第35話 想定外は続く
「ふーむ。基本的に森、森、森、このあたりは手付かずの土地が多いな」
俺は巻物を地図モードで開いて村を中心に半径十キロ圏内を確認する。
うん、やっぱりこの巻物、ハイテクっていうかこれが一番のチートアイテムだな。方々に送り込んだ分身たちが見聞きした情報でも、俺に意識をつなげれば同時に情報が入力されていく。
そのおかげで俺は見ず知らずの土地であっても詳細な位置情報を手に入れることができるというわけだ。
前回のイーゲル盗賊団での戦いにおいては、俺個人のみの戦いが多かったからあまり使わなかったが、これ、軍隊を指揮する奴からしたら喉から手が出るってレベルの代物だな。
「遠間からの確認になるがあの巨大バイコーンの姿も確認できた。例のごとく他のバイコーンを踏みつぶしてるな。なんか一方的だな……方角は西側だが……これは戦闘で移動したって感じだな」
俺は地図の作成以外にもバイコーンの住処を探しているのだが、それらしい場所が全く見つからないのだ。今、俺が捉えているバイコーンたちも、そこに住んでいるわけではないらしい。
「アム、この周囲でバイコーンが生活拠点にしそうな土地は絞り込めるか?」
「そうですねぇ」
アムはじっと地図をのぞき込みながら考えを巡らせている。
「モンスターであれ、人間であれ、生活するには水が必要ですから、水辺が近くにあることが重要です。そうなると東側と西側には川が流れてないので除外してもいいです。南の方には村も使っている川があるようなんですけど……ただ……」
「どうした、何か気になるところでも?」
地図を確認すると、アムの言う通りの構図が広がっている。南には結構な規模の川が流れており、それは遠く離れた他の街にもつながっているのだとか。
そしてその川をさかのぼっていくと北の方角へとつながっているのだ。
「南もないですね。もしそこにバイコーンがいれば村にもっと被害が出てますから。ですので、残る北側なんですけど……ここ、洞窟があります。恐らく、地下水が流れているのかもしれませんが……バイコーンの求める餌が洞窟にあるなんて思えないんですよね」
「洞窟の中に巣くっている別のモンスターを食べているということはないのかしら?」
同じように地図をのぞき込んでいたポーラが質問をするが、アムは首を横に振った。
「洞窟といっても、この地図から察するになんというかこう、そこまで大きくないんですよね。そりゃ全く住んでないってわけじゃないでしょうけど、バイコーンたちが餌場にするほどのものなのかなって……それこそ共食いでもっと数が減ってないと」
「俺が確認できる範囲だと通常のバイコーンはまだ残ってるな……今猛烈に数が減っているが」
「うーん、それもそれでおかしい話ですねぇ……バイコーンがそんなにいて、こんなにも森が綺麗なわけがないですよ」
アムはさらに難しい顔を浮かべていた。
森が綺麗、と言われると確かにそうだ。巨大バイコーンの戦闘でいくらか被害は出ているが、それでも森全体を通してみればその被害はまだ小さい。アム曰く、バイコーンはそれこそ木の根すらも食べる為か、群れが押し寄せた山や森は丸坊主になるのだとか。
だが、ここはそうは見えないのだ。
「もしかしたら、バイコーンたちはこの森にきて、日が浅いのかも……それどころか満足に食事にすらありつけてない可能性があるかもしれない。うーん、でもなぁ、じゃあなんで三日三晩もバイコーンたちは争ってるんだろう?」
アムは頭を抱え始めた。彼女の知識でも今回の状況は想定外らしい。
「うぅん……あと考えられるのは、あの魔性バイコーンのテリトリーに他のバイコーンたちが侵入してきたから敏感になっているとかかなぁ……うーん……」
「その考え方は正しいと思います」
「ユキノさん?」
狐形態のユキノが北側を睨みながら言った。
ひくひくと鼻をうごめかせているのはニオイをかぎ分けているからなのだろうか。
「群れというものにはそれぞれ独自のニオイというものがあります。ですが、あの魔性バイコーンと他の群れとではニオイが全く異なるものでした。どちらかのテリトリーに侵入したから争いが起きているという考え方は正しいかと……それに」
ユキノは顔をしかめつつもニオイをかぐのをやめていない。
「北側から、バイコーンではないニオイも感じます。これが何なのかはわかりませんが……」
バイコーン以外のニオイね。
ふむ。俺たちのクエストの主目標はバイコーンの討伐だ。そこは変わりない。だが、今回の事件のそもそもの原因を探るのも防止にはつながるかもしれない。
「よし、分身の一体をバイコーンたちの監視につける。俺たちは一旦、その北の洞窟を目指すとするか。住処があれば、それはそれで待ち伏せもできるし、罠も設置できるからな」
村長たちからすれば何を悠長なことをと思われるかもしれないが、あの魔性バイコーンと真正面から遣り合ったらそれこそ周囲への被害がとんでもないことになりそうだからな。
手に入れられる情報は手に入れて万全にしたいのだよ、俺は。
*************************************
俺たちはすぐさま北側の洞窟を目指す。距離としてはさほど遠くはなく、険しいというわけでもなかった。
ただその道中の最中、森を見渡してみたが、綺麗なものだった。バイコーンの住処と思われる洞窟の近くにしては踏み荒らされているわけでもない。
というより、バイコーンたちはここに近寄ってない節もある。
「ご主人様、血のニオイです」
しかし、ここでユキノが物騒なニオイに気が付いたらしい。
「バイコーンか?」
「いえ、違います。違うのですが……この血のニオイ、バイコーンのものではないですね」
「もしかしたら魔性バイコーンの餌が蓄えてあるのかもしれません」
ユキノの疑問に答えるアムであったが、彼女としてもちょっと自信はなさげだった。
「バイコーンが餌を蓄えるって聞いたことありませんものねぇ。彼らは基本的にあるものはあるだけ食べるせいで、馬にしては太っているわけですし」
ポーラとしても疑問のようだ。
「まぁ、その疑問のいくつかは洞窟につけばわかることを期待しよう。見えてきたぞ」
森が開けていくと一転してその周囲は河原が広がっていた。釣りをしたら最高だなと思うような場所だが、ここも手付かずのようだった。
周囲を見渡すと、件の洞窟はすぐに見つかった。洞窟というよりは洞穴に近いもので、穴の大きさもおおよそ五メートル前後だ。
「キドーさん、お気付きだと思いますけど……」
ポーラが杖を構える。
俺も忍者刀の柄をつかみ、警戒をとっていた。ユキノも同じく毛をピリピリと逆立たせている。アムはそんな俺たちの様子を悟って無言で槍を構えた。
皆、洞窟の奥から小さいながらも魔力反応を感知したのだ。
「油断はするなよ……」
俺たちは洞窟へと侵入した。
そこは薄暗いが奥の方は何か天井に穴でも開いているのか、うっすらと光も差し込んでいた。
血のニオイはすれど、無茶苦茶に荒れているわけではなく、どこかひっそりとした隠れ家のような印象を受ける場所だった。
「あれは……!」
そして洞窟を進むこと、三分。思いのほかゴールは近かった。
だが、そこで俺たちが発見したのは想像以上のものだった。
「これは……そんな!」
「初めて、見ました……」
「この血のニオイの正体は……!」
アム、ポーラ、ユキノも目を見開き、視界に飛び込んできた存在に驚きを隠せなかった様子だ。
「これは、まさか……ユニコーン?」
俺たちの目の前に現れたのは、馬の頭部に一本の角を持ち、純白の毛並みを赤い血で汚し、息も絶えだえで、横たわるユニコーンの姿であった。
そのユニコーンは結構な齢を重ねているのか、毛並みは美しいが肉にたるみがあり、しわもあるように見えた。
いや、しかし、そういう問題じゃない。なんで、こんなところにユニコーンがいるっていうんだ。しかも傷だらけで。
「まさか、魔性バイコーンの餌?」
ポーラはそう言いながらユニコーンに駆け寄り、治癒魔法をかけるが、一向に傷はふさがらない。
「ダメです。このユニコーンはもう……ですが、食べられたような跡はないですね……どういうことなんでしょう」
魔法が通用しないまでに衰弱しているらしいユニコーンだが、傷らしい傷は腹部の大穴だけだ。
ポーラに続き、アムもユニコーンに駆け寄り怪我の具合を確かめていた。
「この穴、魔性バイコーンじゃない。むしろ、普通のバイコーンの角の大きさですよ、これ。しかも見てください。ユニコーンの周りにある食べ物……これ、殆ど怪我や体力回復に効果があるといわれているものですよ」
アムの言う通り、ユニコーンの周囲には果物や木の実などが大量に置かれていた。
「なんだ、どういうことだ。ここはバイコーンの住処ではなくて、ユニコーンの? いや、だとしても、このありさまは……」
ますますわけが分からない。
一体何が起きてるんだ、ここ。
「むっ? 皆さま、後方からバイコーンの反応があります! まっすぐこちらへ向かってきています!」
刹那、ユキノの耳がぴくんと反応を示した。それと同時に俺も同じく連中の気配を察知する。
だが、そこに魔性バイコーンの反応はなかったのだが……。
「うおっ!」
その瞬間、俺はぴりっとした感覚と同時に分身が消失したことに気が付いた。
魔性バイコーンが電撃を放ち周囲を吹き飛ばしたのである。
だが、その直前の感覚で、魔性バイコーンもまたこちらを目指していることが何とかわかる。
「全員、気を引き締めろ。バイコーンたちが来る。例のあいつもだ……罠の設置は無理そうだな」
全く、うまくいかないもんだねこりゃ。
むしろ謎が増えるばかりじゃないか。
とはいえ、今は文句を言ってる場合じゃない。
俺たちは迫りくるバイコーンたちに備えなければならないのだから。




