第45話 ジュエル・アイ・ヴィーヴル
「野郎、来るつもりか!」
竜宝山内部の空洞。
突如としてそこへと落ちた俺とアムは何とか空洞内の柱にしがみつくことができたが、事態は改善へと向かうことはなかった。
むしろ、俺たちの目の前には新たな脅威が迫ってきていた。
宝石を散りばめた巨大なモンスター。コウモリの翼に蛇の胴体。そいつがダイヤモンドのような牙を剥き、まるで女の薄ら笑いのような叫び声を上げながら迫ってくる。
「アム、離れるなよ! そして目をふさいで!」
「う、えぇ!?」
アムの返事など待たずに俺は咄嗟に自分たちを固定する縄を手放す。
当然、俺たちは自由落下。間一髪のところで、モンスターの牙を逃れることができ、奴は柱へと激突した。
とはいえ、それでダメージがあるわけではないらしく、奴は柱をかみ砕くと、すぐさま俺たちの方へと狙いを定める。
ガーネットのように赤い目が俺たちを捉える。
「綺麗なお目目してるが、効くのかぁ!?」
俺は影の中から手のひらサイズの球体を取り出す。
同時に火遁の術による摩擦熱で小さな火を起こし、球体へと着火。そのまま投げつける。
刹那、空洞内部の隅々までを照らしだすような光が広がる。同時に奴は小さな悲鳴を上げて、空中でもがく。
「暗いところにずっといるからだな」
こんなこともあろうかとせこせこと作っておいた閃光弾だ。
試作用に三つしか作ってないが、十分な効果を得られたようだ。
奴はあべこべな方向へと全身を揺らしながら、俺たちとは正反対の方向へと飛翔し、そのまま山の殻をぶち破り、外へと出ていった。
「暴れすぎだろ! だが、出口は見えた!」
奴がぶち破った穴はでかい。俺たちなら十分すぎる出口だ。
「こい、土蜘蛛!」
俺は土蜘蛛を作り出し、背中に乗る。土蜘蛛はその名の通り、蜘蛛のような動きを可能とする。それゆえに壁などに張り付くことも可能だ。
ただし、糸を吐き出すことはできない。岩石を吐き出して攻撃することは可能なのだが。
土蜘蛛は器用に柱にまとわりつき、そのまま素早く登っていく。
「アム、あの化け物が何なのかわかるか?」
「恐らく、あれはヴィーヴルです」
「聞いたことあるな。確かワイバーンの一種だった気がするが」
細かいことは俺も知らないが、宝石を持つ竜だったと聞いている。
「そうです。体の至るところに宝石を埋め込み、時にはその魔力で獲物を惑わせるずる賢いモンスターです。あの時、私たちが見た女性は恐らく……」
「奴が作り出した幻影か」
「本来はあれで獲物をおびき寄せるのでしょう。あちこちで山が崩れているのを見ると、たくさんのパーティが被害にあったようですけど……」
あまりにも広すぎる範囲で、俺たちもどの程度の被害が出ているのかは把握できていない。
それに、他の連中には悪いが、俺も手の届く範囲でなければ助けることは不可能だ。
「ユキノとポーラに連絡を取る。無事だとは思うが……」
俺は召喚獣として契約を果たしているユキノへと念話を送る。
返事はすぐにやってきた。
『ご主人様! ご無事で!』
ユキノの切羽詰まった返答が聞こえてくる。
「ユキノ、そっちは? ポーラも無事か?」
『キドーさん、聞こえますか? ポーラです。私たちは無事です』
ユキノの念話に同調するように、ポーラの声も聞こえてきた。
このやり取りで、俺は一つの不安を消すことができた。どうやら二人とも無事なようだった。
「俺もアムも無事だ。だが、そっちでも確認はできていると思うが……」
『竜宝山の山頂に何かがいますね。それより、お二人は今どこに……?」
ユキノとしては気が気でないのかもしれない。かなり不安そうな声が聞こえてくる。
「俺たちも信じられんが、竜宝山の中は空洞になっていてな。そこにいる。多分、真下か?」
『空洞? 竜宝山は一応、山ですよ?』
ポーラは信じられないって感じだが、事実俺たちはそこにいるのだから仕方ない。
「理由も原因もわからんが、とにかく二人はすぐに下山しろ。俺たちも出口を目指している」
『し、しかし……』
「ユキノ、ここで全員が全滅することだけは避けたい。俺たちなら大丈夫だ。二人は早く下山してくれ」
『わかりました……ご無事で』
念話が切れる。
ユキノが渋ったのは恐らく自分を呼び寄せて俺の安全を万全のものにしたいからだろう。彼女は召喚獣でもあるから、今すぐにでも呼び寄せることは可能だが、そうなればポーラが取り残される。それだけはできない。
ユキノとポーラなら山を下りるぐらいは問題はないはずだ。もちろん、不安が全くないわけじゃないが、そこは二人を信じるしかない。
「キドー様、出口が!」
アムが指さすと、出口はもうすぐそこまで来ていた。
俺は土蜘蛛をさらに加速させて、跳躍。岩石と砂でできているとは思えないほどに身軽な土蜘蛛は難なく大穴にたどり着き、そのまま外へとはい出る。
その瞬間であった。
「うお!」
「きゃあ!」
俺はアムを抱き寄せて、咄嗟に土蜘蛛から飛び退く。
入れ替わるようにして、降り注ぐ光弾によって土蜘蛛はズタズタに引き裂かれていく。
光弾が飛来した先を見上げると、そこにいたのはヴィーヴルであった。
ガーネットの瞳、ダイヤモンドの牙、エメラルドの爪にアクアマリンを散りばめた尻尾、その他にも多くの宝石が全身にあった。
ヴィーヴルは甲高い女の悲鳴のような叫び声を上げながら俺たちを威嚇し、さらに光弾を発射してくる。
「俺たちが狙いかよ!?」
狙いを定めていない攻撃に当たるわけもにもいかない。
「ヴィーヴルは執念深いとも言われてますから!」
一度狙った獲物は何が何でもって言いたいわけか!?
ふざけんじゃねぇぞ。こっちはただ金稼ぎに来ただけだってのに!
「あのヴィーヴルは恐らく、竜宝山の魔力を吸収してあそこまで巨大に成長したのだと思います。じゃなきゃ、あんなに巨大になんて……!」
「こういう事例って他にもあるのか?」
「聞いたこともありませんよ! ですけど、魔力を蓄えて力を持ったヴィーヴルが竜宝山を住処のようにして作り変えていたと思えば、考えられないことじゃありません。薄暗い場所はヴィーヴルにとって住み心地の良い場所ですから!」
「だったらずっと引きこもってりゃいいものを! 餌でも取れなくなったか?」
「ゴーレムの大量発生に伴って私たち冒険者が山に大勢きたから……それを狙っていた可能性もあります。ヴィーヴルの知能なら、それぐらいはやってきますよ」
なんて厄介な奴だ!
「ならこっちも、反撃させてもらうぞ! せっかくの金稼ぎの機会をふいにしてたまるか! 蛇頭樹!」
迫りくるヴィーヴルを迎撃するように俺は周囲の木々を操作し、蛇頭樹を出現させる。六本の槍なった木々はそのままヴィーヴルへと直撃するが、奴の表皮は想像以上に固いらしく、ぶち当たった木の方が真っ先に崩れていく。
「まだだ!」
破壊されても樹木の操作は続いている。ヴィーヴルに絡みつくように木々がうごめく。それぞれの木々がこすり合わされ、摩擦熱が蓄積していくのだ。
「合わせ忍法! 蛇頭炎樹!」
一瞬にして木々は燃え盛り、ヴィーヴルを包み込む。木の檻の中、灼熱の炎だ。
しかし、数秒も立たないうちに檻は破壊され、炎がかき消される。
ヴィーヴルは全身の宝石を発光させながら、バリアのようなものを展開していた。
「いぃぃぃ!? チートかよ!」
「なんですかそれ! それよりも、あのヴィーヴル、間違いなく魔性特異態ですよ!」
だろうな!
あぁ、くそ! しばらくはのんびりとできると思ったんだ。俺はただ金を稼いでマイホームを作りたいだけなんだ!
「……まてよ、あいつの宝石、ありゃ本物だよな?」
「そ、そうですけど?」
「ならよ……あいつをぶっ倒して、宝石を取り出せば儲け?」
「り、理論上は……ってまさかキドー様!」
そう、そのまさかよ!
せっかくの金稼ぎを邪魔されて頭に来ていたが、俺は気が付いた。
あいつこそ、まさしく金の生る木そのものじゃないかって。
「でも、キドー様の技も通用してませんよ! 私の槍だって無理ですよぉ!」
「安心しろ。方法はある。といってもぶっつけ本番になるけどな」
「それって大丈夫なんですかぁ!」
アムはちょっと涙目だ。
「大丈夫だ。奴は倒す。だが、奴を倒すのは城戸音羽じゃない」
俺は迫るヴィーヴルの突進を避けながら、空中に躍り出る。
「わーわー! キドー様、これじゃ狙い撃ちですよ!」
それは一見無防備を晒しているように見えるだろう。
ヴィーヴルがその隙を逃すわけはなく、振り向くことなく、尻尾のアクアマリンから光弾を発射してくる。
「きゃあぁぁぁ!」
その光弾は間違いなく俺たちへと命中した。
「あ、あれ? 痛くない……?」
だが、俺たちにダメージはない。
「突如として現れた魔性ヴィーヴル。それを退治するのは、蜂蜜大好き変人忍者ではない。奴を倒すのは伝説のAランク冒険者」
爆炎の中から現れるのは漆黒の鎧。
その右手にはアムを抱え、突き出した左手で光弾を防いだ巨躯。
巨大な戦斧を二振り携えた偉丈夫。
黒騎士姿となった俺は風を操作し、軽やかに着地する。
「そ、その姿ってまさか!」
「ブラック・ナイトハルト」
初代ブラックより受け継いだ伝説の鎧。
影の中に隠し、有事の際にはいつでも装着できるようにと仕込んでおいてよかった。
一瞬にして鎧を纏う。
忍法・鎧纏化と名付けるべきか。
「まぁ、当然来るわな」
なおも俺たちを狙うヴィーヴル。大きく旋回をして、俺たちと向き合う。
俺の姿が変わったことはどうでもよいらしく、巨大な牙を剥きだし、狂ったようにとびかかってくる。
「ならば、こちらも行かせてもらおうか。磨墨!」
俺は印を結ぶ。
それと同時に俺たちの周囲には暗雲が立ち込めるように薄暗くなり、青白い電光がほとばしる。
お構いなしに迫るヴィーヴル。
その牙が再び俺たちを捉えようとした瞬間、ヴィーヴルは召喚に応じた巨大なバイコーン、磨墨の突撃を受け吹っ飛ばされていく。
「来たか磨墨。さっそくお前の力を貸してもらうぞ」
俺は磨墨にまたがり、そしてアムを引き寄せる。
「ひゃあ! な、なんで?」
「こんなところで一人置いとけるかよ。悪いが、付き合ってもらうぞ」
さて、いっちょ伝説の冒険者を演じるとするか。




