第38話 Aランク冒険者、その名はブラック・ナイトハルト
突然だが、俺はサリーの部屋にいた。
魔性特異態のバイコーンをゲットしました! なんてことを黙っているわけにはいかず、報告をしないといけないわけです。
「あなたって、ほんっとうに、バカなのね」
もはやサリーは視線すら向けずに、会議提出用の書類作成を行っていた。起用に木々の枝にペンや冊子を持たせて、サインをしたりページをめくったりして、当の本人は優雅にハーブティーとしゃれこんでいる。
「いえ、その、平和的に物事を解決した結果でございまして」
「えぇ、そうね。予想外の魔性特異態をどうにかして保護して、それとは別にバイコーンの群れをせん滅した。これ以上にないぐらいに大活躍ね。で、あなた、目立ちたいの? それとも目立ちたくないの?」
「いやぁ、その、なんといいますか、その場のノリと申しますか」
「首にするわよ」
その声はマジな声だった。
「すみません……」
「はぁ……言っておくけど、もう私のペットなんて言い訳が通用するとは思わないことね。そもそもシーサーペントだってだましだましやってのごり押しなのよ」
「はい、そのことは……」
「本当にわかってるのかしら……」
サリーはこめかみを抑えて、ため息をついている。
俺はこの短い間に三体のモンスターと契約を果たした。一体はシーサーペントのミズチ。二体目というか二人目は地狐のユキノだ。彼女の場合は獣人ということで召喚獣ではなく一人の冒険者として登録した。獣人そのものは珍しくないからな。
それで三体目が件の魔性特異態のバイコーンだ。こいつの名前も考えないとな。
「あぁ、頭が痛い。気のせいかしら、胃痛もしてきたわ……一応聞くけど、そのバイコーンは?」
「我が影の中に」
「カッコつけるんじゃない。いいわ、まだ誰にも見せてないのね?」
「依頼者の村には……」
「そこはどーだってなるわ。情報封鎖、金でも握らせるわ。私のポケットマネーよ。ありがたく思いなさい」
「ははぁー!」
俺は平に、平に頭を下げる。
それよりなんでだろう。会うたびにサリーからの俺のへの対応がひどくなってきた気がする。
おかしい。俺は頑張っているというのに……。
「もう無茶苦茶、正直穴だらけの方法だけど、もはやこうするしかないわ! マイネルス、マイネルスはいる?」
サリーはどこからか一輪の花を操作して、それをまるで電話のように扱っていた。そんな使い方もできるのか……。
「あぁ、マイネルス? ちょっと頼みたいことがあるの。えぇ、またバカをやってくれたわ。それでね……」
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その日。ハーバリーのギルドラウンジは騒然としていた。
みなが一人の戦士にくぎ付けになっているからだ。その戦士は闇よりも深い漆黒の鎧を身にまとい、血のように赤いマントを羽織っていた。携える武器は巨大な二振りの戦斧。
その顔は甲冑で覆われ、うかがい知ることはできない。
ただ悠然と歩くだけで、周囲の者たちが道を譲る気迫を放出していた。
その戦士は、ただ一直線に受付嬢たちの下へやってきて、一枚のギルドカードを提示する。それは黄金に光るプレートであり、まさしく伝説に等しいAランク冒険者の証であった。
受付を担当したのは若く美しいマーメイド族の女性で、瓶を用意している。
「あ、あのぅ……」
「ブラック・ナイトハルト。モンスター契約及びクエストへの途中参加の件を報告する」
「は、はい……承りました……えぇと」
「以上、だ」
「わかり、ました!」
マーメイドの受付嬢はそのまま書類を別のスタッフに渡してぎこちない笑顔を向ける。
「ぶ、無事に処理がなされました! 今後もより良い冒険を!」
「あぁ。それと、ギルドマスターに会いたい」
「はいぃ! すぐに連絡を……!」
その後、マーメイドの受付嬢はアポが取れたことを伝えると、黒騎士は頷き、そのままギルドの奥へと消えていった。
俺たちはその光景をずっと眺めていたわけだが……。
「よし、ブラック・ナイトハルトは向こうにいったな?」
俺はそう呟くと同時にふっと息を緩める。
「キドーさん、本当にこれで誤魔化せるのですか?」
俺に飲み物を差し出してくれながら、ポーラは不安げな表情を見せた。
「こ、こうするしかなかったんだ。苦しいが、Aランク冒険者、ブラック・ナイトハルトは確かに実在し、だがその正体は誰にも明かされなかった……だからこそ都合がいい。だからこそ、魔性特異態の主にふさわしい」
サリーが提示した作戦はこうだ。
かつてこのハーバリーで名をはせた伝説の冒険者、ブラック・ナイトハルト。
その正体は一切不明、兜と甲冑を脱がず、数多のモンスターを駆逐してきた謎の男。何十年も前に姿を消し、死んだと思われていた男。
それが突如として復活。しかも魔性特異態のモンスターを引き連れて……というなんともドラマチックな内容だ。
俺たちはその伝説の冒険者に助けられたことで生き永らえた証人というわけだ。
「私は納得いきません。ご主人様の手柄だというのに」
ユキノはぶつぶつと納得がいかない様子だった。
「そりゃまぁ、私たちもどこか熱に浮かされていましたからね。キドー様はまだランクが低いのに超レア種でもある魔性特異態と契約した、なんて言ったら違和感しかないですもの」
アムの言う通りだ。
俺は確かにあいつと契約したが、俺はまだランクアップもしていない新米。そして間抜けでお調子者で変人として通っている冒険者だ。ユキノを仲間にしてからはヒモ野郎とも呼ばれ始めた。
なんか自分で言ってて悲しくなってきたぞ。
「だけど、驚きね。ブラック・ナイトハルトといえば私でも思い出せる。刈り取ったドラゴンは数知れず、数多の上位モンスターを屠ってきた伝説の戦士。ハーバリーで唯一のAランク冒険者。まさか、その正体がねぇ……」
ポーラはそう言ってマイネルスの方を見る。
「まさか、マイネルスさんの、旦那さんだったなんて……」
「私も、驚きです……というか、結婚してたんですね。失礼ですけど」
アムもこれには苦笑い。
そうなのだ。件の伝説の冒険者、その正体はオークの受付嬢、マイネルスの夫だった。
つまり、先ほどのブラックはまさしく本人なのである。
「なんでも、今は農家をしているとか……」
曰く、秘密にしているが結婚を機に引退。名を変え、農家として余生を過ごしているのだとか。
俺たちは一応、その伝説の男の姿を写し石で見せてもらったのだが……。
「オークでしたね」
「オークだったわね」
「そりゃ当然でしょ」
そこにいたのは人の好さそうな笑顔を浮かべる年老いたオークの男だった。オークというか、もはや絵本に出てきそうな豚のおじさんだ。
かつては筋肉だったらしい肉体は衰え贅肉になってしまって、伝説の影は見当たらないのだが、彼は無理をおして鎧を着込み、一芝居打ってくれたのだ。
「と、とにかくだ。ブラック・ナイトハルトの正体は今も不明。世間の噂じゃ魔族だったとかエルフだっとか色々と噂があったらしいが、正体不明なのだからそれでいいんだ。表向きは彼がバイコーンの契約者だ。まぁ、結局、世話は俺がするんだが……」
まだまだ問題は山積みなのである。
「さて、ちょっと、お礼を言ってくる」
俺は、姿を消し、伝説の男の下へと向かう。
本当に、足を向けて寝れないとはこのことだ。今度、菓子折りもっていかなきゃ。
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「ぶわっはっは! いやぁ、鎧が重い!」
サリーの部屋、そこでは既に伝説の男が鎧を脱ぎ、そこらへんの農家のような姿をしていた。
「こ、この度は誠に……」
サラリーマンの謝礼の正確さをなめるなよ。綺麗な角度でお辞儀してやるさ。
「なぁに構わんさ」
なお伝説の男はものすごく優しい。
だが、ちらっと垣間見える腕や首筋からは歴戦を思わせる傷が見えた。
「サリーとは長い付き合いだからな。いやぁ昔のサリーは今以上にお堅くて、仲間とてんやわんやで……」
「ブラック」
これは珍しい。サリーが咳払いをしながら照れている。
何年前の話だとかは聞いちゃダメなんだろうけど。
ブラックは豪快に笑いながら、自分の膝を叩いていた。
「あぁいやすまん、すまん。まぁしかしなんだ。お前が、あのバイコーンの主か」
「成り行きで……」
「そう謙遜するな。俺だってこれでも伝説と呼ばれた男だ。今は農家だが。俺から見りゃ、お前、まだ力を隠してるだろ?」
さっきまでは笑っていたブラックだったが、その瞬間の目つきだけは鋭かった。
「──まさか」
「まぁいいさ。お前が悪党じゃないってのは雰囲気でわかる。それ以上は聞かん」
「ありがとうございます」
「しかし、なんだ。窮屈なことしているんだな、お前。まぁ俺も人の事は言えんか。別に正体隠してたわけじゃねぇが……有名になるとどうしてもな。敵が多くなっちまう。かみさんにだって迷惑かけちまうからな。つっても後生大事に鎧はとっておいたが、まさか役に立つとはなぁ」
ブラックは再び人の好さそうな目つきに戻り、俺の肩を叩いた。
「つーわけだ。お前、二代目な」
「……はい?」
「二代目ブラック・ナイトハルト。あぁいや、二代目はいらんか。まぁ雰囲気だ。とにかく、お前、正体隠したいんだろ? だから、お前、二代目な。いや、というかだな。家が狭くなってな……ぶっちゃけると鎧、邪魔なんだわ。だからお前にやる。適当にブラック・ナイトハルトで活躍しといてくれ」
待て待て、なんでそうなる?
「ほら、サリーとしてもそっちの方が都合いいだろ? なんか色々と大変だったらしいじゃねぇか。それも全部『ブラック・ナイトハルト』のせいにしちまえばいい。Aランクの冒険者はその素性を隠せる。隠すことが許される。だから俺は名前も変えれたからな」
いや、そんな話は聞いてないし、知らないが、ちょっと待て。
このままだとよくわからん存在の後を継ぐことになるんだが?
もう忍者とかそういうレベルじゃないんだが?
「そうね」
サリーさんまさかの即決。
「え、いや、ギルドマスター?」
「身から出た錆びよ。おとなしく引き受けなさい。これから、あなたの行う影の仕事、その功績は全てブラック・ナイトハルトのもの。いいわ、ちょうどいい風よけができたようなものじゃない」
そ、そりゃそうかもしれんが……。
「あぁ、そういや」
ここにきてブラックはまだ何かあるようだった。
「なんだ、名前は忘れたが、変態野郎の屋敷が残ってんだよな? あれ、ブラック・ナイトハルト名義で買っておけばいいんじゃねぇか? バイコーンとかも置けるだろ?」
「あら、それはいいわね。あの土地、買い手がいなくて困ってたのよ」
サリーさん、俺を無視して話を進めないでほしいなぁ?
「決まりね。あの屋敷はブラック・ナイトハルトのもの。よかったじゃないキドー。召喚獣が置けるわよ。あ、維持費は自分で頑張んなさい」
「そ、それはちょっと……いえ召喚獣の世話はしますけどね?」
「安心しろ坊主。手伝いぐらいは俺のつてでよこしてやる」
ブラックは豪勢に笑い、サリーも小さく笑う。
そんなこんなで、俺はなぜかよくわからないがAランク冒険者の跡を継ぐこととなった。
なんで?




