第52話 サリーの憂鬱
さて、あの夕食会から日が経ち、ついにやってきた領主との謁見の日。
俺とサリーは一足先に領地内の首都とも呼ぶべき街、ゲルマーへと向かっていた。
ハーバリーからゲルマーまでは馬車を使って約半日の距離。遠からず、近からずの位置にある。
他のメンバーは俺たちに遅れてゲルマーに到着する予定だ。さすがに一緒には移動しては目立つということでの配慮だ。
また、流石に今日は顔合わせ程度らしく、明日盛大にブラック・ナイトハルトを出迎える祭りを開催するのだという。
「ダグドはあまり貴族らしくない男だけど、一応注意はしなさい。領主を任される男だし、いうなれば小国の王よ。あと胡散臭いわ。悪い奴じゃないんでしょうけど」
ハーバリーを出発してまだ十分と経っていない頃。
籠付きの馬車に揺られていたのだが、あまりにも暇すぎるので、俺はサリーに領主はどのような人物なのかを尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「それ以外は気にしなくてもいいわ。話せば意外と楽しい男よ。領民からも一応、慕われているぐらいよ。愉快な男だってね」
「仲がよかったんだな」
「まぁ、パーティ内の仲は良かったわよ。ダグドがあちこちにちょっかいをかけて、ブラックがそのしりぬぐい。私たち女性陣はそれに頭を悩ませていたわ。それが気が付けば、伝説だのなんだのと呼ばれているのだけど」
かつての伝説の冒険者。
まさかサリーがそのうちの一人だったとは知らなかったし、マイネルスはリーダーであるブラックの奥さんだし。
「私とマイネルス、あとこれから会うことになるエルフのレイラは本当、毎回頭を悩まされたわ」
「そのエルフの人は、領主ダグドの奥さんの一人?」
「えぇ。かつては騎士団に所属して、騎士長まで務めた女傑よ。今は第一夫人として領内を取りまとめてるようだけど。それと、第二夫人、ウィンディーネのアマンダね。こっちはレイラとは正反対で、基本的にのんびりというか、お酒ばかり飲んでたわね……今も酒豪らしいけど」
なんか濃いメンバーだなぁ。
「全身鎧の黒騎士(正体はオーク)、胡散臭いと評判の魔術師、アルラウネに回復師の女性オーク、そこにエルフの女騎士がいて、ウィンディーネがいて……もう増えないよな?」
「あと人狼族の王子がいたわね。今は故郷で王様やってるはずだけど、元気かしら」
人狼追加されました。
ほんと、なんだこのメンバー。
「テリアって言う小さな男の子だったのよ。女の子みたいな名前でねぇ。でも、とても勇敢な子だったわ。今は随分と成長してるでしょうけど。特にレイラが可愛がっていたわね。彼女、小さいもの好きだったし。それをダグドがからかって、喧嘩になってブラックが喧嘩両成敗をして、マイネルスが説教をして……それ見てアマンダが酔っ払ってはやし立てて……」
遠い記憶を思い出すように馬車の籠の窓から外を眺めるサリー。
でも、そのかつてのメンバーの話をするときの姿は本当に楽しそうだ。
本当に、良い仲間、良い冒険をしていたんだろうなぁ。
「ギルドマスターは……」
「サリーでいいわよ」
「ん?」
外を眺めていたサリーは横目で俺を見ながら、
「名前で呼んでもいいわよ。言いにくいでしょ。ギルドマスターって」
サリーはいつもの口調であったが、視線はチラチラと俺の反応をうかがっている様子だった。
「え、いや……いいのか?」
「公の場でもなければ構わないわよ。プライベートまでそんな風に呼ばれちゃ、私、嫌なのよね。そもそもギルドマスターって面倒臭いんだもの」
「面倒……そりゃまぁ、大変な仕事だってのはわかるけど」
「というかね。押し付けられたのよ、私。お前が一番そういうのに向いてるからって。本当はギルドマスターはレイラがやるはずだったのに、結婚して子供生まれるからって……全く……」
ここ数か月の間はでかい事件が立て続けに起きていて、その事後処理にサリーが奮闘していたのは知っている。ついでにその処理を上乗せしたのが俺だという事実も含まれるが、これはこの際置いておこう。
「それで、なに?」
「あぁ、ギルド……サリーはまだ冒険したいのか?」
「……まぁね」
即答をしなかったのは、口では文句を言いつつもギルドマスターとしての仕事に責任を感じているからなのだろうか。
「知らない世界を見てみたい。そう思って、冒険者になったんだもの」
「なるほどな」
サリーの答えを聞いて、俺は立ち上がり、馬の手綱を引いていたサリー直属の部下に停車するように言った。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をするサリー。
「まぁ、ちょっとな。知らない世界ってのはまだ見せられんが、冒険者のようなことはできるかもしれない」
「はい?」
サリーの返事をまたずに籠の外へ出た俺は、即座に忍法・鎧纏化にて黒騎士の鎧を装着する。
「ちょっと、いきなりどうしたのよ?」
驚いたサリーも外へと出てくる。
それと同時に俺は召喚術で磨墨を呼び寄せていた。派手な演出はなく、ぱちぱち静電気がはじける音と共に魔法陣から磨墨が現れ、俺は騎乗すると共にサリーの手を取って、彼女を抱きかかえた。
「な、な!」
「冒険者らしく行ってみようじゃないか」
「はぁ? あんた、何言って……!」
「籠に揺られながらじゃ退屈そうだったからな。それに、こういうパフォーマンスしておいた方が領民も安心するんだろう?」
颯爽と現れる黒騎士ブラック。ついでに美人のギルドマスターも抱えて登場となれば話題騒然間違いなしだわな。
忍者、城戸音羽が目立つわけじゃないし。
「それに、こっちの方が速い!」
答えを聞くまでもなく、俺は磨墨を走らせる。
「……まぁ、いいわ」
文句を言ってくるかと思ったサリーだったが、苦笑しながらしっかりと鎧にしがみついている。
そんな俺たちを茫然と見送るサリーの部下にはちょっと悪いことをしたかもしれないが。




