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第33話 黒くてデカくて太いアイツ

 バイコーン退治のクエストの詳細はこうだ。

 ハーバリーより北へ二十キロの位置にあるヘーレの村というところでここ最近、バイコーンが大量発生。さらには群れの中でも派閥のようなものが出来て、それが争いを始めたので、そのとばっちりを受けてほとほと迷惑をしているという話だ。


「ところで、バイコーンってのはどういうモンスターなんだ。恥ずかしい話だが、聞いたことはあっても実際に見たことはなくてな」


 基本的に俺のモンスターに対する知識はイメージが八割を占めている。

 どこかで聞いたことのある、見たことのある存在でそれはそれで間違いではないが、オークのマイネルスのようにどこか俺のイメージとはかけ離れたものも存在するかもしれない。


「バイコーンは見境なしに子作りしちゃうんです。もう殆ど、一年中いつでも作ってるぐらいで、一部の地域じゃ多産のシンボルになったり、血や一部の肉は精力剤になるんです。その分、ものすごーく不味いんですけどね」


 ヘーレ村への道すがら、元は猟師をしていたというアムは一部のモンスターに対する知識が深い。

 彼女は俺の質問に丁寧に答えてくれた。


「それで、増えすぎちゃうせいで今回のクエストのように収まりきらない数を自分たちで間引くんです。その中から強い個体を残してさらに種族を繁栄させる……という意味もあるみたいですよ? そんなんですから、多産のシンボルとは別に軍人さんや騎士様なんかではバイコーンを紋章に掲げる人もいるんです」

「へぇ、不浄の存在って言われてる割には信仰も受けてるんだな」


 話だけを聞いていると危険ではあるが、被害さえまき散らさなければそこまで忌み嫌われるモンスターではないようだな。


「不浄というのも理由があるんです」

「というと?」

「臭いんです。特に血と脂が」

「臭いのか……」

「えぇ、それはもう一週間近くはニオイが立ち込めて、生活できないぐらいなんですよ。そのあまりのニオイのせいで昔の人たちはバイコーンを不浄の存在として見ていたんですよね」


 まぁうん。ニオイの被害は大きいよね。気分が悪くなるもんな。


「それと、気になるのは群れの数ですよねぇ。バイコーンの繁殖力は本当にもうすごいので、場合によっては数百頭以上の規模かもしれません。そうなると骨が折れますよ。特に処理している間に立ち込めるニオイが……まぁ、リーダー格を潰せば逃げていくと思うので、それさえ見極めればオッケーです。見極め方は簡単ですよ。とにかく、大きいんです。見たらわかると思いますよ」

「なるほど。ありがとう、アム。今回のクエストじゃ頼りにしてるぜ」

「はい、任せてください!」


 えへへ、とアムは少し照れたように笑う。

 実際、こういう知識があるとないとでは大きく変わってくる。何も知らないで相手にするよりはやはり情報があった方が楽だしな。


「しかし、見た目でわかるか……どういう姿を……ん?」


 そうやって説明を受けながら歩いていくと、俺は鼻をつくような、肉のすえた感じのニオイをかぎ取った。


「う、ご主人様。私、ちょっとこのニオイは耐えられないかもしれません」


 ユキノは顔を青くして、両手で顔を覆っていた。

 彼女はいうなれば獣人であり、鼻が利くのだろう。そのせいで俺よりニオイに敏感なのかもしれない。


「どうなされたんですか、お二人とも?」


 どうやらポーラにはまだニオイが届いていないようだ。

 かくいう俺も少し気になるという程度ではあるのだが。


「多分、バイコーンのニオイですね。私もまだかぎとれてないですけど……もしかすると村の方はもっときついかも」


 そういうアムはげんなりとした顔をしていた。

 これは、相当なニオイになるのかもしれないな。


*************************************


 村に到着すると、確かに酷い悪臭が漂っていた。

 我慢できる範囲というのがなおさらにきつい。これが我慢ならないという話なら逆にあきらめがつくというものだが。


「この度はクエストを引き受けていただきありがとうございます」


 出迎えは村長だった。彼もニオイが気になるのか、布をマスクの代わりにしている。よく見れば村人の大半が同じようなことをしていた。しかも顔色も悪い。


「ここは先祖代々の土地、今更離れるわけにも参りませんし、困っていたのです」

「バイコーンはどれほどの規模で?」

「それについてですが……」


 村長は俺の姿をじろじろと見ている。えぇい、見た目を怪しまれるのはなれたわ。


「実は私らも怖くてですね。森に入って全てを確認したわけではないのですが、恐らく百は超えているかと。ただ、縄張り争いがここ三日間は続いておりましたし、もしかすると数は減っているのではないでしょうか?」

「キドー様、このニオイから察するに相当な数のバイコーンが自滅してると思います」


 村長の言葉に付け加えるようにアムが言う。

 数が減ってるなら楽ができるはずだが、さてどうなるかな。


「ふむ、とにかくバイコーンたちを確認しないことには始まらないが……?」


 さっそくクエストを始めようとした矢先だ。

 村を取り囲むように広がる森、その奥から馬のいななきにも似た絶叫が轟く。

 それと同時に大きな馬蹄が響き、それはまるで地面が揺れているのではないかという錯覚すら感じさせた。


「あぁ、始まった……」


 村長が頭を抱える。


「よし、全員行くぞ。まずはいつもの通り、敵の詳細を調べる。アムは俺と前線、ポーラは後方、ユキノは……」


 この村についてからユキノの顔は真っ青だ。相当ニオイがきついらしい。


「だ、大丈夫です。我慢できます。私は地狐ですから。高等種ですから」


 目を回しながら言ってるのを見ると、村に残した方がいい気もしてくるのだがな。


「あぁ……とりあえず、ポーラの近くにいてくれ。頼むぞ、ポーラ」

「はい、承りました」

「す、すみません……」


 ひとまず陣形は決まった。

 俺たちはそのまま森へと入り、バイコーンを捜索する。バイコーン同士の争いの音は次第に大きくなっていき、絶叫やら悲鳴が耳を震わせる。

 こんなにも激しい縄張り争いをしているのか。


「うぅ、気持ち悪いです……でも、なんだか妙ですね」


 森に入ると一層顔色を悪くしているユキノであったが、ぴくりと狐耳を動かすと、神妙な顔つきに変わった。相変わらずニオイはきつそうだが。


「妙?」

「はい。これは、戦いの絶叫ではありません……むしろ畏怖するもの……一方的な脅威にただ逃げているだけのような……」


 おいおい、冗談じゃないぞ。

 まさか今回も実は……みたいな話にならないだろうな。


「バイコーン以外になにか、いるのか?」

「いえ、バイコーンのニオイ以外はしません……臭いですけど、それはかぎ分けられます……」

「キドー様、ユキノさんの言う通り、何かおかしいですね。バイコーンの群れがこっちに向かってきている音がします」


 アムも何かを感じ取ったのか槍を構える。


「……魔力反応を感知。面倒ですね。バイコーンの中に魔法が使える特異個体がいるようです」


 ポーラも杖を掲げた。


「ウ、ルル!」


 ユキノは一瞬にして銀狐の姿へと変化し、ポーラのそばへ。


「来たか!」


 ドドド、と地面を踏み鳴らす轟音。

 悪臭の塊が押し寄せてくる。

 そして俺たちが見たのは、傷つき血をまき散らしながらも走る、でっぷりとした二本角の馬、バイコーンの群れ。だがこいつらは俺たちの事など目もくれず、一目散に逃げまどっている様子だ。


「むっ!?」


 刹那、俺たちの頭上を巨大な影が飛び越えていく。

 そいつは逃げるバイコーンたちの行く手を阻むように着地すると、目の前にいた一頭のバイコーンを踏みつぶし、続いて両脇をすり抜けようとする二頭を後ろ脚で蹴とばし、角で貫く。

 そいつは、間違いなくバイコーンだった。漆黒の毛並み、剣のように鋭い二本角、だが一つ違うとすれば肥満体系な他のバイコーンとは違い、がっちりと筋肉質で、それでいてすらりとしたサラブレッドのような見た目をしていた。

 ただし、宿す両目は赤く血走ったように輝いていた。


「あぁ、やっぱり。普通じゃないのね?」


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