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第48話 地に足をつけて

 ハーバリーからアプロック、レガンへと通じる街道には四両編成の馬車が停車していた。そのそばには八人の男が簀巻きされ、気を失っている。

 誰がやったのか。当然、俺こと城戸音羽だ。


「ふぅむ、荷物はワインとチーズ、肉も少量だが、腐ってやがる……随分と質が悪いな、おい」


 荷物を検めながら、俺は腐った肉のニオイに顔をしかめる。

 こいつらは、いわゆる密輸及び詐欺グループだった。

 イーゲルの事件に巻き込まれ多大な被害を受けたレガン、一時的とはいえ街の活動が麻痺したアプロック。そろそろ回復してくる頃ではあったが、それに乗じて不正を働く輩もたくさん出てくるわけだが、こいつらはそのうちの一組である。


「国の認可を受けていないな。許可書もない。ついでにチーズはがちがち、ワインもなんか酸っぱいニオイがするな……これを高値で売ろうってそりゃ無理だろ。目を付けられるに決まってる」


 戦後というものはどうしたって物資が乏しくなる。特にレガンは簒奪と虐殺にあった街だ。何もかもが足りない。

 特に食料の問題は大きい。ギルド及び領主もこの問題にはまだ頭を悩ませる必要があるとのことだが、その隙を狙ったずる賢い連中が湧いて出てくるのは鬱陶しいものだ。

 混乱に乗じて開催される闇市そのものはサリーたちも見逃す。それがなければ生きていけない者もいる。お目こぼしという奴だ。

 闇市を取り仕切る連中は親切二割、儲けが八割といった勘定だが、物事には限度がある。

 俺は経済には明るくないが、儲けようと思ってバカみたいに高い金額を吹っ掛けるのは悪手なのだと。値は張る、しかし頑張れば手に入らないわけでもない、そんな絶妙なバランスがあるのだとか。

 そのたがを外した愚か者どもには当然、天罰が下るというわけだ。


「とりあえず、お仕事終了」


 久々の裏稼業。大した仕事ではないが、こういう地道な内容も無意味ではない。

 俺のおかげ、というと少しこっぱずかしいが、ハーバリーでは「不正を狩る始末人がいる」という噂が流れだしてきた。

 罪を犯せば、どこからともなくそれを断罪する謎の存在。暗黙の認識として、それがギルドマスター・サリーが放つ刺客であるということも広まっていたが、その正体を知るものはいない。

 まぁ、俺なんだが、そのあたりの事はうまいこと隠されている。


「それにしても、今回で五回目だぞ。密輸、密造ってのはそんなにロマンのあるものなのか?」


 俺も頑張って捕らえているのに、こういう連中はなかなかいなくならない。

 ある意味、平和な証拠ともいえるのかも。いや、違うか。

 人間、楽を覚えるとそっちに引き寄せられるというが、犯罪なんてものに手を染めるリスクってのは考えないものなのだろうか。

 どっちにせよ、全うに生活している人達からすればたまったもんじゃないだろうな。


「さて、帰るか」


 なんにせよ、これで裏稼業は完遂。

 あとの仕事は国に任せて、俺は、念願のマイホームへと帰還するのであった。


「なんでかな。ちょっと足取りが重い……」


*************************************


 そう、俺はついにマイホームを完成させたのだ。

 たった数か月という短い間だが、ハーバリーの一角に俺の家はあった。敷地はそこそこ、一階建てで、俺が思い描く限りの和風の武家屋敷……っぽい作りだ。完全な再現は流石に不可能であったが、小さいながらも庭があり、かまども用意してもらった。

 冒険者としての稼ぎはDだろうとCだろうと普通に働くよりは高い。もちろん、命の危険性もあるが、その分の見返りも大きい。

 これがBともなればさらに良い暮らしができるだろうが、多くの冒険者は安定の生活よりもスリルというものに意識がいくらしい。

 刹那的な生き方、快楽はその日に。大体こんな具合だ。

 だが、中には俺のようにある種の目的をもって、その期間だけ冒険者を続けるものもいる。

 家を建てる程度なら数か月間、頑張ってクエストをこなし、生き残れば不可能ではないのだ。それに、俺の場合はちょっとした臨時収入もあったしな。


「あぁ、愛しい我が家……」


 任務を終えた俺は屋敷門の前に立ち、深呼吸をする。これも本来なら和風な感じにしたかったのだが、どうにもうまく伝わらなかったようで、なんだか味気ない木の扉のようになってしまった。

 時間があれば手直ししていきたいところだ。


「ただいまぁ……」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 門をくぐり、石畳を進んで屋敷の扉を開けると、ユキノが出迎えてくれる。

 これで和服姿での出迎えなら風情もあるが、まぁそれは贅沢かつ俺の個人的な趣味になりそうなので、押し付けることはない。

 とはいえこれも暇さえあれば……その前に俺に裁縫の才能があるかだが。


「お食事の用意はできていますよ」

「あぁ、頂こうか」


 この世界では靴を脱ぐという習慣はあまりないらしいが、俺はこの家限定では靴を脱がせている。

 ここは結構重要なポイントだ。

 また本当なら畳の床にしたかったが、この国ではそもそも畳なんて文化がない。そのため、木の床で妥協だ。


「パパ、帰ってきた!」


 どたどたと奥から元気よく走ってくるのはミズチだ。

 最近、時間があれば修道院に通わせて勉強とマナーを教えてもらっていて、以前のように手づかみで料理を食べることはなくなったが、それでもこのおてんば気質は抜けないらしい。

 そのうち、ハーバリーの学校にでも通わせてみようか。

 俺は飛び込んでくるミズチを抱きかかえながら、「ただいま」と返事をする。


「いい子にしてたか?」

「うん! えとね、ブラウニーたちが遊んでくれるんだよ!」


 実は、カウウェルの屋敷の管理を任せていたブラウニーの何人かはこの屋敷にも来てもらっている。

 あの屋敷は張りぼてだし、土地そのものはぶっちゃけ磨墨の領地みたいになってるし、ほっといてもいい。

 そもそも、伝説の冒険者の居城であり、魔性特異態が住む土地に狼藉を働こうという連中はなかなかいない。

 時々、磨墨による落雷が発生するが、大体は盗みに入ろうとしたバカが感電して、伸びている。

 しかも周囲のモンスターも磨墨に恐れをなして寄り付かない為か、初心者たちの間では安全地帯のような扱いでもあった。

 気が付けば磨墨はバイコーンなのに、何やら土地の守り神みたいな扱いになっている。

 主より目立つなんて……。


「おや、旦那様、お早いお帰りで」

「やぁメイロン。すまないな、無理を言って」


 ミズチのあとを追いかけてきたのか家政婦長であるメイロンが遅れてやってくる。


「いえいえ、私どもとしても、無人の家よりは家主のいる家のお世話をする方がはかどりますから。家事の一切は私たちにお任せを」


 どんと胸を叩くメイロン。ブラウニーたちは交代制でこっちとあっちの屋敷を管理している。

 というか、カウウェルの屋敷はもうブラウニーたちの寄宿舎みたいになっている。使われないよりはいいことだろう。


「では旦那様。奥方様がお待ちですよ」

「奥様じゃないよ……結婚なんてしてないんだから……」


 メイロンはどことなくいたずらっぽい笑みを浮かべているが、俺はため息交じりだ。

 なんでかって?

 それは……


「あ、キドー様、おかえりなさい!」


 居間に相当する部屋に入ると、そこにはアムがいた。

 オレンジ色のまぶしい簡易ドレス、私服として使っているものを着て、ゆったりとしている。


「アム、ちょっとだらしないわよ。キドーさん、今お茶を入れますね」


 アムをたしなめつつ、紅茶の用意を始めるのはポーラだ。

 彼女は基本的に修道着姿で、それが半ば私服になっている。同じものを何着も用意しているのだとか。


「ポーラさん、それより食事の準備を」


 俺の後ろに付き従うようにいたユキノ。


「あ、そうね。それじゃ、ミズチちゃん、お手伝いしてね」

「はーい!」


 ポーラはうなずいてユキノとミズチを連れて食事をとりに行く。

 さて、ここまでこれば何かがおかしいと気が付くだろう。

 そう、この家、俺やユキノ、ミズチはさておいてもアムとポーラまで住んでいる。しかも各々の個室もある。俺はそんなものを頼んだ覚えはなかったのだが……どうやら女性陣の間でこっそりとそんな計画を立てていたらしい。

 俺の迂闊! なぜ気が付かなかったんだ。思えば、彼女たち、何やらこそこそとしていたが、まさかこんなことを計画していたなんて。


「あれ? どうしたんですかキドー様」

「いや、なんでも……」


 ちなみにこの理由を尋ねてみた所、彼女たちからは「そういう協定ですから!」との返答。

 なんの協定なんだ……。俺は恐ろしくて聞いていない。

 なおさすがに金は自分たちで出したらしい。そのあたりは律儀だなと思うが……。


「まぁ、いいか」


 騒がしいぐらいが、ちょうどいい。

 家を構え、同居人も増え、また騒がしい日常が始まる。

 俺はもう、この異世界で骨を埋める覚悟ができていた。


「ご飯ですよ。ほら、アムも手伝って」

「はぁい。よっこいしょと」


 意外なことだが、アムは普段、だいぶものぐさらしい。

 ポーラに叱られながら、手伝いを始めるアム。ミズチは危なっかしく料理を運んでいて、ユキノがそのそばについていた。

 居間は客人のもてなしもある為、ここだけは西洋風のテーブルが用意されている。ただし、俺の自室に関しては趣味満載の純和風な仕上がりだ。囲炉裏もあるし、そのうちは掛け軸のようなものも作る予定だ。


「では、皆様」


 シスターなポーラはいつも食事前に祈りをささげる。これは俺たちも倣うことにしている。

 抵抗はない。言ってしまえば食事前の「いただきます」みたいなものだからな。

 それに、自然と出来上がってきたことだが、俺の家では食事は全員が揃ってから始める。

 一応、ブラウニーたちにもそのように伝えてあるが、彼女たちは「自分たちは家政婦ですから!」と言って遠慮している。

 彼女たちは彼女たちで随時休憩をとっているらしい。


「それで、キドー様。今日はどうしますか?」


 食事の団欒。

 会話が弾む食事なんて何年ぶりだ。


「そうだな、クエストも行きたいが……畑を、耕したいな。それに、生活備品の買い足しもしておきたいし……あとは……」


 まぁ、ゆっくりと考えるさ。

 忍者だからと言って毎度毎度大きな仕事が来るわけでもない。忍者の平時は農民、町民と変わらなかったと聞く。

 畑を耕し、行商を行い、市井に混ざって情報収集……まぁこの世界、というかこの国じゃ「忍者ってなんだ」ってレベルだから俺は今なお風変りな男という目で見られているわけだ。それでもちょうどいい目くらましだとは思うけど。

 裏稼業中、俺はよっぽどの相手じゃない限りは姿を見せる前に捕らえるか、始末している。誰も、俺が闇の仕置き人だとは思っていないだろうしな。

 だから、今は、ゆっくりとさせてくれって話なわけ。


「旦那様ぁ! ギルドマスターからお話があるそうですよー!」


 でも、そうは問屋が卸さないって話らしい。

 メイロンが一輪の花を持ってくる。それはサリーが置いておけと言ってよこした特殊な花だった。

 ぶっちゃけると電話である。


「……はい、城戸ですけど」

『あぁ、お仕事お疲れ様。さっそくだけど新しい仕事よ』

「なんです? また密輸撲滅ですか?」

『そうじゃないわよ。領主様がね、ブラック・ナイトハルトに会いたいんだって。明後日、行くわよ』


 とだけ、言ってサリーは通話を切る。

 マジかぁ……。


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