第43話 お山にて、女子会
竜宝山へ入って、かれこれ三時間。その間、ゴーレムとの遭遇は既に十五回以上もあった。
アイアンゴーレムたちは確かに強固な鎧を身にまとっているが、なんというか転倒させるだけでも、中のスライムは気絶するらしく、案外簡単に素材を回収することができた。
とはいえ、転倒させる方法がない場合、そのタフネスとパワーはかなり脅威だろう。
俺の場合は土を操作して落とし穴や段差を作ったり、木を操作してがんじがらめにしたりと忍法をバリバリに活用している。
そうして倒れたゴーレムの中にはたまに元気なのもいるが、そこはユキノのバフがかかったアムやポーラが追撃して、昏倒させるわけだ。
「それにしても湧きすぎだろ……それだけ稼ぎになるってことなんだろうけど」
倒したゴーレムから手に入れた鉱物資源は入れれるだけ影隠にぶち込んでいる。
この忍法、容量がどれほどあるのかは実は俺としても把握はできていない。武器や鎧も入っているが、それだけでもゆうに数百キロ以上は入っているはずだ。
「容量オーバーで動きが鈍くなるってわけでもなさそうだが……」
便利すぎて割と考えなしにぶち込んでいたが、体が重くなるということはなかった。なんとも不思議な術だ。まぁこの忍法、明らかに影ではなく、異空間につながってる節がある。いうなればあれだ、四次元なんちゃらと同じと思えばいいだろう。
「疲れたー!」
回収が終わると、アムが大声を上げながら、ぺたりと座り込む。
ほぼ戦闘続きの俺たちだ。俺はまだしも他の面々は疲労気味だ。
「なんだか、今まで登ってた山が山じゃない気がしてきました……」
ポーラも杖に寄り掛かるようにして、へたり込む。疲労度に関しては俺たちの中で一番かもしれない。彼女の場合は体力だけではなく魔力も消費する関係上、消耗が激しいのだ。
「ご主人様、そろそろ休息に入りましょう。戦闘の音も小さくなってきています」
人間形態のユキノはまだ余裕がある感じだが、うっすらと息が上がっている。
「そうだな。ユキノ、結界を頼む」
「はい、かしこまりました」
魔よけの結界を張り巡らせ、一旦休憩。
流石に戦闘をしながら、登山というのはきつい。
「さすがは三千メートル級の山ってところか……」
突然だが、富士山山頂への登山がどれほどの時間がかかるのかご存じだろうか?
富士山へはいくつかの登山ルートがあり、この中でも最長は登り七時間もかかるのだという。休憩を含めればプラス数時間といったところか。
ちょっとそこまで山登り、なんてのとはわけが違う。まさしく登山なわけだ。
でだ、俺たちが登る竜宝山はその富士山と同レベル大きさ。約三千メートル。そして俺たちは登山用の装備などしていない。それは他の冒険者たちも同じ。
その為、実際に山頂まで登る奴らはまずいない。だが、冒険者たちは山頂を目指す。なぜなら竜宝山に眠る鉱物資源は山頂に行くほど純度が高くなるからだ。
「といっても、実際問題、山頂まで行く奴って少ないだろこれ」
俺は巻物に表示された地図を確認しながら、つぶやく。
この山に休憩所なんて便利なものはない。そんなもの、作ったところでモンスターに破壊されるのがオチだ。
それこそ軍隊が進軍するような装備でもなければ難しいだろう。
いかに手練れの冒険者たちでも戦闘、休憩、登山の繰り返しは想像以上に疲労が蓄積する。
「空が飛べるモンスターと契約している人たちなら可能だと思いますよ。でも、そうなると今度は持ち帰りが大変ですから」
そういいながら、アムは水筒を取り出し、水を飲んでいた。
「これ、参加したはいいけど、持って帰れないってパターンにはまる人がいそうなんだけど」
ポーラも水を飲みつつ、パタパタと手で風を扇いでいる。
二人とも汗が張り付き、わずかに頬を紅潮させていた。しかも、なんというか結界内という安全地帯にいるせいか、少し警戒が緩んでおり、アムは革鎧を、ポーラは修道着を軽く緩めていた。
なお、ユキノは平然としている。
(まぁ、近くに変な連中もいないし、いいんだろうけど)
こんな状態で襲撃を受けるとさすがにきついが、どうやらその心配はないらしい。
他の冒険者たちとは驚くぐらいにかち合うことがない。大きな山だし、大体の連中が面倒な競合を避けている。中には横取りを狙う連中もいるらしいが、今のところそういう輩との接触はない。
俺も警戒はしているが、多くの冒険者はそんな暇があるなら自分たちで狩った方が早いと気が付いているらしい。
「どれ、飯にでもするか?」
「賛成!」
ぴょんぴょんとアムは元気なり、近寄ってくる。
山登りに食事は欠かせないからな。とはいえ生ものなんてものを持っていくわけにもいかないし、殆どが干し肉とパンだ。
そして当然、兵糧丸! 疲労回復にはこれが一番だ!
「安心してくれよ。兵糧丸は大量に作ったからな。今回は蜂蜜を多めに入れたからちょっと保存には向いてないが……なんだみんな、どうした」
袋に詰め、甘ったるいニオイを放つ特製兵糧丸を取り出した瞬間、三人の表情が曇る。
「いえ、あの、ありがとうございます」
どうしたアム。さっきまでの元気はどこに行った。
「と、糖分は必要ですからね……」
ポーラ、目が泳いでるぞ。
「ご命令とあらば」
待てユキノ。命令ってなんだ。
「おいおい、お前らどうしたんだ? ははん、まさか前回の兵糧丸が苦くて警戒してるな? 安心しろって、さっきも言ったが今回は蜂蜜増量してるんだ。蜂蜜の風味たっぷりで甘い、はずだ」
「ちょっと待ってください。はず、ってなんです?」
アムはじとーっとした視線を向けてくる。
「味見はしたぞ。甘かった」
「他のお味は?」
ポーラまで似たような視線を向けてくる。
「……甘かった」
いや、本当だって。口の中に放り込んだ瞬間にねちゃりとするが、蜂蜜の味しかしないって。たまに舌を突き刺すようなえぐみが出てくるけど、薬草だから心配いらないって。
ちなみに一人三つだ。蜂蜜を多くした分、他の栄養素は減ってるからな。
(あれ、売れ残りですよね)
(えぇ、間違いないわ。他のパーティに売り込んでるのを見たことがあるもの)
「おーい、アム、ポーラ。何話してんだ、よく聞こえなかったぞ」
全く、女子特有の秘密話かい?
そういうの、男からするとものすごく気になるんだけどなぁ。
「いえいえ、いただきます。背に腹は代えられないって奴ですからね!」
「そうです、そうです。体力回復は必要ですからね!」
「うむ。その通りだ。みろ、ユキノを。文句も言わずに食べている」
もくもくと無表情で兵糧丸を食べ続けるユキノ。心なしか、飲み込むのが早い気もする。
「干し肉、貰っていいですか」
そして素早く干し肉をつかみ取ると、一心不乱に噛み続けていた。
「やれやれ、良薬は口に苦しっていうだろう。携帯食料に味を求めるのはもっと未来だって」
まぁそんなうまい携帯食料、俺が作れるわけがないんだがな。
というわけで俺も兵糧丸を食べ始める。
うむ。この口にまとわりつくねっとり感に薬草のえぐみ、それを加速させる絶妙な蜂蜜の甘ったるさ!
不味い……。
「……今度からもっと別の食料持ってこようか」
「はい……」
「そうしましょう……」
「干し肉ください」
と、とりあえず飯が終わったらゴーレム狩りを再開しよう。うん。
「ところで、大体どれぐらい狩るつもりなんだ? 俺としては家が望み通りに立てばいい感じだが」
鉱物資源の相場がちょっとわからなかったので、この辺りは結構雑だ。
とりあえず稼げればいいだろうと判断なのだが。
「そうですねぇ……」
アムはちらっとポーラ、ユキノに目配せをした。
すると二人はそそくさとアムのそばに集まって何事を話し合い始める。
「……ねぇ、何話してるの?」
「いえ、重要なことです。特にお金のことです」
ユキノはきっぱりと答えた。
「あの、それは一応俺にも……」
「大丈夫です! 問題ありませんので!」
ポーラはそう言っているが、すごい気になる。
「本当に! 重要なことですから!」
なんか、そのまま押し切られそうなんだが。
いや、しかし、女子の秘密の会話に割り込むのは男としてどうなんだろう。気にはなるが、だといってもプライベートな内容だと……ってちょっと待てよ。
「おい、なんで俺のマイホームの話題に俺が入れんのだ」
「キドー様の家だからですよ! とても大切なことなんです。そうだ、ちょっと珍しいものを見つけたんですよ、食後の運動がてらに見に行きませんか!?」
さっと立ち上がるアムの動きは素早く、俺の腕を絡めとる。
「じゃ、じゃあポーラさん、ユキノさん、細かいことのお話は任せましたから!」
「おい、引っ張るな!」
そうしてアムに引っ張られていく俺。
抜けだすことは簡単だが……一体なんだっていうんだよ。




