第42話 一攫千金、竜宝山
何十回と頭を下げ、さらには神父様の助力もあり、クエストの間はミズチを修道院へ預けることとなった。
「では、この子は責任をもって預かりましょう」
修道院の門前。
大シスターと顔を合わせるのはまだ数回程度だが、懐の深い偉大な方だと思う。御年は既に七十を超えているらしいが今なお元気で、ポーラもよく慕っており、シスター見習いたちも第二の母のように思っているのだとか。
意外なことに神父様も大シスターには頭が上がらないらしく「田舎のおふくろより怖い」と言っている。
このハーバリーに教会、そして修道院ができてからずっといる方なのだと。
「ありがとうございます。お手数をおかけすることとなり……」
「いえ、これもシスターたちの修行の一環となりましょう。子を育み、見守る。これは生きとし生けるものとして通らねばならぬ道。慈愛の心とはそうして育まれるものですから」
大シスターはそう言いながら、ちらっと修道院の敷地内を振り返る。既にミズチはシスター見習いたちに遊んでもらっていた。どうやら心配はいらないようだ。あとは正体を明かさないことだが、たぶん、きっと、大丈夫だろう。
こういう心配をしない為に早く我が家を建設しなければ……メイロンたち家政婦も何人か内に雇っておきたいし。
「ありがたいお言葉です」
俺はとにかく頭を下げるしかない。
本当に大シスターには感謝している。
「あの子の事はどうかお任せください。あなたが心配していることはきっと起きないでしょう。あの子は頭の良い子ですから」
「は? はぁ……そうですか?」
その時の大シスターの言葉はどことなく含みがあった。それは悪い意味ではなく、あえてそれ以上はなにも聞くことはしないという風にも受け取れる。
俺は思わず大シスターの顔を凝視した。彼女は柔和な笑みを浮かべているだけだ。
「何か月も前から、ここで預かっている子なのですからね?」
なんだろう。この人も只者じゃない気がしてきた。
間違いない。大シスターはミズチの正体を知っている。サリーが話したのか? 信頼できる人だとは言っていたが。
「ですがキドーさん。これだけは言っておきますが、どのような者であれ、子は親を必要とします。あの子は、自分がどういう存在なのかを知ったうえで我慢をしていました。もちろん、私もあなたもあの子がそういう存在であることは知りませんでしたが、今後は長く、そばにいてあげるのですよ?」
「……はい」
大シスターは表情こそ変えなかったが、その言葉には芯があった。
俺もそれを受け止め、再び頭を下げる。
「では」
「はい、うちのポーラのこともよろしくお願いしますね」
「それはもう。彼女は頼りになる人ですから」
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ゴーレムの大量発生が起きたのは第二十竜宝山という山だという。
なんだかえらく大層な名前だなぁ。
竜宝山はハーバリーから二日ほど離れた場所にあるのだが、見れば見るほどに奇妙な山だった。
なんせ荒涼とした大地にまるで要塞のごとく巨大な山がそびえたっているのだから。
おおよそ三千メートル級の大山だ。富士山みたいなものといえばいいだろうか。
「でか、というか、第二十?」
「二十番目に発見された竜宝山という意味なんですよ」
アムが説明してくれる。もはやこのやり取りもお約束になりつつあるな。
「竜宝山というは伝説のギガント・マキア・ドラゴンと呼ばれる超ド級のドラゴンの抜け殻とも言われています」
「抜け殻って、あれ脱皮したあとの皮だってのか?」
でかいってレベルじゃねーぞ。さすがはファンタジーというべきか?
「あぁ、いえ、少し違います。そもそもギガント・マキア・ドラゴンは伝説でのみ伝え聞く存在で、誰もその姿を見たことがないんです。ただ、伝承によればその巨体ゆえに動きが非常に遅く、活動時間もゆっくりであったとされていて、大体一旦眠ると数百年から数千年は眠りから覚めないと言われています。その眠ったギガント・マキア・ドラゴンの上に長い年月をかけて土や岩などがつもり……という具合ですかね」
「ほぉ、でもその化け物ドラゴンの抜け殻とゴーレムってのはどういう関係なんだ?」
「そもそもドラゴンはミズチちゃんなんかもそうですけどその身に莫大な魔力を秘めています。そんなドラゴンの中で数千メートル級のドラゴンともなれば土地に与える影響も大きいと考えられていて、そういった魔力を帯びた鉱物資源は魔石に姿を変えて、さらにそれを求めてモンスターがやってきます。良質な魔石、鉱物資源、そして魔力溜り。そこで多く発生するのが……」
「スライムか」
スライム。もはやファンタジーにおいてはお約束とも呼べるポピュラーなモンスターだろう。不定形のゲル質の肉体を持ったモンスターだ。
この世界においてもスライムという存在は大体俺の想像する通りのもので、時折自然発生するのだというが、それだけではなかった。
なんと、この世界では、ゴーレムはスライムだったのだ。
「魔石と鉱物を取り込んで鎧となす。スライムを核とした存在、それがゴーレムか」
簡単に説明すれば、ゴーレムとはスライムが操縦するロボット、もしくは鎧といってもいい。これを聞いた時は俺も純粋に驚いてしまったものだ。
まさかスライムがそんな進化を遂げるとは思わなかった。これが寒い地方になると雪と氷をまとったアイスゴーレムを操縦しているというのだから何とも適応力の高いモンスターである。
「そうです。ですが、スライムが鎧にするほどの鉱物資源。裏を返せばそれだけ質が良いということになりますね」
「ただし、良質な鉱物を取り込むイコール、ゴーレムも強靭になるから注意が必要よ」
付け加えるようにポーラが続いた。
ゴーレムの強さは取り込まれた鉱物の質や種類によって変動するという。特に鉄鉱石などの資源は重く強固になりやすい。生半可な攻撃は簡単に防がれてしまうのだという。
だが、弱点も存在する。それがスライム本体だ。彼らは脆弱な肉体を守るべくゴーレムを鎧とするが、ゴーレムに許容範囲外のダメージを与えると維持できなくなるのだという。
まぁ簡単な話が「気絶」するのだという。
「特に今回はアイアンゴーレム。鉄の塊が動いているようなものだから、一発でも攻撃が当たると無事じゃすまないでしょうね。幸い、動きは遅いですし、操っているスライムも衝撃を与えるだけでなんとかなるけど、油断はダメよ。特に、このパーティ、鎧持ちいないし」
「そこは私がフォローします。皆様の身体能力向上はお任せを。たとえ踏まれても骨が折れるぐらいに抑えますので」
ユキノも万全な様子だ。
それにマイホームができると思ってか、かなりやる気を見せている。
「ささ! 皆様、早く山へ、他の冒険者たちに取られてしまいます!」
待ちきれないのか、珍しくユキノがせかすように言ってきた。
そう。このゴーレム討伐のクエストは俺たちだけが受注したのではない。各地のギルドから一攫千金を求めて多くの冒険者たちが参加していた。
殆どが筋骨隆々、見るからに力持ちってわかる面々だが、これは対ゴーレムというよりは資源運搬の為が殆どだという。
「確かに、結構な人数だな。早い者勝ちって感じか?」
ざっと辺りを見渡すと十数のパーティが確認できた。
「そうはならないと思いますよ? だって持ち帰るの大変ですし。それに山自体が大きいですからねぇ」
アムは「心配いりませんよ」と付け加えながら言う。
まぁ確かに鉱物は重たいだろうし、運ぶのだって簡単じゃないだろう。
俺には影隠がある分、そのあたりはなんとかなりそうだが。
それに三千メートルの山なら方々に散らばるだけでも競合はしないはずだ。まぁ重なった場合は競争になるだろうが。
「さて、それじゃあ、こいつを飛ばすか」
俺は紙飛行機のように折った式神を取り出し、飛ばす。
すると、紙飛行機は一瞬にして鳥に姿を変え、竜宝山を目指して飛び去って行った。
これも忍法の応用だ。あれも言ってしまえば俺の分身となる。当然、見聞きしたものは俺と共有できる。
つまり、巻物に地図がアップデートされるということだ。これさえあれば登りやすいルートを探すのも、ゴーレムの早期発見も可能だろう。そして、なにより怪しまれない。
ただ、どうやら似たようなことは他の冒険者たちも思いつくようで、契約した飛行モンスターなり、探知魔法などと使っている者たちも多く見かけた。
「よし、地図が出来上がってきた。そろそろ出発するか」
さぁ、ゴーレム狩りだ!




