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第53話 領主ダグド

 磨墨はまさしく早馬だった。

 しかも疲れ知らずで、基本的な馬たちがへばってしまうような距離、時間を走っても磨墨は息を荒らげることなく、突き進める。

 通常、半日はかかる距離。だが、磨墨であればたった数時間で駆け抜けることができるのだ。


「見えてきた」


 俺にしがみつきながら、サリーが前方を指さす。

 その先に広がっていたのは巨大な大理石を隙間なく敷き詰めたかのような外壁に覆われた厳かな門であった。

 外壁は見渡す限り数キロ単位。そこは街というよりは要塞のようにも見えた。


「あれがゲルマー。ダグドが治めるこの領地の中心地よ」

「でかいな……本当に、一つの小さな国みたいだ」

「我が国は王国とは言うけど、実態は帝国のような体制なのよ」


 帝国ね。言葉だけを聞くとなんか悪の軍団ってイメージが強いけど、ハーバリーとかを見るとあんまりそういう風には見えないんだよな。とんでもない重税をかけているわけでもないし、イーゲルたちの時もその動きはさておいて兵力を向かわせていたし。


「初代アトラシア国王を守護した十人の騎士たちにちなんで我が国は十の領域を定め、騎士たちに与えたというわ。それ以降、代々王国を守護するに値するものに領地の支配権が与えられてきた。ダグドがどうやってそれを手に入れたのかは知らないけれどね」

「なんだか話を聞けば聞くほど、そのダグドって奴が恐ろしい奴に聞こえてくるよ……本当に大丈夫なのか?」

「さぁ? 悪人じゃないのは間違いないわよ。ちょっと鬱陶しいと思う時はあるけど」


 なんのフォローにもなってねぇ。


「それより、そろそろ降ろしてちょうだい」

「え? いや、このまま行った方がいいだろ?」

「あのね! 遊びに来たんじゃないの!」


 サリーはぺしぺしとどこからか取り出した妙に太い木の棒で俺の頭を叩いているが、兜のおかげで痛くも痒くもないのであった。


「英雄であり、伝説の冒険者なんだ。目立ってなんぼだろ! それ!」

「ちょっと……!」


 俺は磨墨をジャンプさせ、一気に距離を稼ぐ。

 門へと近づくと、そこにはいくつかの騎士隊が並んでおり、防衛の任についているのが見えた。外壁には物見台も設置されており、俺がやってきているのは既に伝わっている様子だ。

 当然、かなり警戒を受けている。


「とまれ!」


 突如として現れた大黒馬に黒騎士はどう見たって異様だ。俺だって急に現れたら警戒する。

 門番長というべきか、その場に責任者であろう年かさの騎士が前に出てくる。


「何者かを答えよ。その異様なる姿、門をくぐらせるわけにはいかん!」


 それはごもっとも。


「我が名はブラック・ナイトハルト。領主に伝えよ。昔馴染みが訪ねてきたとな」


 俺の喉から出てきた声は普段のものではない。

 巧妙に声を変える、忍法というか練習すればだれでもできるようになるというか、まぁそういう技術だ。

 今の俺の声はブラック本人の声をまねている。


「ブラック・ナイトハルト……!?」

「本人よ」


 俺の腕からついに抜け出したサリーは飛び降りる。着地の瞬間、地面から巨大な草が生え、それをクッションにしながら軽やかに舞い降りると、サリーは一枚のカードのようなものを提示した。

 それはギルドカードだったが、俺たちの知るそれではない。ガラスのように透き通りながらも、確かな強度を持つ、恐らく何らかのクリスタルを加工したものだということはわかる。


「そのクリスタルカードは、ギルドマスターの証……」

「そうよ。ハーバリー・ギルド支部を治めるサリーが来たと伝えなさい」


 と言いつつ、サリーはちらっと俺の方を見て「ほら、あなたも」と言ってきた。

 一瞬、なんのことだと思ったが、そういえば二代目ブラックを継承した際にどういうわけかブラックのギルドカードも預かっていたのだった。

 俺は急いで、カードを取り出す。いつもどんな時でもものが取り出せるから影隠って便利だ。


「う、む」


 俺からカードを受け取った門番長はそれが偽造ではないことを確かめるように何か魔法のようなものを使っているのが見えた。

 ID認証のようなものだろうか。意外とハイテクなんだな、この世界のギルドカード。

 普段何気なくギルドの受付に提示してたが……。


「確かに、本物だ。おい、門を開けろ。英雄のお通りだ!」


 その瞬間、待機していた騎士たちが一斉に大声を上げ、歓声に包まれた。

 す、すごい人気だな、ブラック・ナイトハルト。


「し、しかし、随分と早いおつきで。到着はまだかかると……」

「馬車は遅いゆえにな」


 なお、この変声の術だが、結構喉に負担がかかるので、あんまり長く使いたくないので、受け答えは短めである。


「そ、そうですか……では、こちらへ。バーレン様には既に報告が届いていると思いますので……」


 門番長が答えると、門が開き、その先には騎馬兵が三騎並んでいた。

 騎士たちの鎧は赤茶けた色合いであり、何か猛獣を模したと思われるものを身に着けていたが中央にいる騎士だけは兜をかぶらずに素顔を俺たちに向けていた。

 青い髪をした少年だった。アムたちよりは少し年上だろうか。


「初めまして、ブラック卿。私は、ベガ・ダグドと申します。あなたの事は父と母からよく聞かされています。こうしてお会いできて光栄です」


 彼は馬から降りると、そう言いながら、俺たちに深々と頭を下げた。


「久しいわねベガ」

「はい。サリーさんも変わらずお美しいようで。レイラ様がいつも羨ましいと言っていますよ」

「エルフの癖に。それで、アマンダの方も相変わらずなの?」

「はい。今日もお酒を止められてレイラ様にかみついていましたよ。良い歳なのだから、そろそろ慎みをもって欲しいところですが……」


 ふむ、話の流れから察するにベガは第二夫人であるウィンディーネ、アマンダとの子供なのか。


「アマンダも相変わらずということね。苦労してるわね」

「慣れましたよ。さぁ、ご案内いたします。父も母たちもお待ちしていますから」


 そして、俺たちはベガたちに連れられゲルマーの中心にそびえる城へと向かった。

 その道中もまた歓声というか熱狂に包まれていて、ちょっとしたパレード状態だったことを伝えておく。

 やっぱ、英雄ってすげーな。


 *************************************


 ゲルマーに立つ城はまさしく中世ヨーロッパの城って感じで、どの世界でも人間の美的センスってのは同じなんだなと感じさせられる。

 城の周りには堀が作られており、浅いながらも水が満たされていた。ゲルマーの街のあちこちには水路が行き届いているらしい。

 堀の囲まれた城ってのは、あれだ。一応、防衛上の目的もあるんだったな。

 街と城とをつなぐ大きな橋を通り抜け、城門をくぐる。城の外も内も厳戒な警備体制で、兵士や騎士たちがあちこちにいた。


「お気を悪くしないでください。イーゲル一党の件もあり、警備を増やしているのです」


 俺がそれを気にしていると思ったのか、前を進むベガが申し訳なさそうに言ってきた。


「いや。よい、兵士たちだ」


 当たり障りのない答えを出しておく。俺はそこらへん、詳しくないからな。


「ありがとうございます。兵たちも喜ぶでしょう」


 こういう時、お世辞というのは使いようだ。別に悪いものじゃないからな。


「レイラ様はかつて名うての騎士でしたから、それにあこがれて鍛錬を続けるものも多いのです。かくいう私もレイラ様はもう一人の母であると同時に尊敬するべき戦士だと思っていますので」

「第一夫人が騎士団長を兼任してるところなんてここぐらいなものよ」


 サリーの言葉に俺は思わず反応をしかけたが、何とか押し黙る。

 今の俺はブラック。つまり、この手のことも知っている前提じゃないと不味い。

 いや、それにしても貴族の奥さんが騎士団長って、またすごいな。


「私としてはそろそろ落ち着いていただきたいという思いもあるのですけどね。新しい弟も生まれることですし」

「なに、レイラってばまた妊娠したの? 以前の会議ではそんな話聞いてなかったわよ。よくやるわねぇ。ダグドも」

「ふ、夫婦仲が良いことの証拠でしょう」


 色々と恥ずかしいのかベガはわずかにうつむいて、苦笑いを浮かべていた。

 その時だった。庭園の奥、城の中からガチャン、ガチャンと大きく響く足音が聞こえた。それは鎧同士の接触音でもあり、俺と同じくかなり仰々しい鎧であると想像できる。


「久……しい……な」


 しゃがれた声、無機質な鉄仮面にマントを羽織った男が姿を見せた。まるで体を引きずるようにして、こちらに歩み寄ってくる。


「すまん、なぁ。このような、姿と変わり果ててしまって……かの戦いでの呪いが我が身をむしばんでおる……」


 自分で言うのもなんだが怪しい。かなり、怪しい。

 だが、サリーもベガも、そして周りの兵士たちもなぜか難しい顔だ。


「父上、またふざけているのですか……」


 と言って、ベガが歩み寄ってくる男の兜を呆気なくはぎ取る。

 するとそこにいたのは黒髪を蓄えた壮年の男がいた。顔つきはどことなく若く、まだ少年のような目つきをしていた。


「ちぇー、なんだよ、ベガ。ノリが悪いねぇ。パパは悲しいよ」


 まるで叱られる子どもみたいなノリだ。


「父上、かりにも領主なのですから……それより、お連れしましたよ」

「ハイハイ」


 ベガが彼を父と呼んだ。

 それはつまり彼こそが領主バーレン・ダグドということになる。


「やーやー! あえてうれしいよ。ブラック・ナイトハルト卿」


 バーレンはせこせこと鎧を脱ぎ捨てながら、俺のそばまでやってきて握手を求めてくる。


「ようこそ、我が城へ」


 にっこりと笑みを浮かべるバーレン。

 先ほどからの彼の声音は親しい友人との再会を喜ぶと同時に、どこか俺が別人であることを知ったうえでの口調だ。言葉の中に他人行儀な印象があった。


「よろしく、バーレン・ダグド伯爵」


 俺もその姿勢に応じるように、答えた。

 するとバーレンはニヤッと笑う。それはまるで鎧の中に潜む俺に向けられているようだった。


「へへ、随分と大変だったみたいだな」

「……それなりには」

「そうかい。まぁいいさ。その話は後で聞こうか。改めて歓迎するぜ、ブラック」


 バーレンはにかっと子供のような笑顔を浮かべていた。


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