いというものだろうか?
俺もミズチにはこれぐらいスキンシップを取らないといけないのかもしれないが……思えばあの子は放置気味だったからな。
「パパねぇ、そういう謙虚なところは嫌いじゃないけど、謙虚すぎるものダメだと思ってるんだがなぁ」
「ですが、事実です。兄上は父上の跡を継ぐにふさわしいお人ですから。強く、聡明でいらっしゃいます」
ベガは先ほどから兄のことをべた褒めだな。
俺の中の第一印象としてベガは礼儀正しく、真面目そうに見える。そんな彼がそこまで褒めるとなれば、その件の兄上とやらも相当なのかもしれない。
「バーレンの子のことは、あまり知らないな。どういう男なのだ?」
「はい! レオン兄様はレイラ様のご長男であり、文武両道、魔法の才能もあり、領民からも慕われております! 私は、これまで一度も兄様に剣で勝ったことがありません。今では父上の右腕として政治も担っており、多忙ながらも我ら兄弟のことも見てくれる良い兄なんです!」
「そうか……」
なんか、めっちゃ早口で説明されたが、大体わかった。優秀なんだな、うん。
てか、ちょっと口調も変わってる? 兄上から兄様ってなってるんだが。
興奮すると親しい呼び方に戻るってことだろうか。
「ゆ、優秀ねぇ……」
しかし、ここでサリーがまたも頭を抱え、苦笑いというかひきつった笑みを浮かべていた。
「まぁ、優秀なのは確かね……」
なぜ、言い淀む。
「ブラックも楽しみにしておけよ。俺の自慢のせがれだ。まぁ、今はちょいと出かけているが、じきに戻るはずだ」
「父上、兄さ……兄上はまさか」
「デートだよ、デェト。あいつも律儀だからな。お誘いは断らないのさ」
「そ、そうですか……今度こそ、う、うまくいくとよいですね……」
「う~ん、ダメじゃねぇかなぁ」
デートってなんだよ。レオンとかいう奴は女好きかなんかか?
しかもバーレンとベガの言葉から察するに、もう何度も行っているようだが、どうやらうまくはいってないらしい。
俺は思わずサリーの反応を見ると、案の定、サリーは難しい顔をしていた。
一体、なんなんだ、この家族。めっちゃ気になるぞ。
「ま、なんだ。そこらへんの話も含めて、久しぶりに仲間とご対面しようじゃないか。色々と、話したいこともあるしな」
バーレンはベガから離れると、今度は俺の真横にきて、ばしばしと背中のあたりを叩いていた。
「お前の話も、聞かせてくれよな。うん?」
その言葉はブラックではなく、城戸音羽に向けた言葉だが、ベガや彼の部下にはその真意は伝わっていないようだ。
バーレンは当たり障りのない言葉でうまく違和感を打ち消していた。
「あぁ、話せるところは、な」
「楽しみだぜ。さて、ベガ。悪いがここからは仲間だけの話になる。席を外しておいてくれないか。レオンが来たら、ちょっと待ってろと言っておいてくれ」
「はい、父上。では」
ベガは深々とお辞儀をすると、部下を引き連れて応接間を後にする。
「ん? 来たか」
バーレンはそう言いながら後ろを振り返る。
ベガと入れ替わるように反対側の扉が開くと、二人の女性が姿を見せた。
一人は長い金髪を蓄えたエルフの女性だ。黄緑色のドレスを身にまとい、お腹が大きい。そういえば妊娠してるとか言っていたな。彼女が、第一夫人のレイラなのだろう。
その隣にいるのは紺碧のウェーブのかかったセミロングの髪をなびかせた女性だ。これでもかと青をアピールしたドレス。肌の色はほんのりと青白い。ウィンディーネ、第二夫人のアマンダだろう。
二人とも、まだまだ二十代後半程度に見えるのだが、落ち着き払ったそのたたずまいは年齢を感じさせる。
「サリー! 久り振りね!」
レイラがにっこりとはにかみ、慎重の身なのに駆け寄ってきそうな元気の良さを感じさせた。
「はぁい、サリー」
アマンダの方は微笑を浮かべる感じで、ゆったり、おっとりとした雰囲気を纏っていた。
「レイラ、アマンダ! 相変わらずお盛んなことで。会うたびに子供が増えてないかしら?」
「ま、まぁね。ほら、これも貴族の務めだし」
「バーレンはスケベだからねぇ」
レイラは顔を真っ赤にしてうつむき、アマンダはのらりくらりと返事をする。
「はっはっは! 人間の俺と違って二人はまだ若いからな!」
とうのバーレンは恥ずかし気もなく胸を張って大笑い。
なんだろう。ものすごくむかつく。欲望に忠実すぎて羨ましいともいう。俺、こういうの怖くてできないわ。刺されるとか、嫌だし。
「それで、あなたが……ブラック、になってしまった方かしら」
レイラは咳払いをしつつ、今更ながら真面目で神妙な面持ちを浮かべて、俺と対面する。さっきまでののろけていた美女ではなく、そこにはキリリとした騎士の風格を持ち合わせた女性がいた。
「ブラックがその鎧を授けたということは、彼があなたを認めたということになる。かつての英雄の名を受け継ぎし者、その名に恥じない活躍を期待しますよ」
「あいつ、その鎧、物置にしまってたみたいだがな」
「……」
真面目な空気だったのに、バーレンの横やりで一瞬にして崩壊するのはなんとも。
レイラはじろっとバーレンを睨むように横目を向けていて、アマンダはけらけらと後ろの方で笑っていた。
サリーは「またか」と言ってため息。
「まーまー。お茶でもしながらさ。私もブラックの跡を継がされた子には興味あるしぃ。サリーがお姫様抱っこでここに来たことも興味あるしぃ」
「ちょっと、なんでそれしってるのよ!」
「そりゃあ私、ウィンディーネだもん。水があれば遠見ぐらいできるわよぉ」
いきなりの暴露にサリーが珍しく顔を赤くしてアマンダに突っかかろうとしていた。
「へぇ、あの堅物サリーが」
面白いおもちゃでも見つけたって感じでバーレンがにんまりと笑みを浮かべていた。
「まさしくキャリアウーマンって感じのサリーがねぇ。へぇ。何々、どういう関係?」
「う、うるさいわね。上司と部下、そしてこいつの使う馬が速いからそうしただけよ。効率の問題よ効率の!」
「ほんとぉ?」
うーん、この空気。ものすごいアウェイ。俺、殆ど話せてないっていうか、会話に混ざりにくいんだが。
「もう、ちょっと二人とも。サリーをからかわないの。全く、そういうところは変わらないんだから……ほら、二代目も困ってるじゃない」
なんとなくだが、このかつての伝説のパーティの在り方が見えてきた。
サリーは女性陣がものすごく苦労していたと言っていたが、その理由がわかるよ。これ、ちょっとでも隙を見せたら延々とからかわれるぞ。
「人払いは済んでるから、鎧も脱いでいいわよ。話しにくいでしょう、それ」
「レイラの言う通りだな。俺も、二代目の顔が見てみたいぜ。ブラックはいかつい顔だったからなぁ」
「それでは、お言葉に甘えて」
もはや正体を隠す必要もない俺は元の声に戻しつつ、鎧を影に収納しながら、脱いでいく。
「お、おぉ?」
さすがのバーレンも目を丸くして驚いていた。
それは二人の奥さんも同じで、目の前で起こる現象に茫然としている。
数秒後、漆黒の鎧を纏っていた巨漢は綺麗さっぱり消え去り、そこにいたのは黒ずくめの忍者。まさしく俺、城戸音羽であった。
俺はすかさず膝をつき、頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。姓は城戸、名を音羽と申します。現在はギルドマスター・サリーに陰ながら仕えております。ですが、表向きの私は弱小冒険者パーティのひも男。どうか、そのあたりは」
「あ、あぁ……ところで、それは一体どういうカラクリだ?」
バーレンは驚きの表情から一転して、好奇心旺盛な子供のように目を輝かせていた。
「これは、忍法と申す技。自分は、忍者をしております」
「忍法、忍者?」
「忍ぶ者、影に潜みて敵を討つ者でございます。この国の言葉で言うなれば、アサシン」
「へぇ、面白いじゃないか。あの黒騎士の二代目がアサシンか。ますます興味がわいてくるねぇ」
どうやら、バーレンは俺のことを気に入ってくれたようだ。




