第36話 獣に愛を
バイコーンを迎え撃つべく、俺たちは洞窟を出る。あの狭い場所では戦いにすらならないからな。
「うへぇ、遠くからでもあのバケモンが走ってくるのがわかるんだが」
洞窟を出た瞬間、俺の目に飛び込んできたのは地上から伸びる放電現象であり、それが一直線にこちらに向かってきているものだった。
「鉄鋼線ぐらいは巻いておきたかったが……仕方ない。来るぞ!」
俺の号令と共に各々は戦闘態勢へと移行する。
まず始めに現れるのは通常種のバイコーンのはずだ。一体どれほどの群れでくるのかはわからない。
そもそも、なぜここに向かってくるのか。
もしやあのユニコーンが関係してるのか?
「ご主人様、今は……」
「大丈夫だ、ユキノ。こっちに集中する」
この中で、魔性バイコーンの猛烈な怒りと殺気を肌で感じているのは俺とユキノだけだろう。
その殺気を受けたバイコーンの群れが我さきに林の中から飛び出してくる。
その数、十頭。しかも音から察するに後続にまだいるようだ。
「先手必勝だ。忍法・水遁、氷牢塊!」
近場に川があるのが好都合だった。空気中の水蒸気ではなく川の水を転用することで、氷牢塊を構築する時間は短縮できる。
この一撃により前方を進む五頭のバイコーンは完全に凍り付き、動きを止める。その凍ったバイコーンに後続が突っ込み、もみくちゃになりながら勢いを潰していく。
だが、バイコーンたちの突進力は侮れないらしい。凍った五頭に巻き込まれたのは数体、残りは加速の勢いだけでそれらを踏みつぶし、飛び越え、俺たちの頭上へと落下してくる。
その数、四頭。
「でぇぇぇい! 火炎槍・連撃!」
飛び込んでくる四頭のバイコーンめがけてアムは炎をまとった槍を突き付ける。四頭のバイコーンの頭部を捕らえたアムの一撃は瞬く間であり、バイコーンたちは串刺しになり倒れていく。
「切り裂いて! ウィンド・カッター」
それでもなおこちらに向かってくるバイコーンたちを牽制するべくポーラが魔法を放つ。風の刃を発生させる初歩的な攻撃魔法とのことだが、その威力は俺の忍者刀と 遜色のないものだった。
スパスパと風の刃がバイコーンたち切り刻んでいく。
ん、あれ? 二人とも、なんか強くなってない?
ほぼ数秒で一回目のウェーブを抑えることができたのは、重畳だが、アムとポーラの調子が良すぎる。
「あ、あれ? 炎がなんか、強い?」
技を繰り出したアムは自分の槍や腕を茫然と眺めていた。
「わ、私、切断力ありましたっけ?」
そしてポーラもまた杖を抱えて、驚いている。
二人ともが、自分に起きた能力値の上昇に戸惑いを感じているようだった。
「どうやら、バフはかかっているようですね」
戦闘開始から、狐形態でポーラのそばで毛を逆立たせいたユキノはどこか得意げな感じだ。
「身体及び魔力のブーストです。私の魔力をお二人に分け与えることで一時的な強化を与えることが可能です。疲労も少ないでしょう?」
「あ、本当だ!」
「魔力消費も最低限に抑えられている……これ、ただのブーストじゃないですね?」
アムとポーラは体の具合を確かめるように腕や足を動かしていた。
能力へのバフか。そういえば、イーゲルの奴はユキノの魔力を吸収して若々しい肉体を作り続けていた。今回、アムとポーラの身に起きたのはそれか。
「もともと、これが私の力ですので。本来であれば契約者であるご主人様にかけるのが筋でありますが、今はそのような状況ではない。お二人がご主人様についていけるように体を強化する必要があったので、まずはお二人に。足並みをそろえなければ連携はできませんよ。ですが……」
今なおユキノはアムとポーラに補助魔法をかけているようだが、警戒は怠っていないようだ。
「あのものに通用するかどうか……」
彼女の耳がぴくりとうごめくと、同時に俺も魔性バイコーンの接近を感じ取ったのだ。
下から伸びる放電はもう俺たちの目と鼻の先に到着していた。奴ほどの身体能力ならそこからジャンプするだけで俺たちの下へと現れるだろう。
ドドドと土煙を上げ、放電により周囲に紫電が走った、その瞬間。
ドドンと落雷と共に十数体のバイコーンが黒焦げとなり、俺たちの周囲に降り注がれる。
そして落雷の光の中から悠然と姿を現す魔性バイコーン。
ぎろりと赤い目が俺たちを見る。ものすごい殺気だ。びりびりと痛いぐらいに感じる。
それはアムたちも同じのようで、三人は思わずあとずさりしていた。
「おいおい、今はちょっと休戦しないか?」
俺は一応刀を構え、いつでも忍法を発動できるようにしつつも、奴へと呼びかけた。果たして通じてるのかどうかは知らんが、ここまでの殺気を放つということは知能もあるはずだ。
俺が休戦を呼びかけたのは、まだ通常種のバイコーンたちの生き残りがいるからだ。あいつらにしてみれば、この魔性バイコーンも俺たちも敵であることに違いはないだろうしな。
それに俺個人としても、こいつを相手にしながら他事はちょっときつい。
この魔性バイコーンは明らかに規格外だ。
「……わかるか? 今の状況。後ろからお前が仕留めそこなった連中が群れを成している。ここで俺たちが喧嘩しても得をするのは連中だぜ? それに、俺たちは角が欲しい。お前にじゃんじゃか雷落とされちゃこっちも困るんでな」
俺の問いかけに魔性バイコーンは小さく鼻息を吐いて、森の方へと体を向けた。
どうやらこっちの話を理解はしてくれたようだ。
「オーケー、話のわかる奴は好きだ。頼むから後ろからは撃つなよ……?」
魔性バイコーンはまるで「知るか」とでも言いたげな横目を向けて、森へと突撃していく。そしてバイコーンたちの絶叫と共に、這う這うの体で林を抜けだしたバイコーンたちが俺たちを無視するように洞窟を目指していた。
「狙いはユニコーンか!?」
俺はバイコーンたちの頭を切り捨てながら、連中の動きを悟った。間違いなく、バイコーンの狙いはあのユニコーンだ。
「そういえば聞いたことがありますよ! ユニコーンの角や血液は単なる薬ではなく、それそのものが純度の高い魔力の塊なのだって。ある意味、モンスターたちにとってはレア食材なんですよ!」
アムは無数のバイコーンを薙ぎ払いながら、語る。
なるほど、連中はユニコーンの血と肉が欲しくて、ここまで暴走しているのか。
「だけど、それなら魔性バイコーンは? 私にはあれはまるでユニコーンを守るように戦っているように見える……それにあの木の実や果物、あれはまさか……」
同じく迎撃をしつつポーラが疑問を口にする。
彼女の疑問ももっともだ。俺だってそこは気になっていた。
魔性バイコーンがここへやってきた原因はそもそも、別のバイコーンたちがこの周囲に移動してきたからだ。
魔性バイコーンはそれに反応して、電撃を放ちながら急ぎここまで駆け付けた。
俺にはそう見えている。
「推測ですけど……ユニコーンは心優しい存在です。いくつかのユニコーン伝説では他種族の子供をユニコーンが守り、育てたという逸話があります。そして、魔性バイコーンは突然変異であり、本来なら群れから淘汰される存在」
「何の因果か、あのユニコーンがあいつを拾い育てたってわけか?」
俺はアムの意見をありえないと切り捨てることはできない。そもそも、俺はこの世界の常識やらなんやらには疎いからな。彼女の話にしても、そういうものもあるんだろうと思える。
それに、やはり魔性バイコーンの動きにはユニコーンを守ろうとする意志を感じられる。
「皆様、真相を追求するのはあとです。バイコーンの最後のあがきがきます。死に物狂いの獣は怖いですよ……!」
全身を白銀に輝かせながらユキノが吼える。
白銀の光はアムとポーラに注ぎ込まれ、二人の能力をさらに上昇させていた。
同時に生き残りのバイコーンたちも一斉に駆け出してくる。その目は魔性バイコーン以上に血走っており、半ば狂気すら感じさせた。
あいつに食事を邪魔され続け、空腹なのだろう。そんな中で最高食材にも等しいユニコーンが近くにいる。
狂わないわけがないということだ。
「お前たちも生きるのに必死なんだろうが、俺たちも生きたいのでね!」
俺は両手を地面に張り付け、神通力を送り込む。
「忍法・土石翔!」
忍法・土石翔。岩や砂などに神通力を送り込むことで、遠隔操作を可能とする忍法だ。実はあまり威力がなく、巨大な岩であればまだしも、普段から地面に転がっている石や砂によるものであれば、人間なら鎧さえ着込めば容易に防げる技だ。
今回は河原であり、砂利が無数に存在する。散弾のように飛来する砂利はバイコーンの表皮を貫通することはないが、めり込ませることぐらいは可能だ。
「風の舞!」
動きを止めたバイコーンたち目掛け、アムは槍を大きく薙ぎ払う。その一撃によって発生した衝撃波はバイコーンを吹き飛ばしていく。
「ウィンド・ボム!」
それでも残るバイコーンにはポーラの風が襲い掛かる。圧縮された空気の塊が撃ちだされ、バイコーンに命中すると同時に爆発、無数のかまいたちを発生させ、切り刻んでいく。
「すごいですよ、ユキノさん! 私たち、大活躍です!」
「本当、今までの自分じゃないみたい!」
アムとポーラは二人して抱き合いはしゃいでいた。確かにユキノのバフは凄まじい。あの年老いていたイーゲルが若く強靭な肉体を持てたこともうなずける。
「当然です。地狐ですから」
ユキノもどこか得意げだ。
俺たちが対処するべきバイコーンはこれで終了だ。
あとは……と、俺が森の方へと意識を向けると、放物線を描いてバイコーンたちが放り投げられていた。
どさりと地面に落下するバイコーンたちは全員、どてっぱらを貫かれており、電撃で焼かれた後はなかった。
そして、馬蹄を響かせながら、血まみれにまみれた角を払い魔性バイコーンが姿を見せる。
「まさか、俺たちの為に?」
ふん、と魔性バイコーンは短い鼻息を鳴らし、俺たちを無視しながら洞窟へと向かう。
「……慣れあう気はないってわけね」
あいつは俺たちの相手をするつもりはないらしい。
それは、俺たちが敵ではないと判断した為か、それとも取るに足らない存在として見ているのか。もしくは、手土産として他のバイコーンをくれてやるからさっさとどこかへ消えろといっているのか。
まぁ、ありがたくこのバイコーンたちの素材は頂くとするが……。
「まだ、クエストは終わってないんだよな」
なぜなら、俺たちが引き受けたクエストはこの周囲からバイコーンを討伐すること。奴らの存在をなくすことだからだ。
「ご主人様、戦うのですか?」
ユキノが俺の足元にすり寄り、低く鳴いた。
「立ち退いてもらう……って交渉できる?」
「やれ、というのであれば……モンスターとの会話も可能ですので」
「ん、それじゃそれを前提に……」
刹那、洞窟の奥から慟哭が響いた。
それは魔性バイコーンの嘶きであり、叫びであった。
「まさか」
俺たちは洞窟内部へと駆け込む。
そこには低く頭を下げ、うなだれているように見える魔性バイコーンと、動かなくなったユニコーンの姿があった。




