第14話 その忍者、懐刀
さて、その後の経過だが。
まずカルロべの町は全滅していた。住民は残らずスキュラとその一味に食われたとみて間違いないらしい。
だがスキュラがデザートと称して残していた出稼ぎの少年たちは町長屋敷の地下牢にいたところを俺が救出した。
無事、といっても意識不明の重体だ。あとで聞いた話だが、意識を奪い、思考を制御する秘薬のようなものを飲まされていたらしく、その解毒に時間がかかるのだとか。
そして、件の黒幕であるスキュラだが……この討伐を果たしたのはギルドが雇ったAランクの冒険者であるというのが表向きの報告だ。
「どこの馬の骨とも知らない最低ランクの冒険者が町一つを支配においたスキュラを討伐した、なんて信じる人はいないでしょ?」
とのことだ。そりゃそうだ。それに変に目立つとまずい。そのことを俺はすっかりと忘れていた。
それはそれとして、サリーは約束通りに報酬を支払ってくれたのだから律儀な人である。まぁ、大手を振ってこの大金を使えないのだけど、このおかげで装備の素材を買うぐらいは余裕だ。
一方でサリーは大忙しらしい。なんといっても、町一つが壊滅したのだから周辺のお偉いさん方たちと長いながい会議に突入したのだと。
とにかく、この一件はギルドが解決したということで幕を引いた。
そして、俺はというとだが……。
「うわぁぁぁん!」
泣いているアムを慰めていた。
俺が任務から戻ると、アムは真っ赤に目を腫らしながら俺に抱き着き、大泣きしていた。
その時は何を言ってるのかわからなかったのだが、落ち着いてくると、やれ「心配しました」とか「死んだかと思った」とか「おいていくなんて酷い!」という俺に対する文句と心配だったのだが、それが一時間もするとなぜだか、「ハンスとキャニスが冒険者を引退するんですー!」という方向に行った。
「わかってました、わかってましたよ! 二人が付き合ってるって、そんなのわかってましたし、私も祝福してましたけどぉー! でも、赤ちゃんできてたなんてぇぇぇ!」
「……えぇ」
突然のこと過ぎて俺も理解が追い付いていないが、そもそもハンスとキャニスは幼馴染同士だったらしく二人して冒険者として行動していた。既にその時から付き合っていたらしいのだが、その最中にアムを仲間にしたのだとか。
そしてアムも二人が愛し合ってるのを知っていたらしいのだが、まさかそこまで進んでいたとは思わなかったらしい。
俺だってびっくりだ。
「……なんでもいいけど。若くね?」
ものすごく今更だが三人とも十八らしい。
十八ならまぁ、うん。なくはないかなぁ? でも若いと思うなぁ、俺。
「ぐすっ……そんなに珍しくないですよ。早い人は十四歳で子ども育てますから」
「そ、そうか……」
地球の常識とやっぱりいろいろと違うんだなぁ。
「それで、アムはどうするんだ?」
「どうするって……冒険者続けますよ。もともと、それが夢でこの大陸に来たんですから……そういうキドー様はどうなさるんですか?」
「俺も、しばらくはこの街に滞在するかなぁ。わからないことも多いし、それに……」
「それに?」
「あぁいや。何でもない。こっちの話だ」
とにかく、俺はしばらくこの街で活動を続けることにした。
拠点の確保は重要だし、ここでこの世界のことを学んでいくのも悪くない。俺はまだこの世界のことを何も知らないわけだからな。
ここで基礎知識ぐらいは身につけておかないと。
「あ、あの、その、ものは相談なんですけど」
いきなりアムはもじもじとし始める。指先同士をつつき合わせながらちらちらと俺を覗き見ていた。
「ハンスとキャニスが引退しちゃうので、私、ソロなんですよぉ。でも、その……私、まだCプラスでして、ソロで活動するのは不安で……よろしければ、パーティ、組みませんか?」
「あぁ、いいぞ」
「えぇ!?」
なぜ驚く。
俺としてはこっちからお願いしようと思っていたぐらいだぞ。
俺は冒険者になったばかりの新米だし、この見た目のせいで周りからはちょっと浮いている。そんな中で、俺が唯一親しい冒険者は色々と付き合いのできたアムだけだ。
二十九歳は寂しいのだ。
「アムには色々と教えてもらいたいこともあるしな。冒険者という意味では君が先輩だ。というわけでよろしく、アム」
俺は握手を求める。
アムは一瞬びっくりしていたが、すぐにはにかんで俺の手を握り返した。
「はい! よろしくお願いしますね!」
こうして、俺たちはパーティを組むのであった。
「それじゃさっそく、クエストに……」
「あ、すまない。その前に、用事を済ませたいんだ。例の件で、ギルドマスターに呼ばれていてな」
例の件とはカルロべのことだ。一応、当事者のアムには事の顛末まで教えてもよいということになっている。
当然、口外しないことを約束としてだ。もしこれを破った場合、ギルドマスターより制裁が下るとかなんとか。
「えぇ! もう終わったんじゃないんですかぁ?」
「あれだけの大事件なわけだし、報告することも多いんだよ。すまない、明日、明日には必ずクエストいこうぜ!」
俺はそう言ってアムと別れた。
「絶対ですからねぇぇぇぇ!」
大声で叫ぶアムに片腕を振ってこたえながら、俺はサリーのもとへと急いだ。
*************************************
入る前にノックと。
「どうぞ」
「失礼」
けだるげな様子のサリーは既にテーブルを用意してハーブティーを飲んでいた。
会議がひと段落ついたのだろう。
「ここに来たということはあの話は引き受けるということでいいのかしら?」
「えぇ。引き受けます。俺は、ギルドマスターの影となろう」
俺が頷き、答えると、サリーは小さく笑った。
「よい返事ね。掘り出し物を拾ったかしら」
「後悔はさせませんよ」
カルロべの事件の報告ののち、サリーは俺に対して一つの提案を持ち掛けた。
それが彼女の懐刀として、俺を雇いたいというものだった。
サリー曰く、ギルドという組織も綺麗なだけではないし、冒険者というものは荒くれ者が多い。
そうでなくとも今回のような虚偽のクエスト依頼から始まる詐欺や事件も多くギルド全体としても頭を抱える問題なのだという。
そんな中で、サリーは俺の忍者としての能力を買い、これらの問題に当たらせたいというのだ。
(まぁ、それだけが理由じゃなさそうだがな)
あのスキュラと同じにしてはいかんのだろうが、サリーもサリーで腹に一つも二つも抱えてそうな感じはしないでもない。
俺を手元に置きたいというのも、能力を買ったからだけではないと思う。
こればかりはただの感想だ。実際のところは俺も知らん。
調べればわかるだろうが、それはしない。
なぜならちりちりとする警戒は彼女からは感じないからだ。
「じゃあさっそくお手並み拝見と行こうかしら」
サリーは一通の依頼書をよこしてきた。
「強盗を働く冒険者の始末、ですか?」
書いてあった内容は、何人かの冒険者がクエストの依頼者に対して強盗を働くというものだった。実際にクエストなどにはいかず、家などに乗り込んで金品を奪い取っていくのだという。
昔からこの手の輩は多いらしく、各地のギルドでも頭の痛い問題になっている手口なのだとか。
「始末だなんて、物騒よ。身ぐるみはいで、街中にぶら下げておけばいいわ。あとの仕事は憲兵たちがやるでしょう」
「なるほど。それで、数は?」
「さぁ。こういう手合いは腐るほどいるから。肥料にもなりはしないのに」
「では見つけ次第ということで。お引き受けしましょう」
俺が了承すると、サリーはにこりと笑う。
「えぇ、頼むわよ」
何はともあれ、この世界、この街での生活基盤と後ろ盾を手に入れることができたと思えば大当たりだろう。
それじゃ、俺のもう一つのお仕事……ギルドマスターの懐刀でもやっていくとしますか。




