第41話 マイホームは彼方へ
「大丈夫、パパ? お腹痛いの?」
「いや、大丈夫、大丈夫だからミズチ……パパね、ちょっと疲れたんだ」
ミズチの突然の人間化。そして意外な正体が判明してから半日が過ぎた。
俺はサリーへとこのことを報告しに行ったわけだが、もう大変の一言。サリーはにこにこと笑みを浮かべていたが、醸し出されるプレッシャーはバイコーンの時以上だった。
『大海龍なんて、ここにはいなかった。あなたはたまたま魚人族の娘を引きとった。いいわね?』
と、すごまれてしまっては頷くしかあるまい。
これはサリーなりの配慮だ。やはりというか大海龍なんて希少種が田舎にいるなどということが知れ渡れば大騒ぎとなる。それ以前に伝説のAランク冒険者の復活でにぎわいと注目を集めているのだ。
サリーとしてもこれ以上は忙しくしてくれるなというわけなのだ。
『一応、私の方でもフォローはするけど、それ以上の事は自分で何とかして頂戴。修道院にも話はつけておくわ。それに、人間の姿なのだし、前よりは隠し通しやすいでしょう?』
なんだかんだとサリーは優しい。迷惑をかけ続けてる俺も頭が上がらないってもんだ。
別に、俺だって好きで迷惑をかけてるわけじゃないけどな。気が付いたらなんかそういう子たちが集まってるだけなんだからな。
そんなこんなでサリーとの打ち合わせと、ついでに嫌味を聞きつつ、俺の朝は終わり、昼を過ぎようとしていたわけなのだ。
「お疲れ様です、ご主人様」
くたくたになった俺にユキノは蜂蜜を湯で溶かしただけの飲み物を寄こしてくれる。あぁ、疲れた体に蜂蜜の自然で濃厚な甘みが染み渡る……飽きてきたけど。
「とりあえずだ。ミズチ、君は今から魚人だ。いいな?」
「はーい」
「あぁ素直で、いい返事だ。そして、人前で元の姿に戻らない。これもいいな?」
「が、頑張る!」
ミズチはぐっと両手を握りしめて身構え、頷く。
「それで、これが最後だが。俺たちは冒険者だ。クエストもあるし、それをしないと生活ができない。その時は、隣の教会や修道院に面倒を見てもらうことになる。迷惑はかけないようにできるか?」
「うん! お姉さんたちは優しかったもん!」
「それならいい。でも、シスターたちに自分の正体を教えるのもなしだ。これが一番重要だぞ? 守れるか」
「はい!」
ミズチは元気よく右手を上げながら返事をしてくれた。
とにかくだ。今日からミズチは俺の養女として扱われる。パパと呼んでるし、変に誤魔化すよりはもう開き直って娘として扱った方がいい
「それはいいとしても……狭いな」
結果として、ただでさえ狭いボロボロの我が家に新たな同居人が増えてしまった。いくら子供でも、狭いものは狭い。
「困りましたね。私が狐の姿で過ごしていたとしても、やはり絶対的な面積が……」
「うーむ……いや、しかし、頃合いかもしれんな」
確かに、ミズチの一件は俺にとっても想定外であったが、どっちにしろこのボロ家に関してはどうにかするつもりだった。今までちまちまと補強をしてきたが、それだけでは間に合わない。
「決めたぞ、ユキノ、ミズチ! 俺は、家を建てる!」
それは、このボロ家に住まわせてもらってからひそかに考えていたことだ。
その為の貯金だってしてきた。そう、確かに食費や装備費用などで俺たちの生活は圧迫されていたが、金が足りないのはそれだけが理由ではない。
このような時の為にまとまった金を用意する為に、俺はこうして金をためていたのだ。
「では、お使いになるのですね?」
そして夢のマイホーム計画の協力者であるユキノも静かに燃えている。
彼女がきっちりと帳簿をつけてくれたおかげで、金も管理できたし、不必要な出費も抑えることができていた。
「あぁ、盛大に使うぞ。ユキノ、今までひもじい思いをさせてきたが、それももうしばらくの辛抱だ。本当なら、あのカウウェルの屋敷を使いたいが、今の俺たちとあの屋敷は全くの無関係」
あれはブラック・ナイトハルトの持ち物だからな!
「というかあんな気持ちの悪い屋敷はいらん。いつか潰して別の屋敷を立ててやる。だが、そのためにも、その足掛かりが必要なんだ!」
「はい! 頑張りましょうご主人様!」
「よし、それじゃあ盛大に金を使うぞ! ユキノ、そしてミズチ! 俺についてこい。夢のマイホームだ!」
そして俺たちは昼間っからテンションアゲアゲでボロ家を飛び出し、ギルドへと向かった。ギルドは何もモンスター退治だとかそういうクエストだけを扱っているわけじゃない。冒険者以外の市民にも活用できるように窓口が広く開かれており、その中にはこういった工事などを請け負う職人達ともつながっているのである。
あぁ、それにしてもマイホーム。全国のサラリーマンたちが夢に見る一戸建て。まさか異世界でそんな夢がかなう日が来るなんて、思ってもみなかったぜ。
まぁ完成までは結構時間がかかるだろうけど、楽しみが増えると思えばそれも苦じゃない。
「家を建てたら次は畑だ! かまども用意するぞ! 風呂だって作る! そろそろ本格的に忍者装備を整えたいからな!」
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「足りんね、これじゃ」
「うむ、足りん」
齢を重ねたドワーフとレプラコーン、ノームの職人たちが干し肉をかじりながら言ってきやがる。彼らはこのハーバリーで長く大工を務めている者たちらしく腕も確かな集団だと聞いている。
この三種族はモノ作りにおいては有名な種族だ。そんな種族が大工をしているのはさもありなん。むしろ普通な感じもする。
それはさておき、足りないだと?
「なぁ蜂蜜の兄ちゃん」
あ、この人たちにも俺の異名は届いてるんだ。
いやそんなことよりもだ! 足りないってどういうことだ!
「待ってくれ、前に俺が聞いた時は、家を建てるならこれぐらいでって……」
「そりゃ家を建てるだけならな? これでもいいさ。でもよぉ、かまどに畑用の庭に、なんだこりゃえぇとよくわかんねぇが、色々とさ。うん、これ全部そろえるとなるとあと二倍はいるぜ?」
リーダー格のドワーフはひげをなでながらぼやくように言う。
「それと、土地代とかな。まぁこれは何とでもなるか。ローンでも組めばいい話だ」
「まぁなんだ。希望の内容を削るんなら、いつでも工事に取り掛かれるぜ?」
レプラコーンとノームの爺さんたちも同じ感じだ。
いかん。今まで家を建てることだけを考えていたが、そうだよな。冷静に考えて見りゃ俺が欲しいかまどとか、そういう設備なんかを用意するとなればプラスアルファは当然かかってくる。
俺は「家を建てる」ということにだけ凝り固まっていたらしい。
「で、でも、家は建てられるんですよね?」
「あぁ、そりゃ間違いない。そこは俺たちだって誇りと責任がある。だからこそ、びた一文もまけられねぇんだな」
「ぬぬぬ……だが、これらの設備は後々必ず必要になる……しかし……今すぐに二倍の金額など……!」
「申し訳ございませんご主人様。私ももう少し配慮が……」
「いや、いいんだユキノ。これは調子に乗っていた俺も悪い……」
俺とユキノは二人して手と手を取り合い、よよよと泣き崩れる。
ちなみにミズチは他の職人さんたちに遊んでもらっていた。気楽な奴だぜ!
「まぁなんだ。蜂蜜坊主、お前がここにきてそれなりになるが、お前さんが頑張ってるのは知ってる。蜂蜜ばっかり採ってるのはどうかと思うが」
(本当は蜂蜜以外にも働いてるんですけどね!)
まぁこれは言うべきことじゃない。
「それになんだ。気が付きゃおめぇ、子供までよぉ。ちょっと、色々と心配になってきたぞ。つっても、俺たちだってこれが商売だからな。で、結局はどうするんだ?」
ここは決断の時、忍ぶ時。どっちにしろあのボロ家に長く住むわけにもいかないし、後の設備はあとで付け加えることもできるだろう。
「わかりました。それじゃ──」
「ちょっと待った!」
俺が契約書にサインしようとするその時だった。
割り込んできたのはなんとアム、そしてポーラだった。
「二人とも、どうしたんだ?」
「どーしたもこーしたもないですよ。なんですかマイホームって。私、聞いてないんですけど?」
ムッとした顔を浮かべながらアムが詰め寄ってくる。
「そうですよ。そんな素敵……んん、大事な話をなんで秘密にしていたんですか。私たちに話せないことですか?」
ポーラもぐいぐいとやってくる。
「あぁいや、秘密にしていたわけじゃないんだが……」
「ふぅん。まぁいいです。それより、お金、足りないんですよね?」
アムは納得はしていませんって顔を向けてくる。
しかもどうやらさっきの話を聞いていたらしい。
「あぁ……結構な金額だが」
「じゃあ手っ取り早く稼ぎましょう!」
アムはそういって一枚のクエスト依頼書を俺に差し出す。
そこには『ゴーレム大量発生中』との文字があった。
「ほら、今朝言いそびれてしまったんですけど、なんだかアイアンゴーレムたちが大量に沸いてるみたいなんです。あいつは体が鉱物でできているから売れば結構な値段になりますよ。既にいくつかのパーティも参加してますし」
そういいながらアムはにっこりと笑った。
「困ったときはお互い様。私たち、パーティじゃないですか。それにアイアンゴーレムとか固くてユキノさんのバフがないとやりにくいんですよねぇ」
「アム……すまん!」
俺は思わずアムの手を握りしめる。
そうだ。俺には仲間がいるじゃないか。
冒険を共にする仲間が!
「やっぱり、君はいい子だ!」
「と、当然です! キドー様の助けになるなら、私、頑張りますから!」
よし。次のクエストは決まりだ!
大量発生中のゴーレム討伐。そしていつものように素材回収だ。
他の連中に取りつくされる前に行くぞ!
「あ、すみません、その間取りちょっと見せてもらっていいですか?」
「ん? あぁいいが……」
そんな俺たちのやり取りの裏でポーラが大工の爺さんたちと何かを話し込んでいることを、俺は知らなかった。
そして、それがとんでもない事態に発展するなど、忍者の力をもってしても見抜くことなど、できなかった。




