第5話 不穏なる影を感じて
ハーバリーの街はいわゆる田舎に相当する場所にあるらしいがそれでも街と言うだけあって賑わいがあり栄えている。
俺たちがこの街にたどり着いたのは空が白み始めた早朝。昨晩から夜通しで走ってきたのだ。
そこからは怒涛の勢いといった感じだ。街に到着するなり、門番だか衛兵だかに病院はどこだと聞きだし、周囲の視線も気にせず教えられた病院へ直行。
剣士(だと思う)の少年と魔法使いの少女はすぐさま回復魔法とやらを受けて現在ベッドで寝かされている。
「二人とも怪我もすぐに治るそうです」
「そうか」
俺とアムは病室で怪我人二人のそばにいた。他にいく当てもない俺は何となくその場に居座っている。
実はこの街に到着してから、俺の姿は忍者装束のままなのだ。当たり前だが、かなり目立つし、もはや忍んでないが、死にかけの怪我人を運ぶというのっぴきならない状況だったので、勘弁願いたい。
さすがにいつまでも黒頭巾をかぶったままではいられないので、頭巾を脱いでいるけれども、俺ときたら壁に寄りかかって腕組み。
恰好つけてるわけじゃない。何を話せばいいのかわからないので、とりあえず黙ってるだけなのだ。
「回復術師様たちも言っていました。応急処置が適切だったから回復魔法も間に合ったのだって」
「そうか」
そういわれるとちょっと嬉しい。
だったらもっと気の利いた言葉を言えと思うが、なんか言葉が出ない。
それにしても魔法ってすごいんだな。俺が必死こいてふさいだ傷口も呪文一つでキレイに閉じていくんだから。
なんでもよっぽどの傷じゃない限りは痕も残らないように治せるのだとか。
ふーむ、そうなると回復魔法ぐらいは覚えておいても損はないかもしれないな。俺の薬草学で調合できる薬は毒消しなんかは幅広い効果をもたらすが傷薬というのは即効性のあるものはないし。
「あの、改めてお礼を。キドー様が助けてくださらなかったら、私たち……」
アムは何度目かになるお辞儀をしてくれる。律儀な子だ。
「気にするな。俺としても偶然、たまたまだ」
「それでもです。キドー様のおかげで私たち三人は無事でしたし……あの、差支えなければで良いのですが、なぜあそこにいたのですか? 森の中はモンスターもいますし、夜は危険ですし……特別、クエストがあったような話もなかったと思うんですけど……」
いつかは来るだろうと思っていた質問だが、さてどう答えるべきか。
いやぁ実は女神様に転生させてもらってこの世界に舞い降りたのさ。
なんてこと言っても信じてはもらえんだろうしなぁ。
俺としてはなぜ兵士に追われていたのかが気になるところだ。
あれはどう考えても尋常じゃない。兵士の様子もおかしかった。
「質問を質問で返すようで悪いが、君たちこそなぜあの森に? そしてなぜあの状況になった?」
「それは……なんと説明していいのか……」
「そこからは……俺が話す……」
口ごもるアムに代わって、荒い息を吐きながら少年の声が聞こえてくる。
「ハンス! 目が覚めたのですか?」
少年の名はハンスと言うらしい。
ハンスは目が覚めたとはいえ傷口が痛むのか、顔をしかめていたが、それをこらえながら上半身を起こそうとしていた。
すかさずアムが駆け寄り上体を起こすのを手伝っている。
「あんたが、俺たちを助けてくれたんだよな……覚えている。痛みで気を失ってたが……本当に感謝している。ありがとう」
「いや、成り行きだ。気にするな。それより、無理はしなくてもいい」
「無理をしてでもこのことは伝えておかないといけない。俺たちはクエストで、港町のカルロべにいたんだ。森を抜けてさらに南に十キロほど進んだ場所にある。特別栄えてるってわけでもないが、廃れてるわけでもない、小さな町なんだ。そこの町長が結婚披露宴を開くとかで、パーティーの護衛をクエストで依頼を出してたんだ。報酬も悪くなかったし、楽な仕事だったんで、受けたんだよ。俺たち以外にも別の街からクエストを受けた連中もいたんだぜ」
警備員のバイトみたいなものか。
クエストってのは、まぁ、RPGなんかで見かけるクエストのことだよな。このあたりは何となく理解はできる。
それで、依頼を受けていざ向かったらってわけか。
「披露宴自体は結構豪勢だった。小さい町とはいえ、町長の結婚披露宴だしな。俺たちも警備がてらに食事を振舞われたし。ただ、その途中で、キャニス……隣で寝てるこの子がな、食事に薬が混ざっているって見抜いたんだ」
「薬? 毒か? この子はそんな能力を持ってるのか?」
失礼な話だが、見た感じこの少女にそんな能力があるようには見えないな。
魔法使いと言ってたが、そういう魔法でもあるのだろうか。
「能力と言うか、キャニスはもともと料理が好きだったし、医者になるって薬物学を学んでいたんです……なので、味がおかしいって気が付いたのかもしれません」
アムが付け加えるように説明してくれる。
なるほど知識が身を助けたってわけか。
「毒といってもしびれ薬みたいなものだったらしくって、俺たちはキャニスの魔法ですぐにレジストしたんだが、他の参加者はばたばたと倒れていったんだよ」
「それで、逃げ出した……と?」
「そうなる……そしたらどこに隠れてたのかわらわらと重武装の兵士が出てきて、あとはあんたと出会うまでに至るって感じだ」
うーむ。嘘を言っているわけではないだろうが、気になる点がいくつもあるな。
その港町がどれほどの規模なのかは知らんが、あの数の兵士を集めるのだって金がかかるだろうし。
だが薬を使って参加者をしびれさせたってのは一体どうしてだ? それもクエストとやらで獲物を釣るような真似も……。
「その港町は、そういう不穏な噂でもあるのか? 立ち寄った者が帰ってこないとか、そういう」
「いや、本当に目立たない町なんだ」
「あ、でも最近お魚がいっぱい穫れるって話はありましたよね?」
アムがポンと手をたたいて思い出したように言う。
「あぁ、少しだけ景気も良かったとかは聞くかな。と言っても季節の関係だろ? 今の時期は魚が集まってくる頃だし」
「詳しいな?」
「俺の実家は漁師やってたんだ。これぐらいはな。話を戻すけど、本当に普通の港町のはずなんだよ。それが、一体全体どうしてあんなことを……俺はこのことをギルドマスターに報告するつもりなんだが……」
「その体では動けまい。俺が報告しておく」
確実にヤバイ町なのは間違いない。
しかも話を聞く限りではそのパーティーに参加した者で逃げ出せたのは彼らだけのようだ。
となれば他の参加者はどうなった? そもそもその町は何が目的だ?
疑問は深まる一方だが、答えが出るわけでもない。
とりあえず、他にも被害者が出るかもしれないと考えればしかるべき場所へと報告するのは当然だしな。
「すまない。そうしてくれ……」
ハンスはしゃべり疲れたのかまた泥のように眠っていった。
「……さて、では頼まれた仕事をするか」
俺はそう言いながらちらっとアムの方を見る。
彼女はなにかを言いたげに俺を見ていた。
「……アム、すまないが道案内をしてくれ。俺はこの街のことを知らん」
そういうとアムはパッと笑顔になり、「はい!」と返事をする。