第3話 ハイテク巻物と共に?
「なんて都合のいい……」
大凧飛行の術とやらに関して俺は勘違いをしていた。というより、この術の詳細が俺の頭にインプットされ続けているのだ。
この術、名前こそは凧だが風を受けて浮かんでいるのではなく明らかに凧そのものが何らかの自律飛行を行っているという事だ。
しかもその操作は俺の意思通りって言うのだからますます都合がいい。
なので、徐々に高度を下げ、速度を落とす事で安全に着陸できるというわけだ。
着陸すると同時に背中に展開していた大凧が一瞬で折りたたまれ、どこかへと収納されていく。
「おぉ……なんかカッコイイ」
明らかに物理現象を無視した収納方法。
まるでヒーロースーツみたいだ。
「でもどこにしまったんだ?」
さっきまで感じていた大凧の感触も重みもすっかりなくなっている。
背中に手をまわしてみるが、何か収納するようなものはない。
気にはなるが、それよりこの場所がどういった所なのかを知りたい。森、とおおざっぱにわかるのはその程度、空にいたときにそれとなく周囲を見渡してみたが光源はなかった。
「人が住んでそうな場所は見当たらんな」
しかし、俺が降りたのは森の中でも比較的開けた場所、恐らくは人通りのある街道といった所か。
道なりに進めばどこかにたどり着くだろうが、果たしてどれだけ進めばいいのやら。
目視できる範囲で光がなかったとみると相当深い森なのかもしれん。
「何か都合のいい術はないものか……」
困ったときの巻物だ。
「……ん?」
何気なく取り出したが、この巻物けっこうな大きさがある。二十センチちょっと、サランラップとかあの辺りの芯の大きさぐらいか。
そんなものが胸元の懐に入ってるものなのか?
「これも何かの術か?」
巻物をさっと広げてみる。
すると俺はもう一つの事実に気が付いた。
この巻物、ただの巻物じゃねぇ。
質感はまさしく紙なのだが、書かれている文字がスクロールされ、画面が移り変わる。そこに書かれているのは全て忍術などだった。
「巻物型タブレットって言えばいいのか? なんか急にハイテクになったな」
それでちょっとニクイ演出なのが、新たに現れた文字はうごめくようにして形を整える。操作方法はハイテクなのにこの辺りの演出はなんかまさしく魔法、というよりは和風な呪術って感じがする。
何だろう、俺、ちょっとこの巻物好きかも。
「んで、さっきから巻物取り出せたり凧が消えたりするのはなんでだ?」
紙の表面というか画面をスクロール。すると気になる項目を発見した。
「えぇと何々、影隠の術?」
この術は本来の使い方はあらゆる影にその身を隠すものである。応用として道具を忍ばせる事も可能。影の大きさ、形は問わない。
と、されている。
「つまり、俺の忍者装束の影に道具がしまってあるのか……一体どんだけの道具があるんだ?」
俺はおもむろに懐をまさぐってみる。
すると……忍者基本装備のクナイ、よくみる十字型の手裏剣に棒手裏剣、まきびし、鉤爪、鎖鎌、分銅付きの縄、あとなぜか弓矢と出るわ、出るわ、道具の数々。たぶん、これもっと入ってるな。
一度、どこかで道具の確認もしないといかんが、一通りの武器がそろっていると考えればちょっとは安心か?
「いや待てよ、そもそも俺、忍術どころか体術なんて習ってねぇぞ」
中学の頃に剣道を少しかじっていたが、それぐらいなものだ。高校、大学で弓道も習ったがそこまで本気ではやってなかった。一応、基本の型ぐらいは覚えているが試合に出ても二回戦負けが殆どだったぞ?
「そういえば女神様は身体強化とかもしてくれたはずなんだよな……」
えぇい困った時の巻物!
あったぁ! 肉体の項目!
「何々、身体能力は特」
〇で特。確か特上って意味だが、それはあの時見た。
んで他に何か……書いてないわ。
「わかるか!」
思わず叫ぶ。
と、とにかくすごいらしいんだろうが、もっと具体的に教えろよな!
「ん? いや、何か文字が追加されていく」
俺の悲痛な叫びに巻物が答えてくれたのか、なんかしぶしぶといった感じで文字が増えていく。
「流石ハイテク巻物だ。忍的剣術と忍的体術……」
例の如く〇に特。
「いやだからわかるわけ……いや、わかるわ」
不思議な感じだがその項目を読んだ瞬間、まるで眠っていた頭が目覚めるように俺は俺に与えられた特典というものを理解していく。
「巻物を読む事で技能がアンロックされるってわけか? なんでまたそんな手間のかかる……いや、むしろ都合がいいのか?」
忍者たるもの巻物を読むべし。
なんかあの女神様ならそれぐらいは当然と思ってそうだな。
他にもいくつか術を確認するとやはり同じだ。その術がどのような効果を発揮するのかが理解できる。
なんだこの巻物、面白いぞ。術以外のも薬草や火薬の知識も入ってくるし、武器の手入れなんかもわかってくる。なんか外付けのメモリを追加されてる感じだが、違和感がなくなると当然のように思えてくる。
だが逆に理解することで不都合もわかってくる。
というのも、最低限の武器はあるが、それ以外の道具、例えばだが鉄そのものや薬草そのもの、火薬そのものは現地調達せねばならないという事だ。
それにかまどもないし、それ専用の道具もない。
「しばらくは体術でしのげって事か? あとは色々と調達しないといけないが……」
それより、なんか無性に腹が減ってきた。
「そういえば巻物に保存食の項目が……あったわ兵糧丸」
実際に見たことはないが、名前だけは聞いたことのある兵糧丸。一つ喰えば疲れ知らずといわれる兵糧丸。しかも今なら五つだけ影にしまってあると書かれてる兵糧丸。ついでにレシピもあるぜ。
「た、食べてみるか?」
という事で懐から取り出す兵糧丸。一口サイズの茶褐色の団子だ。なんか妙に甘ったるいニオイがする。
しかし腹が減ってはなんとやらというし、俺は思い切って口の中に放り込む。
すると、妙に堅いが噛めないほどではない食感と共に流れ出る味は……
「まず」
めっちゃまずい。なんかもう体にいいものをたくさんぶち込みました感のある苦みとそれを中和しようとする砂糖らしき甘味の味が絶妙に混ざり合いついでにねちゃねちゃと変化する食感のせいでさらにまずい。
一番むかつくのが吐き出すほどのまずさじゃないってところだ。
「やっぱ食い物も探さないとな……せっかく手に入れた知識だし、実地訓練もかねて薬草とか動物とか探すのもいいかもしれないが」
何とか飲み込むが口の中が今でもねっとりする。
早く水かなんかで流し込みたい。
やはりここはあてもなくさまよいながら人里を探すしかないようだ……なんて思っていたその時、馬の嘶きが聞こえてくる。
それも結構な数だ。
「馬? 人が来たのか?」
普通、それならば喜ぶべき事なのだが、俺はなぜか跳躍して、木の枝に乗り、身を潜めた。
無意識にやってしまったが、三メートルはありそうな木に一瞬で跳び乗れるってすごいな、忍者。ま、俺の場合それで死んでるんだが。
それはそうと俺が思わず木に隠れたのは、気配というべきか、何かちくちくするような嫌な予感が全身に走ったからだ。
「……なんだ、ありゃ」
ややして、俺が見たもの。
それは馬を走らせる三人の少年少女だ。杖を持った金髪の少女、赤毛の槍を持った少女、軽装の鎧姿の黒髪の少年だ。
三人とも遠くからではわかりづらいが怪我をしている様子だった。
そしてその三人を追いかけるようにざっと十二人程の兵士らしき姿の者たちが迫っている。
「厄介事って感じだな……」
その一瞬、俺は助けに入るべきかと思ったが、躊躇いがあった。
巻き込まれるのはごめんというよりは状況が把握できなかったからだ。
そうやってもじもじとしている内に状況に変化が訪れる。
「ぐあ!」
「きゃあっ!」
少年と少女の一人が背後から矢を受け、落馬した。
少女の方は矢を肩に少年の方は脇腹に受けている様子で悶絶しているが、まだ生きている様子だ。
残った一人、槍を持った少女は青い顔をしながらも、二人を守るように引き返す。
兵士たちは勢いを止める事もなく、迫っていた。
「おい、ちょっと待てよ!」
兵士は手にした弓を構える。
その瞬間、俺は思わず飛び出していた。
躊躇いもなく放たれる矢が迫る。
槍を構える少女の前に降り立ち、俺は背中の忍者刀を抜き放ち、迫りくる矢を切りおとす!
「……!」
その時、俺は必死で声を出すこともできなかった。思わず動いてしまった、思わずやってしまったが、放たれた矢は全て叩き落す事が出来た。
内心、心臓バクバクである。
やれるという知識はあった。今の俺の身体能力ならば銃弾すらはじけるだろう。
だが実際にやるとなると話は別だ。
しかし出来てしまった。
(や、やっちまった。で、どうする、ここから?)
突然のエントリーはいいが、殆ど考えなしの行動だ。
状況は最悪。怪我人三人、うち二人は重症。放っておくとやばそう。
敵は十二人、完全装備の兵士。
「さて、どうするか……」