第30話 仕置きにて候
「クカカカカ! やるじゃねぇか、えぇ!?」
「バカ力め……」
俺とイーゲルの剣戟が始まって、もう五分以上は経過している。
イーゲルの力任せな攻撃は、しかし信じられないほどに素早く、なおかつ重い。
対する俺は身軽さとスピードで翻弄し、難なく攻撃をよけているが、こちらの攻撃も防がれまさしく互角といった状況だった。
だが、もう一つ厄介なことがある。
それは、イーゲルに仕える魔法使いの存在だ。
「魔弾光!」
魔法使いは漆黒の球体を放ち、イーゲルを援護している。
弾速は早くないが、うっとうしい攻撃だった。しかもある程度、その場に滞空するせいか、微妙にだが俺の行動範囲が狭まっていく。
面倒臭いがコンビネーションはばっちりだというわけだ。
「おいおい、どうしたぁ。息切れかぁ? 動きが鈍くなってんぞ?」
イーゲルは目ざとい。
実のところ、俺は結構疲れが出始めている。今日に限っていえば高等忍法のオンパレード、しかも今現在もそれを維持している。
「外のバケモンもてめぇの仕業なんだろう? ずいぶんと派手なことしてくれてるようだが、魔力は十分なのか? あぁん?」
イーゲルとの戦闘で大規模な忍法を使わないのは俺が油断しているからではない。そもそも使えないのだ。
それに、人質に被害が出る可能性もある。
「大きなお世話だ。それより貴様も体力を心配したらどうだ?」
かくいうイーゲルもうっすらと汗をにじませていた。
それでもまだ余裕はありそうなのだが。
「へへ、心配はいらねぇさ。おい、フェルーン!」
「了解です。イーゲル様」
再び、イーゲルに魔力が流れ込んでいく。
吸収源はやはり銀狐だ。魔力が吸い取られていく度に銀狐は苦しそうな声を上げ、じたばたともがき苦しむ。
「あぁ、疲れが取れるぜぇ……」
イーゲルの言う通り、奴の体力は万全なようだ。
「気分いいぜ。狐型のモンスターってのはしっぽの数が増えれば増えるほど強力になるって話だが、三尾ともなりゃこれこの通りってわけだ」
イーゲルはあふれんばかりの魔力を堪能するように語りだす。
「こいつのおかげで俺は若い頃の姿を取り戻した。おかげで朝から晩までギンギンでよぉ、収まりがつかねぇんだわ。そうなりゃやることは一つに決まってんよなぁ?」
「一人で勝手にやってろ」
「まぁそういうなよ。貴様の強さははっきりとわかった。俺と互角だ。面白れぇ男だ。今まで俺がぶっ殺してきた連中は俺が剣をふるっただけで死んじまうやわな連中だったからな。だが、てめぇは違うぜ。強い、面白い。なぁどうだ、やっぱり俺の所に来ねぇか? いい思いもできるぜぇ? てめぇならすぐに幹部だ。なんなら俺の右腕にしてやってもいい」
「よくしゃべる口だ。今すぐに閉じさせてやろう」
俺は刃を向けることで返答をした。
すると、余裕の笑みを浮かべ続けていたイーゲルの表情が無表情に変化する。
同時に魔力の放出も確認できた。
「そうかい……なら、死ねや」
「魔法……!?」
イーゲルは全身から放出する魔力を炎に変換し、俺目掛けて放つ。
大振りの一撃だ。よけるのは容易いが、とんでもねぇ威力だ。
まるで火炎放射だ。その衝撃のせいか、テントが吹き飛ばされて、俺たちの姿は本陣内部からは丸見えとなる。
本陣は騒然となった。前方には巨大土蜘蛛、内部では自分たちの頭領が謎の侵入者と戦っている。
この時点で本陣の機能の大半は失われたといってもいい。
「ちっ……!」
俺はいったん、イーゲルたちから離れ、三人の分身を放ち、それぞれが人質が収容されている檻へと飛び乗る。
「ほぉ? 増えたぜ?」
「幻影でしょうか。珍しい魔法を使うものです」
イーゲルとフェルーンは余裕を浮かばせている。
一方の俺は結構大変なんだよ。本当はさっくりとイーゲルを始末するつもりが、あいつがなかなかの化け物だったせいでな。
そして今、この状況では人質に危害が加えられると俺が動けなくなる。
ゆえに、強制的に影隠を発動させ、牢獄を沈める。住民たちが悲鳴をあげてるが、我慢してもらう!
「っ~! 頭いてぇ!」
しかし、これで消耗は激しくなった。消費した神通力のせいで頭痛がしてくる。
「だが、我慢できる! サラリーマンの二日酔いへの耐性をなめんなよ!」
こちとら上司に付き合わされての飲み屋ハシゴの二日酔いには慣れてんだ。ガンガンする頭痛と戦ってのお仕事はなぁ、サラリーマンの日常なんだよ!
「すげぇ、すげぇ! なんだこいつ、面白れぇぞ!」
イーゲルがわざとらしい拍手をしてくる。
むかついた俺はクナイを投擲するが、それは難なく払われた。二度、三度、さらに放つ。だが、それも払われる。
「ったくよぉ。お前一人の為に俺の軍が大混乱だぜ。けど、こんなにもわくわくするのは久しぶりだなぁ。世の中平和すぎて退屈だったんだよ。やっぱり、人間には闘争が必要だな。この生きるか死ぬかって緊張感がたまらねぇぜ」
イーゲルは剣を地面に突き刺し、両腕を突き出した。
刹那、炎、電撃、風、水の魔力弾が俺目掛けて放たれる。
しかもその魔法は仲間のはずの盗賊兵たちにも容赦なく降り注がれていた。
「野郎……!」
やたらめったらな魔法攻撃は当たるものじゃないが、面倒くさいことは確かだ。
「ははは! 今の俺なら一日中魔法が使えるぜ?」
「そのようだな。だが一つとしてかすっていない」
「そうだなぁ。だが、てめぇはもう息が切れきれじゃねぇか」
「……」
無視して攻撃を避けることに専念する。
頭が痛いが、我慢だ。
「それに比べて俺は元気いっぱい、若さが溢れる。まさに無敵、そして俺の軍隊は不死身! フェルーン!」
「はい、イーゲル様……死霊よ、イーゲル様と共に!」
「むっ!?」
フェルーンが杖をかざすと、イーゲルの餌食になった盗賊兵たちが起き上がる。
死霊兵と化したようだ。
(あいつが、死霊兵の元締めか。あいつ一人で賄っているのか?)
サリーは複数人いると推測していたが、どうやらこの盗賊団の死霊兵はフェルーンが一人で作り出しているようだ。
薄気味悪い男だ。それに、盗賊団には似つかわしくない。なぜあんな奴がここにいるんだ。
新たな疑問が浮かび上がるが、それよりも、この状況はそろそろきつい。
「一か八か……!」
俺は魔法を潜り抜け、イーゲルに接近する。
「バカがぁ!」
一直線に突き進む俺に対してイーゲルは両腕を突き出し、まばゆい光を放った。
「インパクト・バスター!」
「……!」
その光の奔流の中に、俺は包まれ……。
「がっ……」
イーゲルとは目と鼻の先で崩れ落ちる。
「へっ、焦った方が負けなんだよ。どれ、一発で首を……ん? なんだ、体が……」
剣を構えたイーゲルであったが、奴の体は動かない。
そりゃ当然だ。奴の影には俺のクナイが突き刺さっている。影縫いだ。
「これは、俺がさっき叩き落とした……! はっ!」
そして奴は気が付くだろう。今自分の目の前で倒れている俺が、俺ではないことに。それは人の形をした土くれだ。俺の姿が消え、崩れていく土の塊でしかない。
「なんだと? あの野郎、どこに……!?」
「イーゲル様、後ろでございます!」
「なにぃ!」
フェルーンが俺の姿を確認した。
イーゲルの背後に刀を構えた俺がいる。
「させるか!」
フェルーンが魔法を発動させようとする。
だが、どうやら引っかかったようだな。
「がふっ……!」
「すまんな。あれも、偽物だ」
イーゲルの背後にいた俺もまた、土くれだ。
本当の俺は、フェルーンの背後にいる。忍者刀で喉を突き刺していた。
「が、ご……ごぱっ!」
喉を貫いたのにフェルーンはまだ生きている。
だが、動ける様子ではない。なぜ、という顔を俺に向けているのが精いっぱいだ。
「イーゲルよりも何よりも、魔法でこの盗賊を支えてるあんたを真っ先に始末する方がいいと判断した」
フェルーンは倒れる。すると、俺の予想通り、変化が訪れる。
まず真っ先に起こったのは死霊兵たちが崩れていくことだ。術者であり、操縦者であるフェルーンが死んだことで魔法が解除されたとみるべきだろう。
それは恐らくここだけではない。各部隊に点在した死霊兵も動きを止めたはずだ。
だが、それ以外にもうれしい誤算がある。
「お、おぉ。なんだ、力が、力が抜けるだと!?」
イーゲルへの魔力供給が途切れていた。
同時に奴の体からは魔力が霧散していく。すると、どうだ。若々しい少年の姿をしていたイーゲルがみるみる内に年老いていく。その一瞬は屈強な男に成長したようだったが、それを通り越すとやせこけた老人のような姿になっていく。
先程の精悍な姿はない。そこにいるのは老いた男だけだ。
「なんだ、力がでねぇ……フェルーン、フェルーン!」
「奴は死んだ。お前だってわかるだろ」
実際の所、ここまでうまくいくとは思ってなかった。
だが、まぁ、それはそれでいいとするさ。
俺はイーゲルへと歩み寄る。
「く、くるなぁ! なんで、うごけねぇ!」
圧倒的有利な状況から一瞬にして逆転されたせいか、イーゲルの焦りは酷いものだった。喚き散らし、唯一動く両腕で剣をふるおうとするが、重たくて持ち上がらないのだ。
「け、剣が持てねぇ!」
「さっきの若い姿だったら、影縫いを力づくで突破することはできただろうが……その体じゃもう無理なようだな」
俺は、今度こそイーゲルの背後に立った。
奴の恐怖を肌で感じる。
「なんなんだ、てめぇは」
「忍者」
そう答えると同時に、俺はイーゲルを斬った。
本当に呆気ない。なんだか達成感ってのはわかないが、とにかく任務は達成したとみていいだろう。
「さて、次は貴様らだが?」
俺は生き残った盗賊兵に剣先を向ける。
盗賊兵たちは悲鳴を上げ、我先にと逃亡を開始した。無敵の頭領が殺されたんだ。士気は完全に崩壊している。
「……ん?」
総崩れになる盗賊団たち。
だがその騒ぎの中で、俺は背後でうごめく気配を感じた。
振り向くと、それは喉を貫き絶命したはずのフェルーンが這いずり回って逃げようとしている姿だった。
「貴様、まだ生きてるのか?」
「う、がば……おのれ、おのれぇ!」
奴は杖をかざし、俺に魔法を放とうとする。
だが、それはできない。
「ぎゃっ」
小さな悲鳴と共にフェルーンは、とびかかってきた銀狐に頭からかみ砕かれ、飲み込まれていったからだ。
(感謝、する……)
その時、俺は銀狐の声を聞いた。
あれは、幻聴とかではなかったのか。
「お前、喋れるのか?」
(私、ほどともなれば、容易い……だが、もう持たぬ)
銀狐はふらつき、崩れる。
俺はすぐさま駆け寄り、銀狐の頭を支えるようにして持ち上げた。
衰弱が激しい。死ぬ勢いで魔力を吸い取られたようだ。
ならば。
(……なんの、つもりだ?)
俺は巻物を取り出し、銀狐を取り囲む。
契約の儀式だ。
シーサーペントでもそうなのだが、契約をしたモンスターはある程度の魔力を主人と共有できる。お互いに魔力を譲渡しあえるのだ。
恐らくイーゲルが行っていたのもそれだろう。奴の場合は際限なく吸い取っていたようだが。
「死にそうなのを見捨てるわけにはいかんからな。嫌かもしれんが、我慢しろ」
俺は有無を言わさず銀狐との契約を強行した。死にかけた銀狐には抵抗する力はない。俺にされるがまま、契約を執行する。
そして、俺はすっからかんになりつつある神通力を銀狐に送り込む。
当然、土蜘蛛や分身たちは消える。
もう俺の神通力はすっからかんだ。
(……お前)
「あーったま痛い!」
銀狐が何か言いたげだったが、すまんが後にしてくれ!
俺は今、ひじょーに頭が痛い! 効果があるかどうかわからないが、兵糧丸を飲み込む。まずい!
「まぁ、とにかくだ……」
俺は息を大きく吸い込む。
「盗賊団、頭領! イーゲルの首は獲った!」




