第19話 再会は早く
闇に紛れて刈り取る。
などと言ったはいいものの、イーゲル率いる盗賊集団がハーバリーを狙っているということは、まだ街には知れ渡っていない。
盗賊団そのものが近辺に姿を見せず、本当にくるかどうかも怪しい為だ。不安を煽るようなことはできないという判断だろう。
とりあえずは国境沿いの監視を強化する程度に留まる様子だ。
しかし、それでも慌ただしい動きというものはなんとなく伝わるようで、住民たちの間には多少の警戒と不安を口にするものもいた。
「なんだかピリピリしてますね。キドー様は何かご存知なのでしょう?」
「まぁ、な。だが、今は俺の口からは何とも言えんな」
そんなこんなで、任務明けの昼下がり。
俺はアムと買い出しに来ていた。なんといっても俺だって人間だ。腹は減る。危機が迫ってきてるといわれてもこればかりは抑えられない。
さすがに毎日兵糧丸ばかり食ってるわけにもいかないし。
それと装備用の素材も欲しいところだ。採取クエストだけでは賄えないものも多い。
特に火薬の原料となる硫黄などはこの地域一帯ではあまりとれないらしいのだ。それに、火薬の原料となる以上、最優先で軍に回されるので、これがまた流通に歯止めをかける。
俺以外にも火薬武器をあつかう冒険者らもいるが、彼らも色々と苦労をしているようだ。
火薬そのものを買おうにも高すぎるし。
「まぁ、キドー様のことですし、心配はいらないと思いますけど……それより、お肉買いすぎじゃないですか? だめですよ。きちんとお野菜も取らないと。冒険者は体力が命、同じぐらいに病気にも気を付けないと」
年下に母親のようなことを言われる二十九歳。
恥ずかしくって涙がでてくらぁ。
「いくつかは干し肉にするんだ。保存食はあって困るものじゃないからな……」
この返答に関しては半分本当で半分嘘だ。干し肉を作ってみたいというのは俺の個人的な目的でもある。あこがれるんだよね、ジャーキーとかを自分で作って食べるの。
さすがに作り方は知らないので、教えてもらうことになるが。
その他にも魚なんかを食いたいと思ったが、さすがに保存できる場所がない。巻物には魚の干物の作り方が懇切丁寧に乗っていたのでいつかは試してみたいが、どうせなら刺身が食いてぇと思うのは日本人だからだろうか。
そんなささやかな望みを抱きつつ、俺は『我が家』へと帰ってきた。
「いつみてもすごいですねぇ。キドー様の家」
苦笑いするアムが見つめる先に俺の家はある。
それは白く荘厳なたたずまいを持ちつつ、全てを受け入れるかのごとき慈愛に満ちた教会……のすぐ横にあるぼろ小屋だ。
ちなみに反対側には小さいが女子修道院もあり、そこではシスターたちの黄色い声が時々聞こえてくる。
なお修道院の周りは無数の棘を持った茨がかこっており、それはサリーによるものだとか。
一応、男子禁制及び防犯上の理由で設置されたものらしく、許可なく侵入しようとすれば茨が襲ってくると聞いている。
「まさかとは思いますけど。キドー様、覗いてませんよね?」
「そんなことするか。やったらマイネルスさんに殺される」
冗談抜きに、あの人ならやる。確実にやってくる。
「どうでしょうか。キドー様、いつもラウンジで他の女性をじーっと見つめていらっしゃいますし」
「く、癖なんだよ。人の動きを見るのは」
変装の為にはその人物の細部まで観察しないと再現率が極端に下がる。
成功率を上げるための致し方ない行為なのだ。
決して卑猥な意味はない。多分。
「ま、いいですけど」
そんなことを言うものの、アムはじとーっとした視線を向けてくる。
「それより、この小屋、今にも崩れそうじゃないですか。よく無事ですよね」
「……神の加護のおかげじゃないのか?」
その小屋はもともと隣の教会が使っていた物置だったのだが、ちょうど俺がこの世界に降り立つちょっと前に区画整備と改築工事を行ってからは使う必要がなくなったということで取り壊されるはずのものだった。
俺は格安でそれを譲り受けたというわけだ。
現在は暇さえあれば随時補強作業中である。
「もう何度も言ってますけど、ギルド傘下の宿に泊まった方がいいですよ? 食事もありますし」
「いや、しかしなぁ、金がかかるしなぁ……」
どうでもいいことかもしれないが、俺の有り金はすべて影隠でしまってあるので取られる心配はない。
それでもってアムの言うギルド傘下の宿はその通り、ギルドが運営する冒険者用の格安の宿だ。無料というわけではないが、毎日のクエストをこなしていれば宿泊する分には安い宿なのだという。
まぁ俺の場合は金をあまり使いたくないという貧乏根性から宿を控えているだけなのだがな。
俺のように金の節約を考え、宿を使わない冒険者も多いのだが、大体は安定を求めて宿に泊まることになるのだとか。
「まぁ、教会には感謝している。それに、俺だっていつまでもこの小屋には住まないよ。ここはいうなれば一時的な住処だからな」
俺がこの小屋を買ったのはスキュラの事件が終わってから二日後のことだ。
さすがにいつまでもギルドの空き部屋を使うわけにもいかなかったしな。
(実はマイネルスさんに口利きしてもらったことは内緒にしておこう)
一応、俺の裏の仕事を知るマイネルスが、宿なしでは活動は難しいだろうということで、何とか掛け合って許可がもらえそうなところを探してくれたというのがカラクリだ。
なお、修道院を覗いたらひねりつぶすと言われたのは、この時だ。
いや、本当に、アムにしてもマイネルスにしても、彼女たちには頭が上がらないぐらい世話になっている。
「さて、神父殿に帰ったと報告しておきたいが……」
教会の神父様はいうなれば俺の大家さんという感じだろう。比較的若い、といっても四十、五十代の男性でかつては冒険者だったらしい。
そういう経験もあってか宿のない冒険者のつらさも理解してくれているようで、小屋ぐらいならいくらでも貸す、何なら教会の区画を使ってもいいとすら言ってくれる。
実際、教会はそういった宿のないものに一時的な寝床を提供していることが多いのだという。
さすがにずっと住まわせるというわけにもいかないらしいが。
「お客様みたいですね。あれって、ギルドの職員じゃないですか?」
「そのようだな。他にも誰かいるようだが?」
そんな教会の入り口には神父様と数人のギルド職員、そして彼らの影に隠れてもう一人が立っていた。
何事かを話している。
「む? あれは……」
ギルド職員が軽く頭を下げて神父様に礼をしたとき、やっと残り一人の姿を見ることができた。
そして俺の目に映ったのは、シスター服姿のポーラであった。
するとポーラも俺に気が付いたのか、少し顔をこわばらせながらも、会釈をしてくれる。
それを見ていた神父様も俺の姿を認めると、朗らかな笑顔を向けながら手を振ってくれた。
「やぁキドー。買い物は終わったのかい?」
「えぇ、食料は当分の間は心配いりませんよ。ところで、彼女は……」
「ん、まぁ、あれだ。例の事件のな」
刺激をしないようにという配慮なのか、神父様も言葉を濁していた。
「記憶はまだ完全には戻っていないようだが、思い出せる範囲では彼女は元はシスターだったようでな。それならばとうちの修道院の方で預かろうという話になったのだ。ポーラ、彼は……」
「あの、存じ上げています。昨日、お薬とその、独特な味の食事を運んできてくださった方ですよね?」
まだぎこちないが、ポーラは精一杯の笑顔を俺に向けてくれた。
どうやら回復はしているようだ。よかった。
「キドー様、まさか兵糧丸を配って回ったんですか?」
アムは信じられないといった顔だ。
神父様も顔を覆っている。
な、なぜだ。兵糧丸は栄養満点の薬膳でもあるんだぞ!
「りょ、良薬は口に苦しって言うじゃないか!」
「知りませんよ、そんな言葉」
カルチャーショック!
いや異世界なんだしふつうか?
「はぁ……あの、キドー様が変なものを配ったと思いますけど、悪い人じゃないんです。本当はすごい人なんですけど、なんというかこう、変なところで変なんです」
「おい」
なんだろう。ここ最近、アムの俺に対する態度が軟化したどころか怖い。
信頼してくれている証拠だと思えばうれしいけどもさ。
「いえ、かまいません。実際、あの薬で体力も戻りましたし……あの、えと……ありがとうございました」
どういうわけかポーラは顔を赤らめながら、俺の手を取り、大きく握手をすると。
「で、では、失礼致します!」
次は深くお辞儀をして駆け足気味で修道院へと入っていった。
なんか、かなり無理をしているような感じだったな。
あんなことがあった後だ。男性恐怖症になったとしても不思議じゃない。
それを抑えてまで感謝を述べてくれるなんて良い人だ。
それに、修道院なら彼女も気は楽だろう。
「ふぅん。なんだか、とっても仲がよさそうですね?」
ところで、アムさん。
なぜそんなに怖い笑顔を?




