第2話 忍者、異世界に舞う
「おめでとうございます。あなたの異世界転生特典は忍者です」なんて提示されて突っ込まない奴がいるだろうか? いやいないね。
そういうわけで、俺が「なんで忍者なんだよ」と突っ込んだら、女神様に怒られたというわけだ。
「なんで、忍者?」
「そんなの決まってるじゃない! 忍者こそが最高にかっこいい存在だからよ! そしてあなたは三重県人なのよ! 忍者に憧れないでどーするのよ! 三重県は忍者の里でしょうが!」
ということらしい。
いやそもそも三重県は忍者だけで構築された都市じゃないんだけども。
「いい? 私はね、三重が大好きなの。歴史もあるし、名産も多いし、忍者もいるし」
「忍者は創作ですけど」
歴史があるってのはその通りかも。
それでもマイナーといえばマイナーだけど。
「うるさい。とにかく、忍者伝説が数多く残るロマンの街よ。だっていうのにあんたたち三重県人はのんきなのか欲がないのか、それともプライドがないのか歴史はアピールしないし特に重要な都市でもないとか言われるし名産品は名古屋にとられるし。というかね、名古屋はとうとう忍者まで自分たちのものアピールしてきてるからね!」
この女神様、いくら担当だからって三重愛が重たいな。
そして名古屋への異様なヘイトはなんなんだ。
「あの、なんでそんな名古屋嫌いなん?」
「あったりまえじゃん! あの愛知担当の性悪女神め、自分たちが使ってやる方がアピールできるとか言い出すのよ! 許せるわけないじゃない!」
愛知県担当女神か……てか女神様同士でそんな争いみたいなのあるのかよ。
別にいいじゃないか、それぐらい。どこで宣伝されようとさ。
しかしながら女神様はそれがことのほか許せないらしく、かれこれ一時間近くこの話で俺は説教を受けている。
そりゃ別に、忍者は嫌いじゃない。子どもの頃は忍者ごっこもしたし、忍者ヒーローにも憧れたが別に忍者だけを特別好きだったわけでもないし。
「第一、忍者の里、三重の人間なら自分の名前の意味をもう少し理解しなさい」
「俺の名前ぇ?」
二度目の自己紹介だが、城戸音羽だ。
なんか女の子みたいな名前で昔はからかわれたなぁ。
「はぁぁぁぁ……」
すっげぇため息をつかれた。
珍しい名前だとは思うが、なんか忍者に関係あるのか?
「いーい? 忍者で城戸といえば城戸弥左衛門。あの織田信長を狙撃したスナイパー忍者よ?」
「さも当然のようにおっしゃりますが、知りません」
歴史の教科書にいたっけかなぁ?
「そして音羽はその城戸弥左衛門の通称『音羽の城戸』でもあるし、彼が仕えた忍者、音羽半六の名前でもあるのよ?」
「へぇすごい! でも知らない!」
だって忍者っていえば服部半蔵とか猿飛佐助とか霧隠才蔵とかじゃん?
他の忍者って言われても……松尾芭蕉とか?
「ところで、その織田信長を狙撃した忍者の名前が俺の名前と同じってことはあれですか? 俺は実はそのどっちかの子孫とかそういう?」
「あ、それは違います。全くこれっぽっちも血筋は関係ないです。ただこう、名前がぴったりだったので。あとなんとなく忍者っぽいことしてたので」
「……はぁ?」
忍者っぽいこと?
死ぬ前の俺、何やってたんだ? いやそもそも俺、普通のサラリーマンだぞ?
「えぇと、記憶が混乱しているようですね」
女神様はどこから取り出したのか巻物を広げる。
「あった、あった。えぇと、あんたの死因ですが、木登りをしていて足を滑らせて転落死。はい。お酒によって、忍法木登りの術とか叫んでそのままゴロンだね」
「……はい?」
なに、その、ものすごく恥ずかしい死因。
酒に酔って、木から落ちた? 自業自得じゃねぇか!
「はい、ものすごーく自業自得ですね。同情の余地皆無です。で、す、が、私はあんたのその行動に一つの可能性を見たのよ」
酒の失敗から可能性を見出すとかすげーなおい。
「酒とは本能を掻きだすものよ。そしてあんたは本能の赴くまま忍者の真似をした。それってつまり、あんたの内側に眠る忍者スピリットがそうさせたってわけよ!」
「その暴論やめて。ものすごく恥ずかしいから」
「でも残念。あんたは死んだわ。だって、あんたは忍者じゃなかったから。忍者だったら死ぬこともなかったわ。むしろ拍手喝采よ」
忍者トークに盛り上がっているところ悪いけど、俺の心は砕けそうだよ。
二十九年間真面目に生きてきたつもりだったが、まさかそんなくだらない最期を迎えたなんて……そういえばこの空間で目が覚めたときに頭がぼーっとしてたのはそれが原因か……なんとも間抜けすぎる。
「とにかくもう時間がないわ! あんたは忍者として異世界に降り立つのよ! さぁ行きなさい、三重県発祥の忍者こそが最強であると証明するために! あの性悪女神の鼻を明かすために! 私の忍者欲を満たすために!」
おい、なんか最後あたり私欲が混ざってたぞ。
と、突っ込もうとした瞬間、女神様はいつの間にか垂れ下がっていた縄を引っ張る。
「え?」
すると、俺が正座していた場所がかぱっと開く。
忍者屋敷かこの空間は!?
「うおおぉぉぉぉ!?」
「何かわからないことがあったら巻物を読んでねぇ~」
そして、俺は、闇の中へと落ちていく。
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落ちたと思った瞬間、俺は重力というか空気を感じた。
肌に直接降りかかるどことなく暖かな感触だ。
「こ、これは!」
同時に俺は自分が身に着けている衣服が変化していることに気が付く。
いつの間にか俺は真っ黒な忍者装束になっていたからだ。しかも頭は目元だけが開いた頭巾をかぶっている。背中には忍者刀、多分だが衣裳の下には鎖帷子も着込んでいる。
「忍者だ、これ」
だが冷静になってる場合じゃない。問題なのは、俺が送り込まれた場所が空の上ということだ。
「って、落ちてるぅぅぅぅ!?」
真下は森、針葉樹でもそこまでとがってないだろと言わんばかりの槍みたいな木々が生い茂る深い森だ。
時刻は夜、しかし満月と星のおかげで結構明るい……ってのんきに見渡してる場合じゃねぇ!
「ま、また転落死は嫌だぞ! なんか、なんかねぇか?」
はっそうだ! あの女神様は巻物を読めとか言っていた!
俺は落下しながらも懐をまさぐる。あった、あの巻物だ。
あぁ、ヤバイヤバイ、急げ!
「空、空、空! あったこれだ!」
巻物に記された技能にあった。空を飛ぶための術!
その欄を読んだ瞬間、まるで記憶が刷り込まれるように俺は術の使い方を熟知し始めていた。
俺は勢いよく体を大の字に広げる。その瞬間、俺の身の丈はあろうかという巨大な凧が背中に展開された。
「大凧飛行術……なんか、テレビで見たことある……それを俺、やってる……」
なんかちょっと、感動。
そのまま滑空するような感じで空を舞う俺。
「これが、異世界? こんなところで忍者をしろって……いくらなんでも放任主義やしないか?」
とにかく今は落ち着ける場所を探そう。
ところでこれ、どうやって降りるんだ?