第51話 レジェンド・パーティ
宴もたけなわ、というかいろんな意味で盛り上がりを見せてしまったサリー主催の食事会も終わりに近づいていた。
「うー、あー……くるくる~」
「ミズチ、ふらふらしてますよぉ」
ミズチはうつら、うつらと舟をこぎ始め大あくびをしている。そんなミズチを膝に乗せながら、ユキノもどことなくぼーっとし始めていた。二人とも、実は夜が早い。
「うー……お酒とか久しぶりだからぁ……」
「ちょっと、調子に乗りすぎたわね……」
アムとポーラも少し酔いが回って、大人しくなり始めていた。
一方でサリーはまだまだ元気と言った感じで、にこにことしている。
「こうやって大勢で食事をするなんて久しぶりだったわ。昔を思い出すわねぇ」
それは心底本当のようで、サリーは昔を思い出すように瞳を閉じながら語った。
「そういえば、ギルドマスターって昔は冒険者だったんですよね?」
アムの質問に対してサリーはうなずく。
サリーの過去か……女性の過去を詮索するのは無粋と言うが、サリーの昔話はちょっと興味がある。
ギルドマスターになるような女傑だからな。
「そうよ。と、言っても何十年も前……ま、姿かたちはあの頃と大して変わってないのだけど。楽しかったわよ。仲間と色んなところに行っては、大抵は大騒ぎ。一つとしてまともにクエストが終わったことはなかったかもねぇ」
「へぇ、なんだか今のギルドマスターからは想像できませんね」
ポーラも興味がわいてきたのか、話を聞く態勢になった。
「私も若かったということよ。と言っても、その時点ですでに百……まぁ、それはいいでしょう」
サリーは咳払いをして一部をごまかしつつ、話を続けた。
「日銭を稼ぐための冒険稼業もいいけど、私としてはやっぱり各地を転々としてほしいと思っているわ。まぁ、私が現役だったころに比べれば狂暴なモンスターも少なくなったし、今ほど平和でもなかったから、そうせざるを得ない状況だったって話だけど」
曰く、過去数百年の間、モンスターたちの活動が活発な時期があったという。それは大動乱期とも、モンスター世代とも言い、各国は当時続いていた戦争すら続けられない状況であったのだとか。
その時代から冒険者たちの原型とも呼べる討伐者と呼ばれるものたちが現れ、国もそれらをサポート、そこから今の冒険者ギルドが発展し、今に至るのだという。
「そして今から五十年前。大動乱期を終わらせた英雄の一人が、ブラック・ナイトハルトよ。彼以外にも英雄と呼ばれる冒険者たちはいたんだけど、大体は寿命や病気でこの世を去るか、現役を退いて、今じゃどこで何をしているかもわからないわ」
まぁ、ブラックに関しては農家をしているということが判明しているのだけどな。
「だから、ブラック・ナイトハルトの復活と聞いて多くの人々が驚くのも無理はないのよ。なんせ歴史に名を刻んだ英雄ですもの。しかも正体不明、そのミステリアスさが売りでもあるわ。まさかその正体がオーク、そして今じゃ二代目になってるなんて誰も知らないでしょうけど」
サリーはくっくっと小さく笑っていた。
「巷じゃブラックの正体は長命種の魔族ではないかと噂されているわ。彼らは数百年ぐらいなら若い姿でいられるから。ブラックも面倒だからそうだって名乗ってた時期もあったわね。でも実際は鎧を脱ぐのを面倒臭がっていただけなのよ。あれ、外しにくいって言ってたから」
このぶっちゃけ話を聞けるのは多分、俺たちだけなんだろうな。
「ぬ、脱ぐのが面倒って……」
「ブラック・ナイトハルトは邪龍との死闘で顔に傷を負ったから兜は外さないとかそういう話を聞いてましたけど……」
俺はこの世界にきて数か月の男だからあまりピンとこないが、アムとポーラにしてみればかなり興味深く、そして明かされる真実のしょうもなさにちょっと困惑気味だ。
「ま、まぁ黒騎士の正体はオークだったって知った時も驚きましたし……その人がまさかマイネルスさんの旦那さんで……もしかしてギルドマスターって」
やたらと詳しい話を続けるサリーにアムは何かを感づいたようだった。
そしてサリーもそれを認めるように頷く。
「えぇ、そうよ。ブラック・ナイトハルトがリーダーを務めていたパーティ。私とマイネルスはそのメンバーだったわ」
やはり、か。話の流れだけじゃない。かの英雄を言葉一つで呼び出せること自体がその証拠だったんだ。それに、俺が二代目を襲名した時もサリーとブラックはやたら親しかった。
あれは顔見知りというだけの関係ではないのは間違いなかったし、その理由も今となってみれば納得がいく。
「そして、明後日あなたが会う予定のダグドだけど。実は彼も元メンバーよ。胡散臭い魔術師でねぇ……気が付けば王国の重鎮になってるものだから私もびっくりよ」
「えぇ! あの領主様が!」
「嘘、信じられない……」
アムとポーラはそれぞれの反応を示していた。
俺はそもそも顔も人となりも知らないから驚きは薄い。
というか、サリーの交友関係半端ないな……なんだってそんな大英雄たちがこんな田舎に集まってんだよ。
「ついでに、ダグドの二人の奥さん。彼女もメンバーよ」
ん? 今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだが。
「二人?」
「えぇ、彼、重婚してるのよ。まぁ貴族だし、領主だから、周りもそういうものだって思ってるようだけど。でもエルフとウィンディーネはやりすぎよねぇ」
サリーはまるで少女のようにからからと笑っていた。
領主ダグド……姿が分からないのに、もう俺の中じゃとんでもねぇ奴ってなってきているんだが。
「ん? ちょっと待てよ……領主がかつてのメンバーだったとすれば、ブラック・ナイトハルトの正体を知っているわけで……あれ?」
もしかして、二代目になってることを知っているのか?
俺は思わずサリーへと視線を向けると、彼女は「ご明察」と言って小さく笑う。
「二代目の黒騎士なんて酔狂を誰が引き受けたのか、あの男も気になって仕方ないみたいなのよ。でも、領地内の安定を図る為のポーズであることも事実よ」
サリーは残ったワインを一気に飲み干して、最高の笑顔を浮かべた。
「あぁ、でも、本当に楽しかったわ。あなたたちも、悔いのない冒険者生活を送りなさい。やりたいこと、手に入れたいもの、全部達成する欲ぐらいはもっておいても損はないわ。人生を冒険なさい。先輩として、それだけは伝えておくわ」
まるで俺たちに言い聞かせるようでもあった。
「さぁ、今日はもうおしまいにしましょう。今日は意外と楽しめたわ。こうして、大勢で食事をする……また、やってみたいものね」
「ご所望とあらば、いつでもお付き合いしますよ。さすがに、毎回高い店はご勘弁ですが」
「私は元冒険者よ。野営だって気にしないわ。でも、ギルドマスターの立場だと、それもなかなかできないのよ。だから、羨ましいのよ? ひたすらに冒険を続ける、あなたたちのような姿って」
サリーは、そういって微笑みながら「全部、奢るわ」とだけ言って部屋を後にした。
「羨ましい、ね」
その最後の言葉。どことなくサリーは寂しげで、思いつめたように表情に影を作っていた気がする。
もしかしたら……サリーはまだ冒険者としての生活が送りたいのだろうか?
だが、今、それを問うことはできなかった。
サリーはついに戻ってくることなく、店を後にしたと店員に伝えられた。
俺は、他のメンバーの酔いが覚めるまで、店で待ちぼうけを食らうことになった。




