第28話 影の軍団
俺が潰した陣地からはもうもうと黒色の煙が空に上がっていた。
もちろんわざとだ。レガンの街に敷いた陣地から煙が上がっている。この陣地は兵士たちの質はさておき最前線であり、重要な拠点のはずだ。
そこから目立つ煙が上がれば他の陣地にも動きがあるはずだ。警戒に徹して動かないのか、それとも偵察兵を仕向けてくるか、はたまた全軍で向かってくるか……最後のはまずありえないとしても、なんらかのアクションはあるはずなのだ。
「とはいえ、総数のわからない敵を相手にするのは流石に難しい……やはりここは中央突破ののちにイーゲルを獲る方が確実か?」
何もだ。俺一人で盗賊団を全滅させる必要はない。時間が経てば軍隊も来る。
だが敵の戦力が当初の予定より多く、さらには死霊兵という不確定な要素が追加されたことで、相手の方がまだ上だ。
それに、どうやら人質がいるようだ。
「街の住民による死霊兵が少なすぎる。生き残った連中、という話もあったが……しかし、街の住民を捕らえ監視するとなればそこにも部隊を配置しないといけないはずだが……」
もしかすると盗賊団の総数そのものは少ないのかもしれない。
この陣地もそうだが、彼らもまた複数に陣地を築いているとみてもいいかもしれない。そして頭領であるイーゲルは恐らく後方だ。
人質もそこにいると仮定して、そこが最も戦力が厚いはず。それを補うために死霊兵が必要だった。
そしてその死霊兵の材料こそが国境警備隊だ。彼らの内、どれだけが死霊兵と化したのかは不明ではあるのだが。
「やはり、奥に進むしかないな……だが、その前に」
報告は大事だ。
俺はサリーへと連絡を取る。
<……連絡が来るということはうれしい知らせということかしら>
「そうなるかな。レガンの街近辺で陣を張っていた盗賊部隊を殲滅した」
俺の正直な答えに、沈黙で返答をするサリー。
彼女が再び言葉を発したのはたっぷり、五秒後だった。
<ごめんなさい、なんですって?>
「敵の一部隊を殲滅した。煙が上がっているはずだが、アプロックに展開する部隊にも見えているんじゃないか?」
<ちょっと待ちなさい。殲滅って、あなた気軽に言うけど……!>
「少し力を入れすぎたのは認めるが、イーゲル盗賊団は別に生かしておく必要もないと判断した。それに、こうして部隊一つを潰せば敵もおいそれとは動けないはず。そして念のためにさらに奥の陣地に攻め込もうと思う。安全なはずの後方を襲撃されたと思われれば敵だって浮足立つはずだ」
もちろん、敵の目を分散させる目的もある。
今はこの陣地だけだが、徐々に後方の陣地から火の手が上がっていることが分かれば周辺に展開しているはずの盗賊たちも動揺するはずだ。
それで後方に戻ろうとする部隊が出てくるなら儲け。逃げ出す奴がいるなら大当たりだが、この辺りは期待していない。
「それと、人質に関してだが、救出部隊なりを即座に展開はできないのか? それが無理でも飛行モンスター持ちの連中で護衛を送り込むなんかは……」
<人質については私からもいくつか提案したけど、本隊としては懐疑的ね。そもそも死霊兵すらもまだ信じられないって感じだし>
「まぁ、だろうなってところだな。俺の存在はあんたしか知らない。他の連中からしてみれば正体のわからない影は怪しいだろうしな。だが、今はそうも言ってられない」
味方にもある程度の認知がなければいくらかく乱し、工作を施しても意味がない。
「そこでだ。俺に一つの提案がある。色のついた狼煙を上げる。それで意図を読み取ってほしい」
<色?>
「例えば赤い狼煙なら敵中央陣地一つを壊滅、黄色の狼煙なら人質発見、青なら敵本隊に侵入、などだ」
狼煙というのは通信機器のなかった時代に重宝された連絡手段だ。
しかも煙には色を付けることもできるので、それだけでもスムーズな情報伝達が可能となったと聞く。
今回はそれを活用すると共に、俺という忍びの存在を味方にも認知させるわけだ。
誰かが敵を襲撃している。誰かが足止めを行っている。それを味方に伝えることで、士気も上がるはずだ。
逆に敵からすれば意図の読み取れない煙を見て混乱するだろう。
「そっちには魔法がある。身体強化で視力を上げることも可能なのだろう?」
<それは、まぁ>
「ならば、本隊にも伝えてくれ。これより敵中央陣地を襲撃する。赤い狼煙に注目されたし、とな」
<わかったわ、伝えておく。でも、成功させてちょうだいよ。それで失敗したら、私は笑いものよ。当然、報酬は減らすからね>
「承知しておりますともギルドマスター。では、吉報をお待ちください」
ということで作戦は決定だ。
俺はこのまま奥へと進み、敵の中央部隊を狙う。どちらにせよ、目立つ中央を襲えば敵にも味方にも動きを与えることができる。
「中央に人質がいないことを、願いたいところだが……」
敵を攻撃するだけなら容易いが、もしそこに人質がいた場合は少し、我慢を強いることになるかもしれない。
「勘弁してくれよ。命は助けるつもりだからな……大丈夫なはずだが」
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うだうだと悩んでも仕方がないので、俺はすぐさま移動を開始した。
とにかくスピードだ。スピードが命なのだ。俺が動けば動くだけ、味方が有利になる。いかに数が増えようとも連携を崩されれば脆くなる……はずだ。軍略の事はよくわからないが、たぶんきっと、そういうものだろう。
「見えてきた。へぇ、砦まで用意してんだ」
先の陣地から八キロ程度離れた場所に中央陣地とも呼べる砦が立てられていた。砦といっても木組みの防壁を用意しただけの簡単なものだ。およそ三百メートルの距離を防壁同士が数メートル程度の隙間を開け、等間隔で並んでいる。物見やぐら及び弓場ということだろう。
「敵の数はさっきとは比べ物にならないな……約千人……か?」
先の部隊が三百とちょっと。
イーゲルの部隊は総数三千に膨れ上がったという。そのうちの一割が中央に布陣しているということは、つまり広域に展開している部隊は単純計算で三百、それを十に分けていることになるのか?
「少ない部隊だな。それを補うための死霊兵なんだろうが……」
もしかすると死霊兵の殆どは前線にいる可能性が高い。
使いつぶして、自分たちの戦力を温存するつもりか。連中からすれば、死んでも、また殺せば補充の利く便利な駒というわけだ。
いや、それだけじゃない。盗賊そのものもたとえ殺されても死霊兵として転用すればほぼ損失は免れる。
「これは、死霊使いも倒さないとまずいな」
やはり、即効で敵本陣を攻めるべきだ。
そのためにはこの中央陣地にはあまり時間をかけられない。
「勿体ない気もするが……えぇい、大盤振る舞いだ!」
俺は影から粉末を入れた革袋を取り出す。
それは人面キノコから精製したしびれ薬だ。もう一つ、別に毒薬もあるが、まかり間違って人質に散布された場合、かなりまずいことになる。
そこで体はしびれるが、それ以外は無害なこの粉を使うのだ。
「どれ、その前にちょっと驚かせるか……分身ども、いけ!」
駆け出す俺の周囲に次々と分身たちが現れる。
その数は十、二十、三十……次第に数を増やし、ついには百を超える。その殆どは黒い影でしかないが、人にさえ見えればそれでいい。
遠間から見れば無数の黒い集団が陣地を襲うべく接近しているように見えるだろう。
「さすがに気が付くわな」
分身たちに進軍を任せ、俺は空へと舞う。
それと同時に分身たちの何体かも飛翔する。
そこまでの目立つ動きを見せればさすがに砦にも動きがあった。無数の矢が分身軍団めがけて放たれる。
だが、実態のない分身たちに攻撃は無意味だ。矢は通り抜け、無傷の軍団が迫る。
彼らにしてみれば不死身の軍団がやってきているように見えているのかもしれない。
空からそれを眺めていた俺は敵の動きが手に取るようにわかる。
相当慌てているようだ。号令、怒号、戸惑いの声が聞こえる。
「こいつら……!」
だがそれ以上に、俺の目に飛び込んできたのは唾を吐き捨てたくなるような光景だった。
おそらくはレガンの住民だと思われる集団が砦の左側に設置された檻に収監されていた。しかも生きている。住民といってもその一部のみ、他の何割かは別の砦にいるかもしくは奥の本隊に移送されたかだろう。
「やはり、手加減の必要はないな」
唾を吐きたくなる光景というのは、つまりだ。
檻に入れられていない住民に対して、盗賊兵たちは遊び半分で矢を放っているということだ。
「下種どもめ」
俺は袋の縛りひもを緩めて中に詰め込んでいたしびれ薬を投下する。
当然、ただ振りまくのではなく忍法で気流を操作し、砦全体にまんべんなく降りかかるようにしてある。
「拡散するから効果は薄くなるが、それでも動きが鈍れば楽なもんだ」
せいぜい十分程度だろうが、それでも十分だ。
多少動けても体にしびれが残っていれば、満足には戦えない。
「あれが、この砦の指揮官か」
俺は砦の中央に敷かれた陣幕の中にいた鎧姿の男に狙いを定めた。奴の周囲には六名の盗賊兵が守りを固めている。
幕のせいでしびれ薬の効果はあまりない様子だった。
「問題はない。さて、色々と聞き出すとするか」
俺は目標を定めて一気に急降下する。
勢いとは裏腹に、俺は静かな着地を果たした。音もたてずに、という具合だが、敵のど真ん中、そして目の前に降り立ったのだから目立つ目立つ。
陣幕内部に配置されていた盗賊兵は突然現れた俺に動揺して、武器を構える。
「殺せ!」
指揮官らしき巨漢が唾を吐きながら叫ぶ。
その号令に従い、盗賊兵たちが剣を振り上げ迫ってくるが、そんな大振りは全く怖くない。それに遅すぎる。
俺は背中の忍者刀の柄を握りながら、そのままの姿勢で向かってくる盗賊兵へと歩みだす。
「死ねぇぇぇぇ!」
盗賊兵から見れば飛んで火にいるなんとやらに見えただろう。俺は武器を構えて歩いているだけなのだから。
だが、一瞬にして俺は六人の盗賊兵の間を通り抜け、何食わぬ顔で指揮官の男の下へと歩みを続ける。
「な、お前らふざけてんじゃねぇぞ!」
指揮官の男はそう吠えるが、部下たちから返答が帰ってくることはない。
「無駄だ」
俺がそう答えると、六人の盗賊兵は一斉に倒れる。
忍法・霞渡り。敵の合間をすり抜け、それと同時に切りつける技だ。
「ぐ、このぉ!」
指揮官は無手のまま俺につかみかかろうとする。
「やれやれ、部下がどうなったか見ていたはずだろう?」
俺は指揮官の目の前から姿を消し、背後へと回り込む。
そのままクナイで影を差し、影縫を施してから、指揮官の肩に飛び乗り、刀を喉元にあてがった。
「貴様の生殺与奪は俺が握っている。動けると思うな。貴様は既に我が忍法の支配下にある。なに、情報を聞き出したいだけだ。それが終われば解放する」
「だ、誰がてめぇなんかに!?」
「言葉には気を付けてもらおうか。そのまま喉を切るぞ」
俺は薄皮の一枚を切るように刃を立てた。
すると屈強な肉体を持つ指揮官から情けない悲鳴が聞こえる。
「わ、わかった! こ、答える答える!」
「話のわかる奴は嫌いじゃないぜ。おぉっと。真面目な部下が多いな。だが、動くな。動けばこの男の首をはねて、貴様らも殺す」
指揮官が情けなく懇願すると同時に何とか動ける盗賊兵が陣幕にやってくるが、俺の一声で動きを止める。
「さて、では……尋問と行こうか。情報次第ではお前の首が無事か、どうか決まるぞ?」
まぁ、嘘だがな。




