第44話 崩落は二人きりで
アムに引っ張られること五分。
正直、いつでも抜け出せるのだがそれをやるのはなんだか大人げないというか妙に必死なアムたちを見ていると「まぁ好きにさせるか」と思ってしまって抵抗する気もなくなる。
何を企んでいるのかはわからないが、悪辣なことじゃないのは信用している。可愛らしいいたずら程度の話だろう。
「で、珍しいものってなんだい?」
「えーと、ですねぇ! あっちの方でみたような気が……」
アムはあからさまに動揺を見せている。
全く。嘘だってバレバレじゃないか。
「い、いやぁなんでしょうね。こうして二人で歩いていると、パーティを組んだ頃を思い出しますね! うんうん、まるで昨日の事見たいに思いだせますよ!」
この露骨すぎる話題の変更に俺は思わず苦笑しかけた。
とはいえ、アムの言ってることもわからないでもない。思えば、俺の異世界での生活は彼女と出会ってから始まったんだなって。
「昨日も何も、組んでからずっと蜂蜜ぐらいしか獲ってなかったじゃないか。まぁ、殆ど俺の都合に付き合わせていたようなもんだが……」
アムの言う通り、懐かしい気分だ。
「いえいえ、私一人じゃブレード・ビーの巣なんて手に入れることもできませんでしたよ。ハンスやキャニスたちと組んでいた頃も楽しかったですけど、今はあの時より騒がしいですし。私は嫌いじゃないですよ。ポーラさんも、ユキノさんも、なんでかミズチちゃんもいますしね。それにえぇとなんでしたっけ、バイコーンの名前は」
「磨墨だ。池月とも悩んだが、あいつは黒いからな」
あのバイコーンにもキチンと名前を付けてあるのだ。
その名も磨墨。これはとある名馬の名から拝借したものだ。黒いし、太夫黒でもよかったのだが、それだとちょっと狙いすぎている感もあって、あえて磨墨という名を付けた。
うむ、我ながら良い趣味だ。
「そうそう、磨墨ちゃん。なんだか、たった数か月なのに一気ににぎやかになりましたよね……それに、大きなことも。スキュラやイーゲル……あぁ、磨墨ちゃんやミズチちゃんのことも数えると、本当大変なことばかり」
たった数か月だ。それでも濃厚な日々だったな。
特にイーゲルとの戦いは俺個人としても無茶をしすぎたし、今のところ最大の戦いだ。あれのおかげで俺は自分の限界を知ることができたし、全く無駄ではなかったと思う。
「ま、今後はそうそうでかいことも起きないだろうさ。それこそ戦争とかな。魔王が復活なんてのもないだろう?」
「魔王って。さすがにそれはないですよ。フフフ!」
「言ってみただけだよ。ま、中にはそういう風に名乗る酔狂な奴だっているかもな」
「アハハ! もしいたら、その時もキドー様がお仕事するんでしょう?」
「あぁ、そうだな。勇者が倒す前にすぱっと倒してやるさ」
とりとめのない談笑が続いた。
思えば、アムとこうして話し込むのは久しぶりじゃないだろうか。
なんだかんだと俺たちは住む場所は離れているし、パーティメンバーが増えてからはどうしてもな。
「ど、どうしたんですか? じっと見つめて」
おっと、見すぎていたか。
アムはぽっと頬を赤くしてうつむいてしまった。
「え? あぁ、すまんな。いやなに、思えばアムと出会ってなければここにはいなかったかもしれないなと思ってさ」
結構、これは本気の考えだ。
俺たちの出会いは本当に偶然。たまたま襲われているところを助けてからの付き合いだ。
もし、俺が助けなかったら。もし、俺が別の場所に出ていたら。今、こうしてアムと話をすることもなかったのかもしれない。
それを考えると、やっぱり、アムとの出会いは良かったのだと思う。
「それは、私のセリフです」
「うん?」
アムはもじもじとしていたが、その言葉だけははっきりと言った。
「私やハンスたちは、キドー様が助けてくれなかったら、きっと死んでいたから。私たちは本当はあそこで死んでいく運命だったんですよ。でも、そこにあなたが現れてくれた。本当に、本当に私は感謝しているんです。命の恩人、私はいつも誰かに助けられてばかりだったから……キドー様、私、お役に立ててますか?」
「当然だろ。アムの知識は俺の知らないことばかりだ。君のおかげで随分と楽が出来ている」
それは普段の冒険者の生活でも同じだ。
彼女がいなければ俺は冒険者にもなってなかっただろうし、こうして家を建てるなんて話も出てこなかったかもしれない。
下手すりゃ今も野宿かな?
「俺は君に感謝しているよ、アム」
これは本当の気持ちだ。
「……えへへ」
アムは照れている。
十歳近く歳が離れているわけだが、こういういじらしい姿を見れば純粋にかわいいなぁとは思うよ、本当。
「さて、そろそろ戻るぞ。お前たちの悪だくみが何なのか問い質したいしな」
「あ、それはダメですよぅ!」
くるりと踵を返すと、アムが慌てて駆け寄ってくる。
フフフ、捕まりはせんよ!
「もう! ダメですから……あれ?」
アムはそのまま追いかけてくるものだと思っていたが、何かを見つけたのか立ち止まる。
だが、俺は同時にぞわりとした警戒の空気を感じ取った。
「アム、何を見つけた」
俺は刀をいつでも抜き放てるように構える。
しかしアムは無警戒のままであった。
「いえ、それが……キドー様、あの人」
アムが指さす方向。
そこには貴金属を身に着けたドレス姿の女がいた。
どうみても怪しい。こんな山にドレスの女だと? 冒険者という可能性もあるだろうが、それにしたってあんなきらびやかなドレスを着るものか? そういう特殊な鎧があると言われればそれまでだが、俺は半ばあれがろくなものではないと悟っていた。
(なんだ、あの女……薄ら笑いを浮かべているだけだが……それに、存在が妙に希薄……俺の分身と似ている?)
魔法の中には忍法と同じく分身、幻影を見せるものがあるという。
間違いない。あの女はその類だ。
だとして、なんでそんなバレバレな姿を見せてくる?
「むっ?」
「きゃっ!」
刹那、俺たちを激しい揺れが襲う。地震だ。
それはちょっと立っていられないレベルの揺れで、俺もアムも思わず膝をつく。
そんな状況の中で、女の影はじっと立ちながら俺たちを見つめていた。
そして……ドンという轟音が聞こえたと思った瞬間、俺たちの足元が音を立てて崩れていった。
「ちっ!」
「うわあぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げるアムを素早く抱き寄せて、俺は鎖付きの縄を投擲する。
だが、崩落する岩盤たちに阻まれ、鎖は何も捕らえられずにいた。
俺はすぐさま落ちていく岩盤を足場にして跳ぼうとするも、踏みつけた途端に岩盤は崩れ、跳躍することもままならなかった。
「なんだ!?」
まるで奈落の底に落ちていくような気分だ。
俺は真上を見上げる。そこにはぽっかりと空いた丸い穴、それはどう考えても自然にできるものじゃない。人為的、他意的なものだ。
そして俺たちが落下しているのは山の中、というよりは広大な空洞であった。
「山の真下に、空洞!?」
なぜこんなものが!?
いや、今はそんなことを冷静に考えている場合じゃない。
空洞が広がっているなら、好都合だ!
「アム、しっかり捕まってろよ!」
「は、はい!」
俺は大凧を広げ、落ちてくる岩盤を避けながら空洞内を滑空する。
「ちっ……上に登れねぇ!」
何とか上を目指そうとするが、土石流と化した崩落物たちが俺の行く手を阻む。
しかもそれだけではない。
崩落の音はあちこちからも聞こえた。
「……!」
同時に俺は女の笑い声のようなものを聞いた。風に乗り、しかし崩落の音にかき消されていくほどに小さいものであったが、俺は確かに耳にした。
その瞬間、突風が俺たちを襲う。
「うお!」
「きゃああぁぁぁ!」
いくら大凧でもこの風に煽られては飛行もままならない!
さらに、バランスが崩れたところへ、大凧の翼を岩が貫く。
だが、同時に幸運もあった。細く長い石柱を見つける。それはまるで山を支えるように何本も立っていた。
俺はその一つに鎖縄を巻き付け、何とか落下を防ぐことができた。
「なんだ、さっきから!?」
「わかりません、でも、竜宝山が崩れて?」
遠くからも崩れていく音が聞こえる。
山全体が崩壊を始めているのか?
「ひぃっ!」
アムが小さな悲鳴を上げ、俺にしがみつく。
「……なにか、いるな」
広がる空洞、光が届かないはずの空間の中に俺たちは怪しく光る何かを見た。
それは一瞬で姿を消したが、間違いなくこの空洞の中にいる。
「冗談じゃないぞ……そろそろ普通のクエストをやらせてはくれんのか?」
忍者は闇の中でも目が利く。
俺が捉えた影、それは巨大なコウモリのような翼を持ち、それに反して蛇のように細い体をくねらせなが、空洞の中を飛翔している。
全長は約三メートル、しかし両翼を広げた姿はゆうに八メートルは越えた。
何より、特徴的なのは額に散りばめられた無数の宝石。それが暗闇の中で虹色の光を放っていた。




