第32話 金欠は金遁の術では防げない
「ご主人様、大変です」
イーゲル盗賊団との戦いから早いもので三か月が経とうとしていた。
事後処理も済み始め、各地でも安定の兆しが見えてきた頃なのだが、それとは正反対に我が家はピンチだった。
「お金がありません」
我が家に住むことになったユキノは、まじめな子で帳簿をつけてくれていた。
俺はこういう管理がとことん苦手だったので助かったのだが、それはそれとして我が家の家計は火の車であった。
「私たちの食費より、ミズチの食費の方が上回っています」
原因はわかっている。
ミズチ、あのシーサーペントに付けた名前なのだが、あいつがここ最近急成長を遂げている。今では五メートルにまで成長していた。ドラゴン族らしく鋭い牙を持ち、ヒレを広げた時は空でも飛びそうな勢いなのだが、見た目の割には大人しく、従順で、修道院の池で遊んではシスター見習いの女の子たちからは大人気、たまにお菓子をもらったりしている。
だが、それだけで腹が膨れるわけではないらしく、日々かかる食費がそれはもうとんでもない額に膨れ上がっていた。
「それと、消失した手裏剣及びクナイの数も多くなってきました。補充の為の費用もギリギリです」
同時に忍者道具の数々の整備にも費用が掛かっている。
特に金がかかるのはなんといっても忍者刀だ。この刀、明らかに普通じゃないのだが、調べてみても材質は鉄のみ。なんらかの加護がかかっているからなかなか折れず、錆びない業物なのだとか。
それでも数か月も使えばほころんでくるもので、俺も最近では手入れを欠かさず行っていた。
「うぅむ……どうしたものか」
俺は首をひねり、唸る。
これらは基本的にサリーからの報酬で賄っていたのだが、ここ最近は裏稼業もなくとんと暇だった。
俺の活躍のおかげというと自意識高そうに思われるが、ギルドの掟に逆らうと暗殺者が送り込まれるというのが囁かれるようになってきてから、目立って犯罪行為を行う冒険者も少なくなってきた。
その他にもギルドの構成員や幹部らの不正を暴く仕事を数回していたこともあるのだが、イーゲル盗賊団との戦いの後はそれすらもパタリとやんだ。
サリー曰く、『忙しいから不正する暇もない』のだとか。
スキュラ、そしてイーゲルによる襲撃で壊滅した街が二つもあればそりゃ当然忙しい。
「その他の道具に関しても補充がままなりません。ふえていくのは蜂蜜ばかりです」
あとついでに人面キノコから採取した各種の胞子たちだ。
こんなもん食えたもんじゃないので最初から勘定には入れてない。
催眠胞子だけは医療用の薬として重宝されるので、こいつはなかなか高価で売れるのでここ最近の稼ぎ頭となっていることだけを伝えておく。
「蜂蜜はとてもおいしいです。でも、さすがに飽きました。ハーバリーのパン屋さんにも売り分けていますが、もう飽和状態です」
蜂蜜は当然兵糧丸の材料だが、ここ最近は取りすぎてもう余っている。
時々、楽しみの一つとしてなめたり、固めて飴みたいにして食べていたが、それも飽きてくるというものだ。
「蜂蜜粥は、あれはダメだったな……うん」
しまいには普段の料理で何とか活用できないかとも考えていたが、だんだんとくどくなってきてたまに蜂蜜に溺れる夢を見るありさまだ。
なので、必要としているだろうパン屋や料理屋に持ち込んでみると、これがあんがい売れるので、そこでも取引をしていたのだが、今度はこっちが飽和してきたので、ここ最近は少ししか売ってない。
「う、む……やはり兵糧丸を売り出すしか……」
真面目に考え抜いた結果、俺は唯一外に放出しても無害な兵糧丸を回復剤などと称して売り出そうと考えている。
疲労回復にはほんとうに効き目があるんだ!
「ご主人様。私はご主人様のなさることに口出しすることはしないと誓いましたが、それだけはやめた方がいいと思います。あれは、食べるものじゃないです」
それを言うユキノの表情は真剣だった。
洗礼というわけじゃないのだが、ユキノにもあの兵糧丸を与えたことがある。彼女が興味を示したので、一口与えたら倒れてしまったのだが。
そんなにまずいのかな……俺なんかは時々栄養補給って感じでかじってるのだが……もしかして俺の味覚がバカになってきてる?
「とにかくです。ご主人様。お金がありません。こうなれば私も働いて家計を支えるしか……!」
「働くったって……いやまぁ、出来ん事もないだろうが、体は大丈夫なのか?」
「はい! もとはといえば、この金欠は私にも責任がありますので!」
「いやそこまでは考えなくても……悪いのはユキノじゃないし」
実は装備を整える以外にも出費が重なったのも今の状況を作り出していることなのだが、それに関しては俺は何も思わない。
というのもだ。彼女はこの三か月、やっと万全の体調に戻ったのだ。それまでは元気にしていたようで、無理をしていたらしく、ふらっと倒れることがあった。
俺の神通力、この場合は魔力というべきだがそれを分け与えたおかげでユキノは回復していったが、それまでのイーゲルたちの酷使は彼女にかなりの負担を与えていた。
その為、俺はユキノの体力回復を優先していたのだが……。
「う、うーん……うーん! よし!」
俺は両手を叩き決意した。
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「というわけでだ。金欠を回避するべく、なにか大がかりなクエストを受けようと思う」
ギルドへと足を運んだ俺とユキノは、仲間たちを呼びちょっとした会議を行っていた。
「おー!」
ぱちぱちと拍手するアム。
「むしろ今までが地味だったのではないですか?」
ほんの少しだけ呆れ気味なポーラ。
「ご主人様は私の看病の為にあまりお傍を離れなかっただけなのです。本当でしたら、今頃はとんとん拍子にランクを上げていたことでしょうし……」
ユキノはしょんぼりと顔をうつむかせた。
自分の存在が俺に負担をかけさせたと思い込んでいるのである。
「必要なことだ。病人を置いて、自分が好き勝手するのもな……だが、ユキノも調子が戻ってきた。ここいらで冒険者として働かないとな」
俺が選んだ方法、それはもう簡単でシンプルだ。
俺は忍者であり、冒険者でもある。だったらクエストを受けまくって金を稼ぐしかない。というか冒険者の稼ぎの大半はそれだ。
「しかし、お金を稼ぐとなるとやっぱり討伐クエストですし、何か高位のモンスターのクエストがあればいいんですけど、それだとランクが足りないですしねぇ」
乗り気だったアムではあるが、次第に難しい顔になり、腕を組む。
彼女の言う通り、クエストを受けるにしてもランクによっては受注ができないものがある。ランクは、つまりは目に見える評価基準なわけで、いくら俺が影で色々やっていてもそれは裏の顔。
表の俺は相も変わらず素材集めばかりしていて、たまに害獣駆除でモンスターを狩るだけの生活をしている冒険者だ。
「ランクアップも目的の一つだ。なんといっても、俺はぺーぺーだからな」
とにかくランクを上げたい。ランクが上がれば報酬金も増える。少なくともCプラスにまで上がればある程度の余裕ができるはずなのだ。
だがランクを上げるためには、難易度の高いクエストをこなさなくてはならない。
「あ、そうだ! いいのがありますよ! バイコーン退治です!」
「バイコーン?」
アムが何か思いついたようだ。
バイコーンといえば確か一角獣のユニコーンとは対となる二本角の馬型モンスターの事だな。
ユニコーンが純潔、清浄を司るのに対して、バイコーンは不浄を司るといわれているはずだ。気性も荒く、好戦的とも聞く。
「何と言ってもバイコーンの角は高値で取引されますし、お肉は私たちじゃ食べられませんが上級モンスターにとってはごちそうになるんですよ。それに、気性が荒いせいか田畑を荒らされる被害も多いんです。私の故郷でもバイコーンはイノシシよりも畑の敵でしたから」
「ふーむ、バイコーンか……」
「私もいいと思いますよ。バイコーンならばランクアップも兼ねて討伐するにはちょうどいい難易度でしょうし、何よりキドーさんなら問題ないと思います」
ふむ。それならば、バイコーン退治に決めるとするか。
「よし、決定だ。バイコーンを狩るぞ!」
待っていろよ、バイコーン。
主に俺の実りある豊かな生活の為に!




