第23話 トライアングル・パーティ
依然としてイーゲル盗賊団の報告はなし。
動きがない、というよりはそもそも近くにいないのではないかと思えてくるぐらいだ。
敵の所在さえわかれば、行って偵察の一つもできるのだが、どこにいるのかわからない連中をゼロから探し出すのはさすがに忍者でも無理だ。
もしもの話にはなるが、俺が忍者軍団を指揮する忍者頭であれば、方々に部下を送り込み調査をさせるのだが、あいにくとそのような便利な部下はいない。
育てようにも今の俺にそんな権力も経済力も暇もない。
なので、今はできることをするのみだ。
ということで、クエストである。
俺たちはハーバリーから東に位置する大湿地地帯へとやってきていた。
クエスト内容は人面キノコ討伐(採取可)である。
「行くぞ、アム! 忍法・旋風!」
忍者刀より発生する風に追い立てられるように、逃げていくのは人面キノコと呼ばれるモンスターだ。その名のごとく、見た目は色とりどりのキノコなのだが、柄の部分に悲鳴をあげる人間の顔のような模様があるためにそう呼ばれている。
なお、この模様から悲鳴が飛んでくることはない。それに人の顔といっても、真っ黒に塗りつぶされた丸模様が三点あるだけだ。
まぁいわゆるムンクの叫びみたいな顔がある。
うん、十分不気味だ。
「ひーん! やっぱり人面キノコって苦手です!」
情けない悲鳴を上げながらも、炎をまとった槍をふるうのはアムだ。
俺が旋風で追い立てた人面キノコは彼女がひとたび槍をふるえば一瞬にしてなぎ倒され、燃えていく。
アムは炎を得意としているらしく、また人面キノコは炎に非常に弱いのだ。
「大丈夫ですよ。炎が使えるなら、胞子は怖くありません。それ!」
そんなアムのそばで魔法攻撃による援護を行うのがポーラだ。
冒険者として活動するシスターたちに支給される専用の衣装を身にまとい、木製の長い杖を手にしたポーラもまた炎の球を飛ばし、人面キノコをけん制していた。
また人面キノコが放つ毒性の胞子による異常状態にも解除魔法で対応できる。
「あの二人、バランスがいいじゃないか。あっちは任せてもよさそうだな」
アムとは何度かクエストを共にしてきたが、殆どは採取かブレード・ビー退治だけだった。その時にはあまり見ることができなかったが、冒険者としてのアムの実力は決して低くないと思う。
今まで魔法を使わなかったのは俺と同じく単純に使う必要がなかったからなのだろう。
実際、ブレード・ビーは狂暴だが、脆いので、油断せずに戦えば十分に対処は可能なのである。
それにポーラだ。魔法使いだというのは知っていたが、なんと彼女は火、水、風の三属性を扱うことができ、回復魔法や解毒魔法も使えるのだ。
それを考えると、斥候、かく乱、遊撃の俺に近接火力のアム、後方支援のポーラの組み合わせは悪くない。
互いの役割がきちんと当てはまっているからだ。
欲を言えばもう一人ばかり欲しいところだが、今のところのクエストならばこれで問題はないだろう。
「よし、人面キノコの討伐はこれでラストだ!」
最後の一体を旋風で吹き飛ばし、それをアムが貫く。
合計二十八匹? 本? の人面キノコたちの討伐は終わった。
こいつらはただ発生するだけならばまだしも非常に生命力が高く、時折生息地域を飛び越えて、他の地域に自生することも多い。
そうなるとこいつらの放つ毒のせいで水や土地が悪くなったり、他の植物が育たなくなる。毒を恐れてモンスターも近寄ろうとしない。そのせいでさらに生息域が拡大していく……というちょっとした悪循環がある。
なのでこうして討伐というか採取クエストが定期的に行われる。
ちなみにだが、食ってもおいしくないのだという。
だが、今回俺がこのクエストを受けたのには別の理由がある。それはこのキノコたちから採れるエキスは毒の成分があり、それを武器に転用する為だ。
「えぇと、赤色が通常の毒、黄色が麻痺、青が?」
俺は人面キノコたちの傘の部分をいくつか切り取って集める。ちと面倒なのが、こいつらの採取には専用の防毒処理を施した革袋をそれぞれの分だけ用意しないといけないことだ。
「確か幻覚、睡眠ですね。麻酔に使うこともありますので、高く売れますよ」
もしもに備えてポーラには少し離れた位置で待機してもらっている。
彼女はこうしたモンスターの知識もあるらしい。
「そういえば、中には真っ黒な猛毒を持つ王様キノコもいるんですよね?」
「なんだ、それ? 見てみたいが、なんか怖いな」
アムは採取を手伝ってくれている。
こうして、俺たち三人パーティのクエストは無事に終了したというわけだ。
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「はい、ということで私たち三人でのクエストはつつがなく終わったわけですが……」
クエスト終了及び採取した人面キノコの加工手続きを終えた俺たちはラウンジで遅めの昼食をとることにした。
音頭をとるのはアムなのだが、彼女はじぃーっと俺を睨んでいる。
原因は簡単だ。俺の、すぐ横に、ポーラがいる。
「と、こ、ろ、で。なーんか近くないですか?」
「そうですか? きっとテーブルが狭いからですよ。ギルドの支給テーブルですし」
オホホといいそうな、すまし顔でポーラが答える。
より一層、アムの視線がきつくなっているのは言うまでもない。
おかしい。今朝の段階では全く問題がなかったはずなのに。むしろ二人とも普通に仲が良かったし、戦闘中でも息はぴったりだった。
なのに、今のこの状況はどういうことだ。ギルドに戻って、昼食をとろうとなって、席に座った時に、さりげなくポーラが俺の横を陣取ってからこの奇妙な構図は続いている。
「ここ、四人掛けの席なんですけど?」
「あら、でもいいじゃないですか」
ポーラ、完全に移動する気はなし。
アム、ぱちぱちとまるで炎が燃え上がるように赤い髪の毛が膨れ上がっている。なぜだろう、魔力を感じるよ。
「あの、ごめん。俺ちょっとマイネルスさんに用事が……」
「えぇ、わかりました。私、ポーラさんとちょっとお話が」
「うふふ。いいですよ、お話。これからも仲良くしていきたいですものね?」
「ハイ、ナカヨク……」
た、助けてマイネルスさん!
俺は逃げるようにしてマイネルスのいる受付へと駆け寄る。
「帰れ」
マイネルス、無常。
「そんなこと言わないでくださいよ! 俺、本気で困ってるんですから!」
言っとくが、俺は二十九年間、そういう経験はない!
女性とお付き合いしたことはあるが、非常にピュアなままだ。そしてなんかきがついたら別れていたぐらいの仲だ。
俺だって鈍感じゃない。あれが明らかな好意のぶつかり合いだってのはわかるんだよ。でも、どうしていいのかわからんのだよ!
「あんた、子供じゃないんだから……男らしくどっちかにするか、もう二人いっぺんにするか、ささっと決めちまいな。悩んでる方が失礼だと、あたしゃ思うけどねぇ」
「うぐ、正論すぎる……」
「まぁ、今のところは猫のじゃれあいみたいなもんだよ。でも、このまま放置すりゃ爆弾に代わるがね。片方にするにしても、両方にするにしても、さっさと答えを出しとかないと、後で面倒だと思うけどねぇ」
「り、両方って、女性としてそれはどうなんですか?」
「別に、冒険者やってりゃそういうのはよく見かけるよ。大体は男の方に甲斐性がなくて破滅するがね。がっはっはっは!」
こ、この人、楽しんでる。
人が真剣に悩んでるっちゅーのに。
「ま、楽しんだもん勝ちだよ。冒険者なんだ、冒険してみろってんだよ」
「それ、うまいこといったつもりですか?」
マイネルスは肩をすくめて「さぁね」とだけ答えた。
どちらにせよ、マイネルスの言う通りだ。
とはいえこれならまだ任務をこなしてる方が気が楽なんだけどなぁ。
俺がそんな風に黄昏ているとギルドのラウンジに慌ただしく一人の冒険者が駆け込んできた。
情報通で有名な男だった。
そいつは息を切らせて、青い顔を浮かべながら、大声で叫んだ。
「おい、やべぇぞ! 国境の警備隊が壊滅したってよ!」
その知らせに、騒がしいはずのラウンジは一瞬にして静まり返る。
「イーゲルの連中がくるぜ!」




