第22話 押し掛けなんとやら
「あー……なんだろう、すっげー疲れた」
朝、目が覚めての開口一番がこれだ。
昨晩の出来事は言ってしまえばたった数時間の事だ。
ポーラとの再会、シーサーペントとの契約、そして諸々の処置を含めて大した労力は割いてないはずなのに、妙に疲れる。
だがこれは精神的なもので、肉体的にはむしろ万全すぎるのが奇妙な感覚だ。
「シーサーペントの食事も俺持ちかぁ。いやまぁ、普通はそうだよな」
面倒を避け、シーサーペントの契約者及び所有者はサリーということになってるが、実際は俺なわけでそこは当然承知してることだ。
しかし、俺は男で修道院には入れない。ならどうやって世話をするかといえば、少々面倒だが、いちいち召喚して飯を与えたりするのだ。
「あぁ、余裕をもって買い込んだ食料の数々が……夢の干し肉作りが……」
なので、俺はさっそくシーサーペントを呼び出し、買い込んでいた肉を与えている。
「なぁう」
「ほいほい、肉だ食え食え。そして強くなって俺の為に戦ってくれよぉ、食費分は戦ってくれよぉ」
見た目はドラゴンなのにしぐさはどことなく猫に似てる。といっても鳴き声だけだが。
バクバクと肉にかじりついているが、こいつらは基本的になんでも食うらしい。
本来であれば親が近くで面倒を見るものらしいのだが……。
「でもなぁ、こいつ、スキュラが持ってたタマゴだよな……」
なぜスキュラがシーサーペントのタマゴを持っていたのかはその正確なところは不明だ。
サリー曰く、スキュラがタマゴを盗んで、眷属にしようと画策していたのではないかと推測を立てている。
魔力を集めていたのはシーサーペントを急速に孵化、成長させる為なのかもしれないとのことだ。
確かにそう考えるのが自然なところだろう。あのスキュラは手に入れた魔力を自分の強化には使っていなかった。
「おろん?」
「なんていうか、お前も難儀な人生だな……巡り巡って俺の所にくるとは……」
というか、俺、もしかして親殺し? うぅむ複雑。
「成長しても、俺を恨むなよぉ……」
まぁ契約をしているので大丈夫だとは思う。
今のうちは小さいので、何とかなるが、これがでかくなるころにはそういうこともできない。そのうち、姿を隠して夜な夜な侵入するか、女装でも式神ちゃんでも使って何とかするしかないが、今は考えないでおこう……。
「さて、お父さん、お前の為に食費稼いできちゃうよ。本当は装備を整えたいんだけどなぁ……」
サリーからの裏報酬の計算も調整しないといけなくなってしまった。
思わぬ誤算だ。
長期的に見ればプラスに働くことだとは思うけどもだ。
「ま、しゃーないか。装備の充実を後回しにして、忍法開眼にシフトするか?」
食事を続けるシーサーペントを傍らに置いて、俺は巻物を開く。
実のところ、俺は自分がどこまでの事ができるのかを把握できていない。隠密などに使える忍法は結構試してきているが、戦闘方面の忍法は正直、使う機会がないか派手すぎておいそれと使えないのだ。
極端な話だが、影隠で潜んで後ろから忍者刀でぶすり、とやれば大体の奴は始末できる。
というか、今までの仕事は基本的にそれで片付くものが殆ど。
「だが、次はもしかすると……」
でかい戦になるかもしれない。
明確にそういう直感があるわけじゃないが、相手は五百人以上の規模を誇る盗賊集団。
中でも頭領であるイーゲルは冒険者ランクだけで言えばAランク相当、他の構成員たちもBは固いのだという。
そして今日までの間に大暴れをしてきた連中だ。軍が対応をすると言っても果たしてどうなるか。
「こいつら、本当に盗賊集団か? テロリストだろ……」
クエストや裏の仕事の傍らにイーゲルたちの事はある程度調べたが、少なくともこれまでに五つの街が地図から消えたと聞く。
また盗賊というだけあってフットワークも軽く、元軍人ゆえに統率もあり、荒くれものらしい破壊衝動に身を任せた突撃もしてくる。
そこまで聞くともはや盗賊集団ではないような気もしてくるけどな。
「さて、そんな連中を相手に忍法がどこまで通用するのやら。ものは試し……と余裕ぶるのもなぁ」
もし、サリーからの命令で仕事を果たすことになれば殆どがぶっつけ本番になってしまうかもしれない。
その時の為にある程度は忍法を使って確認しておきたいところだ。
これは今後の活動にもつながることだし、必要なことなのだと思う。
「だって言うのに……」
俺はちょっとため息。
なぜなら客人が家に近づいてきている。
「おはよう……ございます」
やってきたのはポーラだった。
ちょっと意外。
そんな彼女はバスケットに何やら食べ物でも詰め込んできてくれたのか、パンやハム、チーズが見え隠れしていた。
「あ、シーサーペントも……池にいないと思ったら……」
「修道院には入れないからな。ところで、ポーラはどうしてここに?」
「ドラゴンの育成って食費がすごくかかるってむかし、どこかで習ったことを思い出したんです。それで、もしかしたらキドーさん、困ってるんじゃないかなと思って」
ポーラはそう言ってバスケットを俺に差し出してくれた。
「ありがたいけど……いいのか?」
実際問題食費は切り詰めようかなと考えていたが。
「はい、今は自由時間ですから。外出許可も出ていますし、シスター見習いの中には冒険者ギルドで治癒のお仕事をしている子もいるみたいですし。私も、そこで働いてみようかなって。今は違いますけどね」
まるで初めてズルをした優等生って感じだな。
「それで、ご迷惑じゃなかったらでいいのですが……何か私にできることがあればぜひともお手伝いを。あなたに救われた命ですし」
「いやいや、手伝いはいいけど、そこまで重たく考えなくても……」
「いえ、何かしないと私の気が済まないのです。だって、あなたは、地獄の日々から私を救ってくれましたから」
それを言うポーラは笑顔だったが、それにはどこか影が差しこんでいた。
無理やり笑顔を作っている。そんな感じだ。
地獄の日々。それを、問うのは野暮というものだろう。俺は考えないことにしてるし、彼女も触れられたくない過去のはずだ。
「あなたは、地獄の闇で、私がみた光だったんです。大げさだと思われるかもしれませんが、あなたのおかげで私はまたこの世界に戻ってこれた……だから、お手伝いさせてください」
「ポーラ……」
「それに、別のことも思い出したんです。私、一応シスターやりながら冒険者だったはずなんです。結構多いんですよ、シスターの冒険者って」
「そうなのか?」
やはり、彼女も冒険者としてクエストを受けた時に、ってわけか。
「もうギルドカードは行方不明及び死亡扱いで切れてると思うので再発行しないといけないでしょうけど……もし、よろしかったらパーティ、入れてもらえませんか? 大シスター様に許可を貰わないといけませんし……それに、アムさんがいらっしゃいますし、もしかしたらご迷惑ですか?」
「あぁいや、そういうわけじゃないが……多分、アムも同性の仲間ができて喜ぶだろうし、俺たちのパーティ、前線メンバーしかいないし……」
「はい! 回復に攻撃魔法は任せてください!」
その時のポーラの笑顔はまだ明るかった。
「あの、それと最後にお聞きしたいことがあるんですけど……アムさんとはお付き合いをしているとかではないんですよね?」
「ん? あぁ、昨日も言ったが、俺たちはなんというか流れでというか、俺がこの辺りのことを知らないから教えてもらうために仲間になったというか……」
「なら、まだ私にもチャンスがあるというわけですよね?」
「はい?」
言葉の意味を捉えかねていると、ポーラは俺の手を素早くつかみ、握りしめる。
「私のような女がお嫌いじゃなければ、いつでもよろしいですから!」
と、言ってポーラの唇が俺のと重なる。
忍者の身体能力をもってしても、麻痺した思考速度では動かすこともままならない。
一瞬の出来事だった。
俺がぼーっとしているうちにポーラは去っていく。
「……はい?」
アレ、ちょっと待って。
俺、ファーストキスじゃね?




