第24話 嵐が来る!
「おい、イーゲルが来るってどういうこった!」
「ここ最近騒がしいと思っていたが、あのイーゲル盗賊団への対応だったのか……」
「待てよ、国境警備隊が壊滅の方が気になるぜ。国はイーゲルが来るのをわかったうえで警戒してたはずなんだろ?」
もはやラウンジはイーゲルたちの話題で持ち切りだった。
かくいう俺も、その知らせを耳にして驚きを隠せないでいる。冒険者の一人が言ったように、イーゲルに対応するために警備体制は万全を期していたはずだ。
どういう布陣、戦力を敷いていたのかは知らないが、それでも壊滅の知らせが急すぎる。
「その、国境警備隊とやらはどれほどの戦力だったのだ?」
俺は水をがぶ飲みしている情報通の男の下へと駆け寄る。彼はいわゆるドワーフと呼ばれる人種らしく、背は小さいが見事な白髭を蓄えていた。
彼の周りには多くの冒険者たちがいて、思い思いの質問を投げかけており、俺は彼らの間をすり抜けて問いかけた。
割り込みをされて何人かの冒険者が文句を言ってくるが、俺の質問内容は気になるようで、情報通の男に答えを催促していた。
「師団規模だって話だ。国境全体をカバーするにはちょいとばかし少ないが……」
「すまんが、師団ってのがどの程度なのか」
俺にミリタリーの知識はない。
イーゲル盗賊団は大体五百人だと聞いている。そいつらへの対応を考えれば、それ以上の数を揃えているはずだが。
「師団ってのは大体一万人ぐらいじゃねーのか?」
「あぁ、大体そんな感じだ。さすがに細かい人数までは知らねぇがよ、その師団がイーゲルに壊滅させられたんだよ。生き残りはいねぇって話だ」
なるほど、一万人か。
待てよ、一万の軍がたった五百に壊滅だと?
「イーゲルの連中はせいぜい五百程度じゃなかったのかよ。なんで師団が壊滅するんだ、おかしいだろ!?」
俺と同じ疑問を抱いた冒険者たちは大勢いる。誰だってそこは気になるところだ。単純な数字を見比べても五百と一万とでは差がありすぎる。奇襲を行ったとしても、数で抑え込まれるようなものだと思うのだが。
「そんなもん、俺が知るかよ! とにかく、師団は壊滅してんだ。イーゲルたちはまっすぐにこっちに向かってきてるようだぜ。既に国境沿いのフェストとレガンも被害を受けているらしいしよ……くそ、今からこの地域一帯から抜け出すなんてできねぇぞ……」
「だけどよ、レガンの街から中央に行くには山を越える必要があるぜ? あそこはモンスターも多い、イーゲルの連中だってさすがに進軍が遅くなるはずだぜ」
「バカ、あいつの異名を知らねぇわけねぇだろ。アバドーンのイーゲルだぞ。山の一つぐらい狩りつくすぜ」
アバドーンというのは何かで聞いたことがあるな。確か、イナゴの別名じゃなかったか?
イーゲルは襲った街を全て壊滅させるという。古来より、イナゴは大量発生しては全てを食いつくし、その数は空をも覆うほどだと聞く。
(サリーに指示を仰ぐか。確実、これは仕事だ)
俺は集団から離れようとする、その時であった。
「キドーさん! 来てください、アムさんが!」
「おい、バカ、じゃじゃ馬止まれ!」
「おい、蜂蜜ボーイ、こい!」
「うおわあっちぃ! 魔法使うなバカ!」
ポーラの悲鳴にも似た声だった。
同時に何人かの冒険者たちが叫ぶ声も聞こえる。
「ど、どうしたんだ! アム!?」
すぐさま彼女たちの下へと駆け寄ると、そこに広がっていたのは三人の男に取り押さえられるアムの姿だった。アムは槍を携え、赤い髪の毛を魔力で揺らめかせながらもがいている。
「離してください! アプロックには二人がいるんです!」
「アム、落ち着け、どうしたっていうんだ!」
俺もアムを取り押さえるのを手伝いながら、事情を聴く。
アムは若干、錯乱している様子だった。
「レガンの山を越えた先はアプロックです! アプロックにはハンスとキャニスがいるんです! 二人を助けにいかないと!」
「ハンスとキャニスが……!?」
二人はふるさとに帰ったと聞いている。それがどこなのかは知らなかったが、どうやらイーゲルたちの進軍方向に位置する街らしい。
「落ち着けってお嬢ちゃん、レガンの山からアプロックまでは距離があるんだぜ?」
「そうだぜ、それにアプロックには砦だってあるんだ。それに、俺たちに情報が来てるってことはアプロックだって避難指示が出てるはずだ」
男たちが諭すように言っても、アムの勢いは変わらない。
彼女は、意外と猪突するタイプらしい。親しい友人の危機が迫っているのだから、当然といえば当然だが、これは一回頭を冷やした方がいい。
「アム、許せ」
俺はアムの首筋に当て身を放ち、意識を刈り取る。少々乱暴だが、今はそれ以外彼女を止める方法はない。
「おっとおとなしくなったか……」
「すまない、迷惑を……」
俺は気を失ったアムを担ぎながら、三人組のリーダー格らしき巨漢の男に頭を下げる。
「いや、構わねぇぜ。多分、お嬢ちゃんと同じように暴走する奴はほかにもいるだろうしな……家族がいる連中とかな」
男がそう言いながら顎をしゃくってラウンジの中央を指し示すと、彼の言う通り、同じようなことは方々で起きていた。
その騒ぎが最高潮に達しようとした、その時である。
「静まりなさい」
ラウンジに響くようにサリーの声が木霊する。魔法かなにかを使っているのか、声は遠くから聞こえるようでも近くで聞こえてくるようでもあった。
まさしく鶴の一声というべきか、サリーの言葉で騒ぎはぴたりと収まる。
「詳細はこちらでも確認しています。イーゲル盗賊団の動きは想定外でしたが、すでに軍も再編を急いでいます。そしてたった今、ギルド本部及び領主バーレン・ダグド伯爵より正式に依頼が下りました。各ギルド支部に所属する冒険者で、腕に覚えのあるものは今すぐに軍の指揮下に入りなさい。また避難民の護衛も正式なクエストとして発令します。各員奮起せよ、おのが武勇を知らしめる時です」
その言葉から数秒後、ラウンジは熱狂に包まれた。
「ウォォォ! さすがは俺たちのギルドマスターだぜ!」
「俺は軍に行くぜ! 腕がなるってもんだ」
「家族が心配だ、俺は護衛に……」
「俺も護衛に行くぜ。真正面からの戦は苦手だからよ」
冒険者たちは各々の目的に応じて受付へと殺到する。
そこに先ほどまで不安に駆られていたものたちの姿はなかった。
サリーの言葉は一瞬にして冒険者たちをまとめ上げたというわけである。
「ポーラ、アムを頼めるか?」
「え? は、はい! キドーさんは?」
「仕事だ。ギルドマスターのところに行く」
この動きに対して、サリーがアクションを起こさないわけがない。
「……暴れられても不味いしな。アムも連れていく。ポーラ、君もいいか?」
「はい……!」
「よし。捕まってろよ。飛ぶからな」
「え?」
俺はポーラを抱き寄せると、そのままラウンジの天井まで一瞬で飛び上がり、影の中へと潜む。
「──!」
「すまん、声はおさえてくれよ」
ポーラの口元を抑えつつ、俺はサリーの下へと急いだ。




