第25話 発令、盗賊団調査任務
「来たわね」
サリーは俺が来るのを待っていたようだった。
俺は気を失っているアムをポーラに任せ、サリーと向き合う。
「すでに話は聞いていると思うけど、私としても想定外の出来事よ」
普段のサリーとは違い、その表情には焦りが見え隠れしていた。表面上は余裕を取り繕っているが、どことなく影を感じさせる。
さすがのサリーも今回の報告には不安を感じたというわけだろう。
俺は戦術、戦略に関しては素人ゆえに細かなことはわからないが、たった五百の敵に一万の師団が壊滅させられたという話は衝撃しか感じない。
一体どのようなカラクリを使ったのかはわからないが、仮に国境警備隊の練度が低くとも単純な数という力があればいくらでもカバーはできるはずだ。
「それで、俺は何をすればいい? 敵の調査か?」
「それはもちろんあるけれど、こちらでもいくつか情報を仕入れているわ。国境警備隊の生き残りが命からがら持ち帰った情報よ」
師団は全滅したと聞いていたが、生き残りがいたのか。
しかも情報を持ち帰っている。これは大きいぞ。
「と、言うと?」
「まず、イーゲルたちの盗賊団だけど、五百というのは偽りよ。奴らはここ最近急速に勢力を伸ばしていた。どうやら私たちはその成長力を見誤っていたのよ……イーゲルは既に三千の部隊に膨れ上がっているわ」
「単純計算で、六倍か……察知できなかったのか? 三千ともなれば、結構な部隊だと思うが」
「街を滅ぼすとはいえたかが盗賊集団という侮りがあったということよ。それに、奴らは今の今まで国を攻めるということはしなかった。むしろ、今回のような大攻勢は初めてよ」
「待ってください。それでもおかしいですよ」
ポーラが思わず口をはさんでくる。
サリーは視線だけをポーラに向けていた。会話に割り込むなという無言の圧力を感じる。ポーラも一瞬は身をすくめたが、それでも言葉をつづけた。
「相手はそれでも三千です。一万を相手にするにはそれでも少なすぎます」
「私も、軍人じゃないから偉そうなことは言えないけど、そもそも今回は国境警備。一万の軍勢が一個丸まる、一つの陣地で構えているわけじゃない。今回は特にそう。一万の兵数をさらに細分化して、国境の各要所に配置してる……そうね、それぞれ二、三千規模かしら」
「なるほど、そうなれば総数は互角、いやこちらが油断をしている手前向こうが有利か」
それでも完全とは言い切れないが、十分に警備隊の隙を突くことは可能だろう。イーゲルの盗賊団は元軍人も多いと聞く。そして手練れ揃い、戦という面ではあちらに分があるわけだ。
それにイーゲルたちは当初五百であると言われていた。それが対面してみれば全く違うのだから警備隊たちは浮足だったのかもしれない。
「それだけじゃないわ。生き残りの話を聞く限りでは、奇襲を受けたと。ただ不自然なのは、突然味方が同士討ちを始めたということよ」
「味方の中に裏切り者、スパイが紛れ込んでいたのか?」
思いつく限りではそれぐらいのものだ。
だが、これでも弱い。一万の軍勢の内、一体何割をスパイに置き換えたって話になる。いくら何でもそれは無茶だ。
それにしても、イーゲルとかいう奴。やってることだけを見ると、俺より忍者染みたことしてくれてるじゃねぇか。
情報の撹乱、内部工作、奇襲に闇討ち……なぜだか知らんがむしょうに腹が立つ。
「カラクリはどうあれ、敵はもはや盗賊団じゃない。そのような領域を超えた集団よ。国一つを相手にした戦争と考えてもいいわ。そうなれば情報は何よりも優先される。幸い、こちらに都合がいいのは相手の規模が大きくなったこと。レガンの山は狭く険しい。大部隊がこれを抜けるには時間がかかってでも真正面から進むか、もしくは大きく迂回するしかない。だけど、それでももって一日よ」
一日か。シビアだな。
それを過ぎればイーゲルの大部隊が押し寄せるというわけか。
「しかし、こちらも一日で軍の再編が完了する。冒険者たちも含めれば戦力としては申し分ないはず。だからこそ、不安要素を取り除くためにも連中のカラクリを見破りなさい」
「承知」
俺が任務を受諾したその時だった。
「アプロックは……」
「アム?」
気を失わせていたアムが目覚めた。
彼女は朦朧とした意識を無理やり覚醒させながら、たどたどしくも言葉を紡ぐ。
「アプロックの避難状況はどうなっているんですか」
ハンスとキャニスのふるさと。そして山を越えられたら真っ先に襲われる街だ。
確かに、避難の具合は俺もわからない。あの屈強な冒険者の言葉通りなら避難中のはずだが……。
「順調とはいいがたいわね」
だが、サリーから発せられたのは無情な真実である。
「そも、街一つの住民を遠くに避難させる。それだけでもどれだけの人数が必要か。それ以上に軍としてはイーゲルへの対応を万全にしたい。こちらも護衛という形でクエストを出しているけれど……それでも割を食う街も出てくるのよ」
「そんな……!」
「言っておくけど、飛び出そうなんて考えないで頂戴。あなた一人が向かったところで、意味なんてないわよ」
「わかっています……私も、今は冷静になっているつもりですから……」
アムはラウンジで見せたような動揺はなかった。
それでも、両の拳は力強く握りしめられている。内心は定かではない。本当なら今すぐにでも飛びだしたいのかもしれない。
それを必死で理解して、抑え込んでいるようだった。
「大丈夫、落ち着いてます……避難民の護衛がクエストにあるんですよね? 私は、そっちに志願します」
「私もそうします。怪我人もいるでしょうし、道中では体調を崩す人もいるでしょうから」
ポーラもそう言ってくれると助かる。
「今の私じゃ足手まといですし……それに、キドー様ならお一人の方が動きやすいでしょうから」
アムは、冷静になれば物事を広く見れる子らしい。
今自分に出来ることとそうでないことをしっかりと認識できているのは優秀だと思う。
ただまじめすぎるのだ。
「アプロックの住民が安全圏に脱出するのにかかる時間は?」
ならば俺のやるべきことは一つ。
「街から離れさせるだけなら、一日とかからないはずよ。今日の内には移動できているはず。ただし、安全な場所まで行けるかは一日そこらじゃ無理よ。子供や老人もいるだろうし」
「なら、二日間だ」
俺はサリーに二本の指を提示した。
「え?」
「二日間、敵を足止めすればいい。その間に情報も仕入れる。連中の進軍を遅らせる」
「あなた、自分が何を言ってるのかわかってるの? まさかあなた一人でイーゲルたちと戦うつもり?」
「まさか。俺一人で真正面から戦うなんて無理だ。しかし、俺は忍者だ。攪乱、工作、そして暗殺は忍者の仕事の一つ。イーゲルの首を獲れというのなら、その通りに。これまでだって、俺の腕はあんたに見せてきたつもりだが?」
俺の言葉にサリーは一瞬だけ険しい顔を浮かべた。
しばらくは無言が続く。
「……あなたになら、それができるのかしら?」
「可能だ」
「そう……」
しばしの思案の後、サリーは決断を下した。
「いいわ。どちらにせよ、状況が悪いことに変わりはない。放っておいてもハーバリーは連中に飲み込まれるかもしれない。打てる手は全て使うのも悪くはないかもしれないわね」
そういってサリーはいつもの笑みを取り戻す。
「キドー・オトワ。任務を与えます。イーゲル盗賊団の情報を直ちに収集、可能であればイーゲルの首を獲れ」
「承知!」




