第20話 騒がしい我が家
その日の晩。
この狭い我が家に、俺はアムと二人で夕食の鍋とお粥をつついていた。
俺は鍋と言い張るが、実際はあり合わせの材料をぶち込んだスープのようなものだ。具材はニンジンとニンニク、キャベツに品種はわからないがとにかく豆を鍋でぐつぐつと煮込む。味付けは貴重な貴重なお塩のみ。
スパイス? そんな高いものおいそれと買えるわけないじゃないか。
そしてメインの鍋とは別に麦粥を用意して本日の夕食である。
「ふむふむ、お野菜もたくさんですし、意外としっかりしてる……」
ちなみにだが、アムが俺の家に残ってるのは俺がどんな食事をしているのかが気になったからだという。
俺とアムはクエストを行う時や買い物をする時以外はそこまで一緒に行動を共にしているわけではない。特に夜間はアムはギルドの宿で寝泊まりしているし、そこで食事もとっている。
一度、俺もアムに誘われて宿の飯を食いに行ったことがあるが、国営だけあって肉も多いし、ソースもたっぷりだし、香辛料も使っていて、意外と豪勢。
当然、有料なので値段によってグレードは上下するのだけれども。
「忍者も冒険者も体が資本。痩せすぎず、太りすぎず、まぁ例外はあるがとにかく体作りは重要なのだ。本当ならもっと他にも料理はあるのだが、ここでは手に入らない食材も多くてな……」
そんな宿の料理と比べれば俺の鍋は土臭いものばかりが入っているまさしく田舎の料理だが、これはこれで俺は好きだ。胃もたれしないからな。
一人暮らしをしていたので、簡単な自炊ぐらいはできるのだが、本格的な料理ともなるとレシピがないとさすがに作れない。
必然的に鍋やスープになるというわけだ。極端な話、鍋にぶち込むだけだからな。
それにこの異世界では俺の知る、特に日本でも流通していた食材が少ない。野菜はさておいてもやはり米や味噌などはないし、そもそも果たしてこの世界に存在するのやら。
「それにしても、このイロリって面白い形ですね」
アムは俺の家に上がるのは初めてだった。
ここで我が家の構造を紹介しておこう。といっても元が小屋である以上、単純に四角い空間でしかなく、今はまだ家財も少ない。雑貨屋でそろえた安い食器が無造作に並べてある。
買い込んだ食材などは影隠で影の中。意外と影の中は保存に適しているらしい。ちょっとした発見だ。
そんな殺風景な部屋にひときわ目立つアクセントなのが、中央に作られた囲炉裏だ。
「暖にもなるし、こうして鍋を煮立たせるのにも使える。魚や肉を刺した串を回りに並べれば焼けるしな」
囲炉裏があるだけで、殺風景な部屋もどことなく雰囲気が出てくる。
あとは、個人的なあこがれだ。こういう囲炉裏のある家って俺の周りにはなかったからな。一度はやってみたかったのだ。
幸い、知識というだけなら万能ハイテク巻物のおかげでそろえられる。囲炉裏自体もそこまで難しい構造をしているわけじゃない。
「まぁ実際の所は、狭すぎて調理場が用意できないからこうして活用しているだけなんだがな」
「私は暖かくて好きですよ。部屋の中で焚火をするようでなんだか新鮮です。ギルドの宿は、大広間にしか暖炉がないですし」
「ランプとかならまだしも、宿屋の個室で大きな火は使えんからな」
「そうなんですよ。ですから冬の間は寒くって。男の人たちなんかはお酒を飲んで体を温めるとか言ってますけど」
「酒かぁ……久しく飲んでないな……」
日本酒や焼酎は難しいだろうな。ビールかワインかウィスキーか。洋酒は嫌いじゃないけれども。
「あぁ、でもなんだか宿より気持ちがいいというか、広々としてる感じがいいですねぇここ」
「そうか? 隙間風は酷いし、歩けばそこら中きしむぞ。それに、道具がないだけでただの倉庫を改造した部屋でしかない」
「そりゃあそうですけど、殺風景っていえば宿の個室も変わりませんよ。上級の冒険者ともなればもうちょっと豪華なところに泊まれますけど」
そういいながらアムはそれとなく俺のそばに寄ってくる。
「ちょっと前まではハンスやキャニスと一緒にいて、三人で楽しく過ごしてたんですけどねぇ……」
アムはどこか遠い目をして、言った。
「アム……」
そうか。思えばアムはかつての友人たちと離れて、今は一人で宿にいるんだったな。
もともと、アムも俺と同じように国外からここにやってきた少女だ。近くに知り合いなんていないだろうし、心許せる仲間もいなくなってしまって、少し寂しい思いをしていたのかもしれない。
常に明るく元気な女の子だと思っていたが、外国でたった一人で生活する十代の女の子なんだ。
「今はこんな料理ぐらいしか出せんが、食いたくなったらいつでも来てもいいぞ。一応、俺たちはパーティなんだからな」
それに食事ってのは人数が多い方がいい。一人で鍋をつつくよりは、な。
「ありがとうございます、キドー様」
「ま、もうちょい住みやすい家にするまでは窮屈かもしれんが……」
その時、俺は家に何者かが近づいてくるのを察知した。
「しっ」
「え?」
アムの口をおさえ、俺は声を潜める。
「誰だ。神父の歩幅じゃない……走ってるようだが」
耳を澄まし、外から聞こえてくる足音を注意深く聞く。
時々、神父が訪れることもあるのだが、その時の足音とは違う。
「敵意はなさそうだが」
足取りからして、女性のものだ。
女性が駆け足で俺の家を目指しているのだ。
そして……ノックの音とともに声がする。
「あの、夜分遅くにすみません……」
その声は、ポーラのものだった。
「ポーラ?」
俺が扉を開けると、少し息を切らせたポーラがいた。
「どうしたんだ? 修道院は規則が厳しいと聞くが」
一応、厳格な門限があるはずだ。そもそも夜に修道院の外に出てはならないという決まりがあるはずだが。
パッと見た時、ポーラはそういう規則を破るようには見えないが?
「はい、承知しています。ただ、どうしてもお礼を言いたくて……」
「お礼? それなら今朝に……」
「そうじゃないんです。あの……ぼんやりとしか思い出せないんですけど、あの屋敷で、私を助けてくださったのは、あなたですよね?」
その言葉にさすがの俺も驚いた。
あの時のことを覚えていたのか。
「あの、本当はギルドで目が覚めた時に思い出していたんですけど……その、怖いイメージがあって……」
「あー……まぁ、そうかもしれないな」
仕事とそうでないときは気分というか面持ちぐらいは切り替えている。もしかしたらその姿を覚えているのかもしれない。そりゃ怖いわな。いきなり刃物を持った黒ずくめが男二人を一瞬で沈める姿は。
といってもカウウェルたちを倒したのは一瞬だったはずだがなぁ。
「本当に、本当にありがとうございました! あなたが助けてくれなかったら、私……」
「気にしないでくれ。あぁいう下劣な輩は俺も好まない。助けられてよかった。ただ、なんだ、頼みたいことがあるのだが……」
「秘密にして欲しい、ということですよね? マイネルスさんから聞き及んでいます。私、尋ねたんです。そうしたら、そうしろと」
ありがとう! マイネルスさん!
「キドーさん、あなたは私の命の恩人です。本当でしたらきちんとしたお礼をしたいのですけど……えっと……お邪魔でしたでしょうか?」
ポーラは屋内にいたアムの姿を認めると、なぜか急に顔を赤くしていた。
「いや、彼女はパーティのメンバーで夕食を一緒にしているだけだが……」
「そうなのですか? 冒険者で男女二人組は基本的にご夫婦か恋人が多いのですけど……」
「いやいや、ほんとそういう関係じゃなくて……」
「き、き、キドー様!」
なにやらポーラの大きな誤解を解こうとしている時にアムは素っ頓狂な悲鳴を上げて、俺に抱き着いてきた。
「な、なんだアム!」
「まぁ、やはり、そういうご関係で……」
ポーラはさらに顔を赤くして、少し背ける。
「いや、違うからな。ってアム、引っ付くな。なんだ、急に!」
「でもでもでも、あれ、あれって何ですかぁ!?」
引っ付いてくるアムを引っぺがした俺は慌てる彼女が一心不乱に指さす方を見た。
「ゴキブリが出たとかじゃないだろう……な」
そこには、何かがいた。
ゴキブリじゃない。というか、虫じゃない。というか結構大きい。
そいつは十五から二十センチ程の大きさで、青白い体表にうろこを持っていた。それでいて、半透明の背びれがあり、手足がない、まるで蛇だが、魚のようでもあって……とにかく見たこともない生物がそこにいた。
「なんだ、こいつ……」
「わかんないですよ! 急に柱の影からぁ!」
影? 確か柱の影にはいくつか道具や食材を保管する影隠スポットがあったはずだが。
そいつはその影から無理やり外に出ようとしていた。
って、ちょっと待て。内側から影隠を破ってきたのかこいつ!?
「もしかして……あの子、シーサーペントの幼体では?」
焦る俺たちとは違い、ポーラはそいつをじっと観察して言った。
シーサーペント? なんでそんなものが……。
「あ……」
いや、一つだけ思い当たる節がある。
そうだ、それはスキュラを倒した時に手に入れたタマゴ。
(い、いかん! すっかり忘れていた! 怖くて放置していたのを忘れていた! まさか、それが孵化したってのか!?)
そいつ、シーサーペントの幼体はポンと影から出てくると、きょろきょろと周りを見渡していた。
「みゃあ」
シーサーペントの幼体の声は、猫みたいでした。
「……えーと、ギルドマスターに報告しようか?」




