第49話 お・さ・そ・い
「復活した伝説の冒険者、その評判がダグドの方にも届いていてね。そんな有名人がいるなら会ってみたいと思うのは当然でしょう?」
俺は食後の団欒を置いてくるようにして、サリーの下へと訪れた。
領主との謁見はかなり大きな行事だ。さすがに王都であるアトラシアで国王と出会うのと比べれば些細な事だろうが、領主というのは国より土地を任された名代なわけで、当然地位も高い。
ハーバリーを含むこの地域全体を収めるのはバーレン・ダグドという男なのだという。
この世界の領土に関するあれこれはどうにもいろんなものがごちゃ混ぜになっている感覚がある。
まずアトラシアという大国家があり、それが大陸を治めている。このアトラシア以外にも国はあるが、それは別の大陸であり、今は置いておく。
そしてアトラシアが納める領土、それを大まかに十個ぐらいの領域に分け、その領域内を治める為に領主が置かれる。
これだけを聞くと、小国家が立ち並んでいるようにも見えるが、領地であり領主らしい。
「それに、領主の顔を覚えておくのも重要よ。今までそういう機会がなかったことだし」
俺はそもそも顔も知らないし、会ったこともないわけだが、領主ダグドはサリーの一応の上司に値するらしい。
その割には呼び捨てにしているのが気になるところだが。
まさか知古の間柄か?
「評判ってのはわからないでもないですが、また急ですね」
ダグドが指名しているのは俺ではなく、ブラック・ナイトハルトだ。
ヴィーヴルとの戦い以降、ブラックとして戦ったことはないのだが、それまでの大きな戦い。スキュラやイーゲル、それと磨墨との契約などは全てブラックが行ったこととなっている。
特にイーゲル盗賊団の事件に関しては、ほぼ単独で殲滅した、という尾ヒレまで付き始めていた。
「ここ最近の騒動でちょっと領地もざわついていたから、ここで領主として余裕があることを見せておきたいのよ。エリア・バーレンは今なお健在とね。でなきゃ他の領地に引っ越す人も増えるのよ」
つまりはブラック・ナイトハルトの名声を客寄せに使いたいというわけだ。
それ自体は別に否定するような話でもない。領地経営ってのがどういうものなのかは正直わからんが、税金とかそのあたりの問題が大きいのだろう。
税を納められなければ、領地の経営は成り立たないということだ。
「というわけで明後日、私と一緒にダグドの所に行くわよ。一応、領内の首都に当たる場所だから、都会になるわね。小規模な国みたいなものだし、それは当然だけども」
「ギルドマスターも?」
「そりゃあ当然でしょう? 私はギルドマスター、冒険者が呼ばれるなら私もいかないと話にならないでしょ」
「そりゃあ、まぁ。あの、それじゃうちのメンバーは……」
「別についてきてもいいわよ? 旅行とでもいえば言い訳はつくでしょ?」
おぉ、意外な返答だ。
てっきり断られるかと思ったのだが。
「まぁすぐに終わるわよ。会って、話をして、領民の前で手を振って握手。大体こんな感じ。無駄に時間はかかるから、一日の仕事になるけど」
うへぇ、校長先生の長い話みたいなのは勘弁だぜ。
ただでさえあの鎧、蒸し暑いってのに。
「ところで、ふと思ったのですが、あの鎧、顔が見えない作りですけど、素顔って……」
「別にさらさなくてもいいわよ。他はどうあれ、ダグドはそのあたり気にしない男だし。黒騎士ブラック・ナイトハルトの正体は謎に包まれているからこそ、その伝説性が保たれるのよ。あなたも、正体がばれないようにはしなさいよ?」
「承知しました」
「話は以上よ。出発の詳細はまた後日、まとめて送るから、ちゃんと目を通しなさいよ」
サリーはそれだけ言って、ギルドマスターとしての仕事に戻ろうとする。
俺もそのまま部屋を後にしようとしたのだが、ふとあることを思い出し立ち止まった。
「あ、そうだ……ギルドマスター」
「何? まだ何か用でも……」
「どうぞ、遅れましたが、日頃の感謝を込めてです」
サリーが視線を上げると同時に、俺は影の中からペンダントに加工した赤みがかったオレンジ色の宝石を差し出した。
するとサリーは目を丸くして、宝石と俺とを交互に見ていた。
「何、これ?」
「ヴィーヴルから取り出した宝石の一つです。魔石でもないですし、かけらが小さくてあまり値段が張らないものをペンダントにしました。鑑定員が言うには、確か……サードオニキスっていうらしいですけど」
宝石のことはよくわからないが、綺麗な色合いだ。
「こういう簡単なもので恐縮ですけど……」
「……」
「ギルドマスター?」
「え? あ、ごめんなさい。ちょっと驚いたわね。あなた、そういう気が利くところあるのね」
「そりゃ、まぁ、世話になっているわけですし?」
直属の上司にあたる人だしな。
それと、一応、ごますりというか、ご機嫌とりというか。
「ふ、ふぅん。まぁ、あなたもよくよく上への取り入り方を理解しているじゃない?」
当然だ。上司の好きな酒の銘柄、好きな店、その他もろもろを把握しておかないと面倒なことになるからな。まぁ、俺は全く覚えるつもりはなかったが。
サリーは俺がこういうことをするのが意外だったのか、ちょっとばかし驚いている様子だった。
そしてまじまじとサードオニキスを眺めている。
「あの、もしかして傷でもありましたか?」
「そうじゃないわよ」
サリーはぷいっという感じでそっぽを向きながら、いそいそとペンダントをつけてはちょっとはにかんでいる。
なんだ? 怒ってるのか、喜んでるのか、どっちなんだい?
うぅん、今更だが俺はどうにもサリーという女性の事をよく理解できてないんだよなぁ。アルラウネという草花の精霊であり、人間ではない。見た目通りの年齢ではないともいうし、マイネルスとは長い付き合いだというし、そしてギルドマスターだ。
今になって考えてみると、よく素性のわからない俺を雇う気にもなったよなぁ。
「……そうだ、あなた、今晩は暇なの?」
「え? えぇ、まぁ、しばらくはクエストも受けてませんし……まさか、次の仕事ですか?」
俺は表情を引き締め、サリーにこうべを垂れるように構える。
「違うわよ」
ん?
だったら、なんだ?
「ほら、なんだかんだとあなた、私の依頼をこなしてきているわけじゃない? それに対して報酬は支払っているけど、そういうのとは別に、労をねぎらってやろうと思ってるのよ。だから、夜、時間はあるの?」
「は、はぁ。まぁ、あるにはありますが……夕食の手伝いで忙しいかもですけど。あとミズチのねかしつけとか……」
「はぁ……察しが悪いというかなんというか……」
なぜかため息のサリー。
いや、だってはっきりと言ってくれないとわかんないんですけど?
「レディのお誘いは、二つ返事で即答するのが礼儀なの。時間、あるの? ないの?」
ぴしゃりと言い放つサリーには有無を言わさない空気があった。
「は、はい」
なぜかそれに飲まれた俺は頷くしかない。
するとサリーは小さく笑って、
「よろしい。それじゃ今晩、フラッハのレストランに来なさい。奢るわよ」
フラッハというのはハーバリーで一番の高級レストランだ。
なんでも王都の方で修行をしてきたシェフが切り盛りしているのだという。
当たり前だが、普通の冒険者じゃ足を踏み入れることすら難しい高額な料理ばかりが置いてあるような店だ。
それを奢ってくれるだなんて。
「いいんですか?」
「なに? 嫌なの」
「滅相もない」
いや、俺だって高い料理食いたいし。
「あの、一つだけいいですか?」
「何かしら?」
「他の子たちも呼んでも?」
俺がそういうとサリーはぴくりと右の眉を吊り上げ、そして深い、深いため息をついた。
なぜだ。
「はぁ……いいわよ、連れてきなさい」
「お! 本当ですか!」
「……あなた、それわざとやってるのかしら?」
「はい?」
わざとって何だ?
だってよいものを食うんだし、俺だけじゃなくて仲間にもって思うのは普通だろう?
あ、もしかして金の事か? それなら俺もいくらか払うつもりだが。一応、金は持っているわけだし。
「もういいわよ。とにかく、フラッハのレストランよ。全部、奢ってあげるから」




