第29話 本陣強襲
俺が砦へとたどり着いてから約十分が経過していた。
俺の周囲には、『氷漬け』になった盗賊たちの姿がある。
忍法・水遁の術、氷牢塊。空気中の水分を瞬く間に凍結させることで敵を凍らせ、動きを止める技だ。
ここは、一応でも砦であるからか、食料及び水、酒の類もあった。水遁の術は何と言っても水が重要となる。空気中の水分を操作することでも問題なく発動できるが、やはり水は多いに越したことはない。
なので、有効に活用させてもらったというわけだ。
「さて、人質の住民だが……窮屈かもしれんが影に隠れてもらうか」
生き残りの住民たちは寝息を立てている。人面キノコの睡眠剤を使わせてもらった。俺の姿をあまり長いこと見られるのも困るし、騒がれても困る。なので、またしてもなけなしの道具を使い切る勢いで風に乗せて、住民たちを寝かせたのだ。
そしてそのまま監獄こと、影に沈めて一時的に身を潜めてもらうというわけだ。
無茶苦茶かもしれないが、これが今できる最良の方法だった。
「やっぱり、単独行動では無理がある場面が多いな……」
やはり、誰か仲間でも連れてくるべきだったか……いや、この状況では何かできるわけでもない。
今のところは、考えなくてもいいだろう。
「まずは、煙だな」
影隠で牢屋を地面に沈めさせながら、俺は狼煙をあげる準備をする。
数分後。
赤と黄色の煙が昇ってゆく。事前にサリーへと「赤は敵陣地占拠」、「黄色は人質発見」という取り決めをしていたので、通じないということはないはずだが、俺は念には念を入れる為に、もう一体の式神君へと意識をつないだ。
「アム、ポーラ」
『──キドー様ですか!? 今、どこで何をやってるんですか!』
意識をつなげた途端にアムの元気すぎる声が届く。
なぜだかとても懐かしいような声に思えた。
『アムさん、一応静かに……キドーさん、ご無事ですか?』
他の冒険者に悟られていないか、ポーラはきょろきょろと周りを見てから言った。
式神君から見える範囲でわかることといえば、彼女たちが大がかりな移動をしているということだ。
アプロックの民の護衛に向かうべく進軍中というところだろう。まだ合流はできていないのかもしれないが。
「俺は無事だ。ただ、レガンの生き残りがな」
『えぇ! レガンのですか!?』
『それが本当ならとても喜ばしいことですよ!』
それぞれ、順番にアムとポーラが驚きの声を上げていた。
そして二人して静かにという仕草をしあっている。
俺は苦笑しながら、つづけた。
「恐らくサリー辺りから新たな指示が加わると思うが、忙しくなる。頼むぞ。俺は引き続き、敵のかく乱に努める。諸々が終わったら、また家で」
俺はそれだけを伝えると、次なる目的地。
盗賊団の本陣を目指すべく、再び走り出す。
狙いは盗賊団の頭領、イーゲルただ一人。
こいつを始末すれば盗賊団の統率、士気は崩壊するはずだ。
結果的に全体の援護にもつながる。
「なんか、忍者ってよりは鉄砲玉みたいなことをしてる気もするが……まぁ今はそれ以外に方法がないのも事実だ」
実際の所、今の俺の行動はかなり性急であり、短絡的でもあると理解している。
手持ちの装備も道具も最低限。忍法があるとはいえ、俺はいまだその全てを理解しているわけではない。
ある意味では不完全な状態なわけで、失敗をしてもおかしくないわけだ。
だが、それでも俺はイーゲル盗賊団を放置することができなかった。目前に迫りくる明確な脅威だったからというのもあるが、こういう連中がしでかす被害を見て見ぬふりをできるほど、俺は冷徹ではなかったというわけだが。
「それじゃあ、仕上げと行くか。イーゲル、その顔を拝ませてもらおうか」
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上空よりの進行はやはり早い。
大凧飛行の術はかなり便利な忍法だと再確認する。
「やっぱり、全体の動きに影響が出始めているようだな」
それとは別に俺は方々に分身を数体送り込んでいた。
他の部隊がどういう行動を行っているかを確認する為だ。
「いくつかの部隊が独断専行を始めているか……他はどう動いていいのかわかってないようだが、こいつはしばらく放っておいてもいいだろう」
分身が送ってくる映像で、俺のかく乱はそこそこの結果を出していることが分かった。
独断専行を始めた部隊が気がかりだが、周りの部隊と連携をとるという認識はなさそうだ。
一方で動かない部隊は心配しなくてもいいだろう。
「そして、あれが本陣か」
盗賊団の本陣は中央砦より五キロの位置にあった。比較的近い場所だった為か、本陣の動きはかなり慌ただしい。怒号が飛び交い、何人かの盗賊兵が馬を走らせ伝令のような仕事を行っているのも見える。
動くのが早い。盗賊らしいというべきか、荒々しさはあるものの動きには洗練されたものがある。
「さすがは元軍人たち……本陣の連中だけは質が違うと見た」
本陣にも木製の防壁がいくつか立て並べられており、薄汚れたテントのようなものが点在していた。そのうち、中央にある派手な装飾が施されたものが、恐らくはイーゲルの所在だろう。
だが、それ以上に俺の目をくぎ付けにしたのは、その派手なテントの真ん前で繰り広げられる怪しげな儀式だった。
「なんだ、あれは……」
本陣にも人質を閉じ込める牢獄を見つけることができた。数は四つ、恐らく生き残りの住民の殆どが囚われているとみて間違いないだろう。
だが、それでも数が少ないような気がした。その疑念を解いたのが、俺の眼下で繰り広げられる儀式だ。
見ればかなり若い、二十代かそこらの黒いローブをまとい、水晶が付いた長い杖を持った魔法使いが何やら詠唱している。彼の目の前には巨大な魔法陣、その中には無数の住民が恐怖にひきつった顔を浮かべていた。
「何をしているかわからんが……させるか!」
俺は本陣へと進攻をかける前に一つの忍法を用意していた。
それは発動するまでに少し時間がかかり、なおかつ俺の神通力の消費も激しい為に使うかどうかを躊躇っていたものだ。
しかし、ことこの場に至っては悠長なことは言ってられないと判断したのだ。
「忍法・土蜘蛛! 踏み荒らせ!」
俺の念に呼応するように、大地が揺れる。
その変化は本陣でも捉えたようだ。地響きは続く。そして、ぼこぼこと本陣前の地面が盛り上がり、隆起していくと、砂と岩が混ざり合い一つの形を作り出す。
それは、全長約十メートルにも達する巨大クモである。全身を構築するのは砂と岩、それを制御するのは俺の神通力。
消耗が激しいが、それに見合うだけの威力を秘めた土遁の高等忍法だ。
「う、さすがにきっついなぁ!」
さらに俺は各所に送り込んだ分身たちにも、この土蜘蛛を使わせている。
あちらには実体がない為に現れる土蜘蛛も幻影だが、視覚的な衝撃を与えることは可能だ。
だが、この段階で俺の神通力は結構な消耗を見せている。
「だが、さすがに慌てるよなぁ」
きついが我慢だ。効果は絶大である。
突如として現れた巨大土蜘蛛に対して、盗賊兵たちは呆気に取られていた。儀式を行っていた青年魔法使いも焦ったような顔を浮かべながら、テントの中へと消えていく。
ややすると迎撃の為に本陣の盗賊兵たちが続々と武器を構え、土蜘蛛に立ち向かう。
「俺の体力が持つ限り、土蜘蛛は永遠に再生を繰り返す……だが、その前にイーゲルを討つ」
俺は上空から派手なテント目掛けて、本日二度目の急降下。
天井を突き破り、刀の柄に手をかけ、真正面を見定める。
「何奴!?」
先ほどの若い魔法使いが杖を俺に向け、叫んだ。
「お前が……盗賊団の頭領、イーゲル、なのか?」
俺はそれを無視。魔法使いの背後に控える男を見た。
まるで趣味の悪い玉座に腰掛けた男が一人。そいつはこの騒ぎに対して慌てることもなく、取り乱すこともなく、俺を見下ろしていた。
その姿はまるで少年であった。十七、八程度の少年。多少の装飾が施された革鎧を身に着けた金髪の少年だった。
その身からはあふれんばかりの魔力も感じる。この感じは、スキュラのものに似ていた。
「ふん、何やら俺の軍を騒がせているネズミがいると報告を受けていたが、貴様か?」
少年は、しかしその声は壮年の年齢を感じさせる声だった。
「おい、大部隊が来ているんじゃなかったのか?」
「報告ではそのように……」
イーゲルと思しき少年は魔法使いの男に確認をとっていた。
ずいぶんと余裕を見せつけてくれるぜ。大部隊がこようと問題はないと思ってるようだ。
「左様。俺が一人でやった」
こちらも負けじと不敵に言ってみせる。
「ほぉ、なかなかどうして凄まじい奴じゃないか。それともバカか……どっちにせよ、褒めてやらねぇとな」
「不要だ。褒美は貴様の首を獲ればもらえるのでね」
俺は刀を抜き放つ。
するとイーゲルは大げさなぐらい笑った。
「クカカカカ! おい、こいつは俺を殺すといったぞ」
「はい、愚かな男です」
魔法使いの男は薄気味悪い笑みを浮かべながら、イーゲルの後ろに回った。
そしてイーゲルは立ち上がると、玉座に無造作に立てかけていた大きく湾曲した剣を手に取った。
「まぁ一人でのこのこ現れたんだ。相手はしてやらねぇとなぁ」
それと同時にイーゲルは、指笛を鳴らした。
「むっ!?」
俺は背後から殺気を感じ、身をひるがえした。
その刹那、銀色の光が俺のすぐそばを通り過ぎて、イーゲルの下へと降り立つ。
「紹介しておこうか。俺の幸運の女神様なんだよ」
銀色の光。現れたのは一匹の獣だった。
それは、銀色の毛並みを持った巨大な狐だ。しっぽの数は三つもある。
(ただの狐じゃないのはわかるが……なんだ? 九尾、ではないようだが)
銀狐はまるで狂犬のようによだれを垂らしながら、俺を睨みつけている。
それ以上に何かが苦しいのか目も血走り、尋常ではない。
そんな銀狐を愛おしそうにイーゲルが撫でる。
そしてその度にイーゲルは大きく深呼吸をするように体を広げる。
「……むっ!?」
その瞬間、俺は気が付いた。
奴の体に流れていく魔力の流れだ。奴は呼吸をするように魔力を吸っている。
それは銀狐から吸い上げているようにも感じられる。その証拠にイーゲルが呼吸をする度に銀狐の体がふらついているのだ。
「貴様……まさか」
「クカカカカ! そうさ、こいつは俺のエネルギータンク、貴重な栄養源……へ、へへ……全く大した拾いもんだったさ。餌を与えりゃほれこの通り」
イーゲルは再び息を吸う。膨大な魔力が吸いつくされていく。
「あぁ、この感覚。若さがみなぎり、力があふれる」
やはりだ。この男、見た目通りの男じゃない。
何らかの方法で若さを取り戻しているんだ。
「フェルーン! 貴様は天才だな!」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、そろそろこの狐も変えたほうがいいでしょうね。魔力の純度が落ちてきてますから」
「そうかぁ? もっと人間を食わせれば絞り出せるんじゃねぇのか?」
「イーゲル様のお好きなように。私はそれに従うまでです」
イーゲルは狂喜乱舞したように全身を震わせていた。
魔法使いの男は、フェルーンというらしい。
フェルーンはイーゲルと同じような笑みを浮かべて、銀狐を見下ろしている。
一方の銀狐はだらしなく舌を垂らし、荒く息をしていた。
(たすけて)
そんな声が聞こえた気がした。
「……」
俺は無言のまま、イーゲルに切りかかる。
「おっと」
イーゲルは素早く俺の一撃を受け止めていた。
俺たちは、互いの剣の刃で競り合う形からつばぜり合いの距離に移行する。
「いい度胸だぜ。俺の軍に欲しくなった」
「不要だ。貴様はここで、斬る」
こいつは、生かしておく価値はない。
俺はそう判断した。




