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第50話 ほろ酔い気分で

 高い店というものはいわゆるドレスコードというものが存在する。服装はきちんと整えなければならないというアレだ。

 極端な話ではあるが、ジャージ姿で三ツ星高級レストランに入れるわけがないのだから。

 さて、そんなわけで、俺は今後使う機会なんてあるのか定かではないちょっと高めのスーツを、女性陣はいつの間にやら用意していた品の良いドレスを着ていた。全員、自分の手持ち金で買ったものだということだ。

 ミズチも俺たちの貯金から出して子供用のドレスを着せている。


「楽しみですねぇ、フラッハでご飯だなんて!」


 アムはオレンジ色のドレスを着ていて、それはどこか踊り子のように見える。いやらしさはない、むしろ情熱的なダンスを見せてくれそうな服装だ。

 アムは胸をときめかせながらフラッハのレストランの外観を眺めていた。

 レストランは石造りで、見た目そのものは周辺の店と大差ない外観であったが、その中から漂うオーラというか、空気は明らかに外と違う。

 ゆったりとした音楽、ささやかな談笑、そして食器が重なり合うわずかな高音のみ。

 良い意味で悪い意味でも騒がしいギルドのラウンジとは正反対の場所だ。


「アム、騒がないで。こういう店って、そういうところも見られるんだから」


 もはやパーティの母親のようになりつつあるポーラは白を基調としたシンプルなドレスだった。肩にはグレーのストールを羽織っていて、普段のシスター姿のポーラとはまた違った印象を与える。

 そんなポーラも、実は結構緊張しているのか、表情がこわばっていた。彼女もこういうところは初めてなのだろう。

 なんとか場に飲まれないようにしているのかもしれない。


「あの、噂で聞いた話なのですが、こういったお店はお替り自由じゃないんですよね?」


 ユキノはそわそわとしながら、しかし楽しみですオーラが溢れるかのように銀色の髪をほんの少し逆立たせて、耳がぴくぴくと動いていた。獣人特有の興奮を示すしぐさなのだとか。

 ユキノは普段着とあまり変わらない姿であった。そもそもがどこかのドレスのような形をしていた。


「ねねね! 早く早く!」


 そしてミズチは相変わらずだ。俺の腕を引っ張って、もう待ちきれないという風にはしゃいでいる。

 ミズチのドレスは水色のフリルのついたものだ。背中に結ばれたリボンが羽のように広がっていて可愛らしい。

 

「わかってるって。あの、すみません」


 俺はウェイターの一人を捕まえる。


「はい。あぁ、お待ちしておりました」


 すると彼は俺たちを見てすぐにお辞儀をする。


「お伺いしております。この度は当店へお越しいただき誠にありがとうございます。既にお話は聞き及んでおります。お客様方は当店のVIPルーム、花園の間へとご案内いたします」


 どうやら既にサリーの手回しが済んでいたようだ。さすがはギルドマスター、手際がいいというかなんというか。

 俺たちはほどなくしてサリーの待つVIPルームへと案内されていく。

 それだけでも緊張はするものだが、下手に他の客に囲まれるよりはある意味では気楽かもしれない。


「ところで、キドーさん。ギルドマスターがこんなお誘いをかけてくるのって何回目なんですか?」


 そも道すがら、ポーラが突然の質問を吹っ掛けてきた。


「ん? 今回が初めてだぞ?」


 こっちも正直に答える。

 それ以外に答えようがないし。


「ふぅん。なるほど……」


 その答えに納得したのかしてないのか。ポーラはちょっと考えるそぶりを見せて、静かになっていく。

 どうしたんだ?


*************************************


「あら、いらっしゃい。早かったわね」


 案内された部屋はところどころに花が飾ってあり、レストラン特有の暗い室内ではなく、どことなく明るい。

 部屋の中央に備え付けられた円形の巨大テーブル。中央にはよくわからないが高そうな花と花瓶。綺麗に敷きならべられたナプキン、フォークとナイフ。これだけでも高そうだ。


「まぁ座りなさいな。他の子たちも」


 促されるまま、俺たちはそれぞれに席に座る。既に場所が決まっていたのか、俺はサリーと対面する位置に、サリーの両脇にはアムとポーラ、その隣にユキノとミズチといった具合だ。

 その後、タイミングよく飲み物が配られる。俺たちはワイン、ミズチはジュース(果実水)だ。


「まずは乾杯しましょう」

「かんぱーい! えへへ!」

「フフフ、元気な子ね。えぇ、乾杯」


 サリーははしゃぐミズチをたしなめることなく、乾杯の仕草をしてくれた。

 乾杯を終えると料理が運ばれてくる。殆どが小盛の料理だが、その数が多く、見た目以上に腹にたまるものだと思う。

 そしてこれ一皿でギルドで頼む料理よりは高いんだろうなと。


「どうぞ、遠慮せずに。支払いに困るほど、貧乏じゃないわよ。キドーには世話になっているし、よく働いてもらっているから。むしろ、こういう場を設けるのが遅かったと思っているぐらいよ」

「ありがとうございます」


 しばらくはこういう社交辞令のような会話が続いた。

 表向きの冒険者としてはどうなんだとか、面白いクエストはあったかとか、料理はどうだとか。

 談笑は続くのだが、俺たちはどこか遠慮気味だ。サリーもあまり突っ込んだ話題を持ってくることはない。


「ところで、前から一度聞いてみたいと思っていたのだけど」


 食事が進み、アルコールも程よく回ってきた頃だ。

 サリーはぐるりと俺たちを見渡し、猫のように目を細めて薄い笑みを浮かべた。


「あなたたちって、全員、キドーのお手付きなの?」

「だはっ!」


 そのぶっとんだ質問が投げかけらた瞬間、俺は口に含んでいたワインを吹き出しそうになったが、何とかこらえる。それは他の面々も同じで顔を青くしたり、赤くしたりして混乱していた。


「お手付きってなに?」


 そんな中、一人だけ意味をわかっていないのがミズチだ。


「ん~簡単にいうと誰があなたのママなのかって話よ」


 おい、待て、余計なことを教えるんじゃない。

 ただでさえ時々変な言葉覚えて帰ってくるってのに!


「え! ママって大海龍だよ?」

「でも、パパは?」

「パパ!」


 ミズチは俺を指さす。


「ママにも色々とあるのよ。パパの一番がママになるの」

「へぇ~」


 ミズチはあまり理解してなさそうな返事だ。それよりもご飯らしい。


「ちょっと、ギルドマスター。子供がいるわけですし」

「なぁに、アム。そういえば、あなたが初めてキドーと出会ったのよね。ある意味では一番付き合いが長いわけだけど、どうして今日まで一緒に?」


 恐る恐るとアムが意見をするが、サリーはむしろ獲物を見つけたような笑みを浮かべていた。

 この人、まさか酔うと面倒臭いのか?


「そ、それは、あれですよ。御恩を返すためですし、パーティですし」

「ありきたりねぇ。まぁ、他の二人も同じような理由だから、それでもいいのかしら」


 サリーはポーラ、ユキノと順に視線を向ける。


「ま、細かいことはどうでもいいのよ。命を救われたってのは大きな意味もあるでしょうし、理由にもなるわね。それよりも、本当に何もないの?」

「ないですよ。仲間なんですから」


 俺はきっぱりと答える。


「でも、ちょっとは期待してるんでしょう?」

「……まぁ、そりゃ、ちょっとは」


 えぇい、図星を突いてくる人だな!

 そりゃ、俺だって男なんだから、こうやって美女に囲まれて何も思わないわけがないでしょうに。

 でもね、そういうのには色々と分別をつけなきゃならんでしょうが。


「キドーはこう言ってるけど?」

「そ、そうは言われましても」


 ユキノは狐耳をペタンと折り曲げている。


「そうですよ。いきなり、そんな……」


 ポーラはじっと目を閉じて毅然な姿勢を取っているように見えて、顔を赤くしてる。


「ほら、あの、えっとぉ」


 言葉が見つからないアムはあっぷあっぷと息切れした魚のように口をパクパクとしている。


「じれったいわねぇ。お堅いともいうべきかしら。なんだか、お互いに変な予防線でも張ってるのでしょうけど、そんなことしてたらさらっと誰かに取られるわよ。そう、例えば、裸を見られた私とかね?」

『え?』


 サリーの爆弾発言に、ミズチを除いた全員の目が俺に向けられる。

 裸って……あれか、スキュラの時の報告!?


「ちょ、ちょっと待って。そんな昔の話を……!」

「だって事実でしょ。いきなり部屋に忍び込んできて」

「誤解! それ誤解を生むから!」

「私も裸みられたー! みせたー!」


 そこでミズチも参加するからもうてんやわんやになる。


「ミズチ! 余計なことを言うんじゃありません! いや、それよりギルドマスターさん、サリーさん、お願いします、ちょっと勘弁を」


 さっきから女性陣の「裸ってどういうことだよ」オーラが痛いんです。


「あれは、ほら、事故みたいなもんじゃないですか!」

「事故でも裸見たら責任問題でしょ」

「せ、正論!」


 言い返せねぇ。


「そうねぇ、責任といっても金銭なんていらないし……人生の伴侶にでもなって償ってもらおうかしら?」

「なに言ってんだあんた!」


 伴侶って、それ、あんたつまり、結婚ってことか!?

 その発言に女性陣もがたっと席を揺らす。


「待ってくださいよ、結婚って、それはダメですよ!」


 アムが食いつくが、サリーは涼しい顔だ。


「そう? 妥当じゃない? それに、ミズチの為にも必要だと思うんだけどねぇ」

「え? 私?」


 きょとんとするミズチに向かってサリーはにっこりとほほ笑む。


「そうよぉ。パパはいるけど、そばにいてくれる方のママはまだいないでしょ? ミズチは誰がママになってほしいの?」

「ちょっとぉ! ミズチを巻き込まないでぇ!」

「えぇとねぇ、パパの一番はねぇ、ミズチがなるー!」


 うっ、可愛いこと言ってくれる!

 子供特有の返答だ。これにはサリーも虚を突かれた感じだ。


「あらら、ちょっと期待してた答えじゃないわね。まぁ、それはいいんだけど」


 サリーはもう一度ワインを呷ってから、頬を紅潮させつつ次の話題に切り替える。


「でも、結婚すること自体は悪いとは思ってないのよぉ? 私としても、キドーの能力は悪くないと思うし。私の旦那ともなれば大手を振って能力も使えるわよ? いちいち面倒な工作しなくても十分に名声は得られると思うけど?」

「め、名声だなんて、そんな……」


 アムたちは俺の方を見てどうなんだという返答を待っているようだが、急にそんなこと聞かれても困る!


「キドーさんはどう思っているんですか」


 なんで急に深刻そうな顔をするんですかポーラさん!


「いや、ほら、俺は今の暮らしに文句はないですから……」


 この模範的な回答よ。

 どっちつかずな返答でお茶を濁すぜ。


「優柔不断ねぇ。任務の時はどこか冷徹なのに」


 そ、それはそういう風にと努めているからだよ!

 俺だって自分でも意外とやれててびっくりしてるわ!


「フフフ、それにしてもあなたたち、からかうと面白いわね。コロコロ顔を変えちゃって」


 俺たちのあたふたが盛り上がってきたところで、サリーは急に一人で大笑いを始めた。

 なんだろう。こんな姿ははじめてみるかもしれない。


「う、フフフ! ほんと、面白いわね。明後日のダグドとの謁見も面白くなりそうね」

「本当、勘弁してくださいよ……」

「はいはい。冗談だから、流しなさいな」


 しかし、それを言うサリーの目はまだ微妙に笑っていた。

 この人、やっぱり酒癖悪いんじゃ……。


「ちょっと、お酒進んでないんじゃないの?」


 気分でもよいのか、サリーは新しいワインを持ってこさせる。

 そんなこんなな食事会はまだしばらく続くのです。はい。

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