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第26話 敵陣への浸透

 今回は何よりスピードが重要な作戦だ。

 敵の進軍が早まればそれだけ民間人に被害が及ぶ。ハーバリーの冒険者たちは馬や飼育されたワイバーン、その他の飛行型のモンスターなどを駆使してアプロックへと急ぐ。

 アプロックからの避難民と護衛クエストを受注した冒険者たちが合流するには最速でも日が暮れる最も危険な時間帯である。

 奇襲を受ければひとたまりもないだろう。

 ゆえに、俺はいの一番に、最速で、アプロックへとたどり着かなければならない。


「本当に、それでたどり着くんですか?」

「なんだか、頼りない感じですけど」


 我が家、というよりはハーバリー地区教会の庭で大凧の調整をしていた俺を見て、アムとポーラが首をかしげる。

 彼女にしてみればこんな竹と紙でできた張りぼてが空を飛ぶものだとは思えないだろう。


「心配無用。大凧飛行の術は最高速度六十キロ。アプロックからハーバリーまでは約百数キロと聞く。障害物のない空を移動すれば到着するのに一時間四十分、長くなっても二時間だ」


 えーと、確か計算は合ってるよな?

 もちろんこれは何の邪魔もなく進んだ場合だ。恐らく大丈夫だとは思うが。

 この世界ではまだ空を飛ぶことでの移動は一部のものにしかできない。それこそ空を飛ぶモンスターを所有しているかどうかで冒険者たちの間でも格差がある。

 その点に関して、俺はこの凧さえあればいつでもどこでも飛べるというわけだ。

 その最高速度は時速六十キロ。十分すぎる速度だ。


「アム、ポーラ。これを渡しておく」


 そろそろ飛び立つ頃だ。

 俺は出発の前に人型に切った紙を一枚手渡す。それは式神君だ。見た目は俺に設定してあり、意識のリンクも可能となっている。


「さすがに、俺がいないと不自然だからな。そいつにはある程度の自衛能力を持たせた。と、いっても期待はしないでくれよ。殆どは俺のカモフラージュ用だからな。何かあればこいつを通してくれ。そうすれば俺が出る」

「はい、わかりました」

「どうか、ご無事で。ご加護を」


 俺から式神君を受け取ったアムはこくりと頷く。

 ポーラは祈りをささげてくれた。


「あぁ、二人とも、無茶はするな。俺も最大限の動きはする。少なくとも避難民が安全圏内に逃げ切れるまでは何とかするさ。約束をしようぜ。また、この家で」

「はい」


 アムは元気よく。


「あのお話も、終わっていませんしね」


 ポーラはちらっとアムの方を見てからさりげなく俺の手を握ってくる。


「あぁ、ちょっと! 話が終わるまではダメですからね!」


 そのせいでアムはわーきゃーと騒ぎ出し、俺とポーラを引き離し、まるで犬のようにポーラを威嚇していた。


「話ってなんだよ……全く、シリアスに決めたってのに……」


 まぁ、この空気も嫌いじゃないが……さて、マジな話、そろそろ出発するか。

 俺は大凧を背負うと、忍法で風を起こす。

 それに気が付いた二人もじゃれあいをやめて、俺の方へと振り向く。


「それじゃあ、いってくるぜ」

「はい、行ってらっしゃいませ!」

 

 アムは元気よく腕を振ってくれる。


「必ず帰ってきてくださいね!」


 ポーラは控えめに手を振る。

 二人に見送られながら、俺は空へと視線を向けた。

 刹那、空気の塊がはじけるように、俺の体は一瞬で上昇する。

 上空三百メートルまで一気に加速すると、俺は上空で位置を修正する。

 修正が終わればあとは最短距離を一直線だ。


「さて、やるとするかな!」


*************************************


 忍的フライトは順調すぎるぐらいだったが、眼下に広がる景色は気持ちのよいものではなかった。サリーの言う通りアプロックではすでに避難が始まっているようだが、やっと数キロ離れることができた程度だ。

 しかもそれとかち合うように方々から派遣されていく軍隊が窮屈そうに進軍していく。

 ざっと見る限りはせいぜい数百の先発隊だ。これで守備をしろというのは無謀すぎる。

 彼らは自分たちが置かれた状況が芳しいものではないことに気が付いているのか、暗く、どんよりとした空気が真下から打ち上げられてくるようだった。


「あれがレガンの山か……」


 そして真正面に巨大な山を捉える。比較的小さな山々が重なり合い、小規模な山脈を作り上げていた。

 それはさながら天然の要塞ともいえる構造だ。だが、決して超えるのが困難な山ではない。武器や兵を配置して要塞化をするのであれば条件としては良いのかもしれない。


「敵が陣地を築いていないといいが……」


 俺は多少高度を高くして、山頂をのぞき込むようにして旋回する。本来なら低く侵入した方がいいのだろうが、敵に俺の存在がばれる分には構わない。この距離なら突出した偵察兵程度の認識だろう。

 撃ち落とされる振りでもすればすぐに忘れ去られるはずだ。

 そもそも六百メートル上空を狙い撃ちできる武器や魔法があるのかどうかも不明ではあるが。


「山地に陣地は確認できない……と、なれば敵はまだ山を登っていないのだろうが……これは、きついな」


 山を越えるとアプロックとは背中合わせのような都市が見えてくる。

 ハーバリーであれ、アプロックであれ、その光景は中世さながらともいうべき美しい光景だ。 

 しかし、レガンと呼ばれていた街はもはや灰燼と化しているといってもいい。がれきと化した建造物。火事のあともあるが、今まで煙が見えなかったのは山から吹く風のせいだろうか。


「……妙だな。死体がない」


 俺が見下ろすレガンの街は破壊されつくしたものだが、そこにはあるべき死体がなかった。


「降りるか」


 上空にいるせいかとも思った。

 俺は確認の為に一度、レガン側の山の麓まで戻り、そこから着陸、再びレガンの街へと走る。

 嫌なニオイが立ち込めていた。かつてスキュラが襲った町では魚の腐った生臭いニオイだったが、こちらは火薬と肉の焦げたニオイが充満していた。

 俺は頭巾をかぶり、口も布で覆う。物陰に忍び、影に隠れ、街の状況を調べる。


「……やはりだ。死体がない。いや、少ないのか?」


 あまり、口にしたくないものが周囲に転がっているが、それだけだ。

 住民だとわかる死体がどこにもない。盗賊団が律儀に運び込んだとも思えないが。


「むっ?」


 その時、俺は街の奥から何者かが近づいてくるのを察知し、元はレストランだったと思われる廃墟の影に潜む。


「へぇへぇ、嫌になるぜ全く。使える死体漁りかよ」

「いうなよ。全く気持ちが悪いが、これのおかげで俺たち楽ができるんじゃねぇか」


 現れたのは半裸の上半身に革の鎧を身に着けた男二人だった。腰にはナイフと弓矢を携えていた。彼ら以外に気配はなく、どうやら何かを探しているようだった。


(死体漁り? 下種な連中……なのは当然として、やはり死体はこいつらが運んでいるのか?)


 ここで、こいつらをとっちめて白状させるのは簡単だが、泳がせるほうが確実だろう。

 あえて自分や式神君を使って死体のふりをすることも考えたが、何か目的があって死体を運んでいる場合、ばれると厄介なので、ナシだ。


「ダメだダメだ。見つからねぇよ。帰ろうぜ」

「だな。しっかしカシラも、なんであんな気味の悪い奴なんかを……」


 俺は仕事を中断して本拠地へと戻ろうとする二人組の影に忍び込む。

 他愛もない会話も重要な情報源。どんどんとしゃべってくれ。


「んでよぉ、なんだってカシラはハーバリーなんて田舎を目指すんだ? 別にこれといってでかいところでもねぇだろ?」

「あぁ? 知らねぇのかよ。ハーバリーのギルドマスターはそりゃもう美人だって話だぜ。あの奴隷商人がよこした写し石を見たんだ。ありゃ確かにカシラの好みだな」

「へぇ、ギルドマスターってのは大体しみったれた爺さんばかりだと思ってたが」

「エリート様なんだろうよ。でもよ、そういう女を好きにできるってのはいいもんだろ?」

「そりゃちげぇねぇ。だが、カシラのものかぁ。飽きて俺たちに降ろされるのはいつになるやら」


 その後も、聞くに堪えない下品な会話が続く。


(こいつらの頭の中はスケベなことしかねぇのかよ。もっと他にあんだろうが)


 んでもって俺はイライラしている。

 この二人組、やれ好みの女がどうだしか話さないのだ。やはり片方でも始末して入れ替わる方がいいかもしれない。


「なぁ、死霊兵ってのは、死んでるんだよな?」


 俺が影の中で刀に手をかけた瞬間、片側の男がぽつりとつぶやく。


(死霊兵?)


 これは重要なワードだ。


「あ? あぁ、そうだろ。死んでんだから」

「でも、動いてんだよな?」

「動いてるな」

「てこたぁ……女の死霊兵を抱けばよぉ……いや、やめとくわ」

「お前なぁ……その話聞くの、お前で十人目だぜ」


 で、相変わらずこいつらはそういう会話を続けるわけだが。

 だが、ナイスだぞ名も知らぬ片方。お前のおかげで貴重そうな情報が手に入った。

 死霊兵、か。とはいえ、俺はこれがどういうものなのかを知らん。いや、言葉の響きからして大体の事はわかるが、なぜそんなものがという疑問があるわけだ。 


(死霊兵って、あれだよな。死体とかそういうのってことだが……まさかこいつら……)


 俺の嫌な予感は最悪の形で的中することとなる。

 二人が戻ったのはレガンの街からさほど離れていない平原であった。そこには三百ほどの盗賊だと思われる集団が陣を張っていた。

 本体ではない様子だ。

 だが、その陣のすぐ隣に、幾何学的に列をなした集団がいる。それらは鎧を着たもの、普段着のもの、男も女もいて、とにかくバラバラだった。

 だが共通していることがある。


(死霊兵ってのはそういうことか……)


 あれは間違いない。

 国境警備隊、そしてレガンの住民だ。

 連中は自分たちが殺した相手を戦力にしているわけだ。


(しかし、それにしては数が少ない)


 レガンの人口がどれほどのものなのかは知らない。

 だが俺が確認できる範囲で、死霊兵らしきレガン住民の数は二十数人程度だ。殆どは国境警備兵だが、これもだいたい百数人といったところか。


「うへぇ、薄気味ワリィ……くたばった連中も災難だな」

「生きてる連中もろくな最後は迎えねぇと思うがな。ま、その前に楽しませてもらおうぜ」

「そうか。では楽しい夢を」

「あ? なんか言ったか──」


 二人組の片割れが異変に気が付いた時。

 既に二人の意識はもう永遠に目覚めない闇の中へと落ちていったことだろう。

 なぜなら、急所をクナイで貫かれ、絶命しているからだ。


「ありがとう。君たちのおかげで情報が手に入った。あとは楽しい夢でも見ていてくれ」


 俺は手のひらを地面につけ、神通力を流し込む。

 すると、まるで肉食動物のように地面が大きな口を開けて二人の死体を飲み込んだ。

 忍法・土遁の術。忍法における基本の技。土を操る忍法だ。これぐらいの事は可能だ。


「さて、姿を借りるとするか」


 俺はそのまま盗賊の一人に変装をする。


「と、その前にサリーに報告しとかないとな……敵は死霊兵を使っている……サリーなら何か手立てを考えるはずだ……」


 報告が終われば、まずはこの陣地を潰す。

 こいつらに、手加減をしてやるような理由がないことだけははっきりとわかったからだ。


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