第16話 裏稼業
間抜けな冒険者としての表の顔とは別に、俺にはもう一つの顔がある。ある意味、それこそが俺の本当の姿といってもいい。
それがこのギルドの支配人でもあるアルラウネのサリーの懐刀として、表には公表できない事件を秘密裏に処理するものだった。
スキュラ討伐以降も俺は五回ほど駆り出されている。
「して、此度の任務は?」
サリーの部屋にて、俺は膝をついて指示を待つ。
サリーはいつものようにハーブティを飲みながら、一枚の依頼書を俺に渡す。
その内容は人攫いの疑惑のあるとある資産家についてだった。
資産家はカウウェルという男で、この街にもいくつか店を持っている。
「もともと、女癖の悪い男なのよ。半年前に私のところにも挨拶に来たけど、二度と部屋には入れないと誓ったわ」
なんぞ失礼なことでもしたのだろうか。サリーの怒りに呼応するように部屋の草花がざわつく。
さて、事件のあらすじはこうだ。
カルロべの事件より前から少ない頻度で女の冒険者が行方不明になる事件があった。
冒険者のクエストは死と隣り合わせ、クエストに行ったきり戻ってこないというのは珍しい話ではない。
そんなおり、カウウェルが人身売買に手を染めているのではという噂が立ち込めた。彼の依頼を受けた冒険者が数人帰ってこないのだという。
カウウェル自身はむしろ自分は被害者であり、商品を持っていかれたとか依頼料をふんだくられたとか、そんなことをいってるらしい。
「この男、そこそこ金を持っているのよ。それでね、うちの職員の一人が買収されていたことがちょっと前にわかったのよ」
「買収……ということは、被害の隠ぺい工作を?」
「えぇ。カルロべの事件が起きていた時期に便乗して行方不明者リストの改ざんをしていたのをマイネルスが見つけたのよ。締め上げたらカウウェルの名を出したわ」
なるほど、確かにあの町に訪れたものはアムたちを除けばその殆どが帰らぬ人となっている。事件があるうちはうまいこと疑いの目を背けさせられたが、スキュラが倒されてから慌てて証拠の隠ぺいにかかったのかもしれないな。
ずいぶんと杜撰な対応だが、タイミングが良かったのかもしれないな。
「その職員の処分はこちらでするとして、問題はね、カウウェルがこの街を離れるという事よ」
「ギルドの動きがばれたのですか?」
「だと思うし、もともと見切りをつけていたのかもしれない。彼は他の街にも屋敷を持っているし、商会の幹部だから移動されると困るのよね。それに、確実に黒だとにらんでいるけど確固たる証拠がない以上、ギルドからこの男を追求することはできない。この男はクエストを依頼しただけ、行方不明者は一割にも満たない、証拠といえばうちのバカな職員の工作……しらを切られるのが落ちってわけ」
追求したところで職員の口から出まかせと言われればそれまでだ。
クエストで行方不明になるという話ならカルロべの方が多いし、ほかの依頼でもそういったことが全くないわけじゃない。
適度に黒く、適度に白いといった感じか。若干、露骨な感じもするが逆にその方が目立たないのかもしれないな。そしてスキュラの事件を見計らっている。
カウウェルという男は商人から成りあがった男なのだという。そういうところではチャンスをつかんだり、危機を回避する能力は高いとみるべきか。
しかし、小さなほころびで崩壊したということだ。
「方法は任せるわ。カウウェルを調査し、必要とあれば始末しなさい」
「承知」
俺は即座に任務を開始するべく、部屋から一瞬で姿を消した。
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カウウェルの屋敷はハーバリーの街郊外、なだらかな草原が広がり周辺には牧畜を行うものたちも住んでいた。ハーバリーの街の周囲には街として成り立つ前の小さな村などが今も残っており、そこで生活するものも少なくない。
時々金持ちはそういった空いた土地を買い取って別荘などを作るのだという。
「ふん、意外にも地味なデザインじゃないか」
カウウェルの屋敷は大きいのだが、あまり派手な外装はなく、パッと見では屋敷というよりはまるでなにかの施設のような印象を受ける。
窓は少なく、出入り口もかなり限られている。
一応、金持ちの家らしく門で囲まれているが、その内部に花壇があるとか置物があるわけでもない。むしろ地面が荒れていて、馬車や荷車の往来が激しいのではないかと推測できる。
元は商人なのだから、商談とかの関係で客の数が多いのもわかるけれども。
「監獄?」
俺が抱いたイメージはそんな感じだ。人が住む屋敷としてはどうにも見れない。
そしてこんな殺風景な場所で商談なんてちょっと心象悪くしないだろうか。
「ふーむ。周囲に気になるような立地条件はないか」
俺は巻物を取り出し、のぞき込む。
最近になってわかったことだが、この巻物、どうやら地図にもなっているようなのだ。それに気が付いたのは新たな忍法でも確認しておこうと夜な夜な読書に耽っていた時なのだ。
タッチパネル式のハイテク巻物。どうにも俺の知らない機能がまだあるんじゃないかって思えてくるよ。
女神様、説明書をください。
それは置いといても、カウウェルの屋敷から周囲十キロ以内に怪しいと思える場所はない。すぐそこがハーバリーの街なだけだ。
「それにしても、窓が少ないせいで中は覗けないな。それに出入り口も極端に少ない……じゃ、ここは玄関からお邪魔するか」
こういう場合、他のあからさまな出入り口には罠のようなものが仕掛けられている可能性もある。
だが、正面玄関も危険といえば、危険だがそこから堂々と入る方法は非常に簡単だ。
客人を装えばいいのだからな。
「さて……許せよ、名も知らぬパツ金巨乳の冒険者さん。あんたの姿、借りるぜ」
俺はちょっと前にギルドで見かけた美人で巨乳の金髪冒険者の姿を思い出していた。よくはわからんが、彼女はエルフらしい。最近は変装するネタ探しのために人間観察を行っているのだが、どうにもそれを勘違いしたアムがショックを受けて涙目になったこともあったな……。
そして服装だが、こいつは別個に用意しておかなければいけない為、事前に購入済だ。もちろん、別人に変装してな! 恥ずかしいからな!
「よっと、ふむ……でけぇ」
幻影と分身術の応用で俺の姿は一瞬でパツ金美女だ。胸の感触は水をため込んだ袋で無理やり再現なのだが、これが案外服の上からだとばれないものなんだ。
意外と感触がいい……なんか、俺、変態チックなことしてる気がする。
「仕事、しよ」
というわけでパツ金美女に変装した俺は憤怒の顔を浮かべてずかずかと大股でカウウェルの屋敷を目指す。
そして扉を乱暴にノック。
「開けろ! カウウェルを出せ! この人攫い!」
と女性の声でめいいっぱい叫ぶ。
仲間が行方不明になったので、乗り込んできた血気盛んな女冒険者。それが俺の演じる姿だ。
おそらくこういう手合いは何度も訪れているはずだ。
「開けろ! いるのはわかっているぞ!」
さて、だれが出てくるかな?
ややすると、ガチャンとロックが外れる音が響く。かなり重厚なカギを使ってる様子だ。外からのピッキングは不可能かもしれないな。
次いで重たそうな鉄製の扉がゆっくりと開く。防御もばっちり。てか、これ、金庫じゃね?
「……どちら様でしょうか」
出迎えに来たのは件のカウウェルではなく、茶髪のセミロングヘアーのメイドだった。
が、どうにも違和感だ。目の焦点が合ってない気がする。
(なんなんだ。異世界では薬を盛ったり、催眠をするのが流行ってんのか?)
彼女は明らかに何らかの精神操作を受けている。もしかすると彼女も被害者かもしれない。ここで洗脳を解くのはたやすいが、まずは証拠をそろえねばな。
「カウウェルを出せ! 私の仲間が消えたのは奴の仕業に違いない!」
俺は彼女を押しのけ無理やり屋敷に乗り込もうとする。
「お待ちなさい」
すると奥から男の声が響いた。
コツコツとわざとらしく靴音を鳴らしながら姿を現したのはベスト姿の初老の男。一見すると紳士然とした姿をしている。間違いない、こいつがカウウェルだ。
彼の背後には屈強な巨漢が護衛のようにいた。こっちはどうにも操られている様子ではない。むしろ気持ち悪い目つきで俺、というかパツ金巨乳を眺めている。
「客人を無下に扱うことはしないというのが私の流儀ですが、不名誉を黙って受けいれることはしません」
「黙れ! 私は知っているぞ。貴様の依頼したクエストを受けた女冒険者が多数失踪しているとな! このメイドも、そうやってさらったのではないのか?」
「やれやれ、こうして資産を得ると思わぬ敵が舞い込んでくることは承知していましたが、またこの手合いですか……いいでしょう、無実の罪を着せられて罵倒されるのはかないません。お気のすむまで屋敷を調べたらどうです?」
その目には明らかな嘲笑があった。
ばれるはずがないと踏んでいる。いやそれ以上、これは獲物を見る目だ。
こいつ、ドの付くスケベ親父だな。
「いいだろう! 必ず貴様の罪を暴いてやる!」
まぁいいさ。
俺は堂々と正面からこの屋敷に入ることができた。
それじゃ、見せてもらおうかな。あんたの罪をよ。




