第11話 宴の影で
宴の会場は町の大広間で、俺たちが手伝った事といえば宴会場のセッティングが殆どだった。
柱を立てかけたり、テーブルを運んだり、その上にシーツをかけたり。大体は力仕事なのだが、なぜか料理と食材運びに関しては一切の手伝いは無用との事だった。
料理はどこかの厨房で女たちが作っているという話で、調理する姿すら見えない。
だが、この町に来てから『女』の姿は見ていない。
(ぜってぇなんか仕込んでる)
怪しさ満点だ。
こうやって手伝いをしているのもいいが、そろそろ裏側を覗いておきたい。
「あの、すみません」
俺はテーブルを並べ終えると、現場の指示を出している男の下へとやってきた。
「椅子が足りないみたいで、どこからか借りてこいと言われたのですが……」
因みに、これは嘘だ。
だがあり得る内容でもある。
「なに? うーむ、確かに人が増えたからな……港の倉庫に古い椅子なり箱なりがあるはずだ。事情を話せば貸してくれるだろう。なんせ今日はめでたい日だからな」
「わかりました」
こうして俺は広場から抜け出す口実を作り出した。
現在、住民の殆どは広場で準備をしている。広場以外は不気味なほどに静かで暗い。
(まさかと思うが、門番も持ち場を離れているんじゃないだろうな。いや、それより……あの数の兵士たちはどこにいる。住民が鎧を着こんでいる可能性も高いが、あれは統率の取れた軍隊みたいだった)
俺は真っすぐ港へは向かわずに、建物の影に隠れるようにして町の様子を探る。
最終的に港へは向かうが、ちょっと寄り道だ。町の生活環境を探るだけでも収穫はありそうだしな。
(とは言うものの……なんだこの町。生活感がなさすぎないか)
この世界の衛生環境が一体どういうレベルなのかはまだわからないが、ハーバリーは意外と清潔だった。
しかしカルロベはどうにも埃っぽいのだ。住民が一斉に動き始めたからというのもあるだろうが。
(窓の汚れや積もった埃を見るに掃除はしてなさそうだな。まぁ掃除に関しては俺もそうなんだが……)
暗くて見辛いが俺は窓から一軒の家を覗いてみた。
そこに広がっていたのは散らかり、ごみが散乱した部屋だった。
俺は隣の家も覗いてみる。すると、そこも程度の差はあれどごみが散乱していた。
(……この町が特別、ぐうたらしてるわけじゃないよな)
港の漁師たちの小屋はそこそこ綺麗だった。
それに広場もだ。
(町の人間が目にする場所だけは綺麗にしている? うーむ、それもそれでおかしい話だが。というか、料理はどこだ。どこでやってる)
港の方角に進む限り、料理をしていそうな場所は見当たらない。
となると反対側に回り込む必要があるが……
(町長の屋敷か)
目立つほど大きいわけじゃないが、他の家に比べて多少は豪華な作りとなっているのが町長の屋敷だ。
(あそこは最後に回すとしてだが……町なら一つぐらいはあるだろ。飯屋が)
その後も、時折現れる住民から身を隠しつつ、俺は町を進んでいった。暗闇が多いおかげか案外ばれないものだ。
そうこうしていると、俺はやっと目当ての建物を見つけた。看板が外れかかっているが、ナイフとフォークのマークが刻まれたいかにも料理屋でございという建物だ。
(鍵はかかってないか……人がいる様子もなし)
扉をゆっくりと開ける。するとむわっと生臭いニオイが広がってきた。
(うぇ、なんだこれ。生ごみのニオイか?)
すっぱいニオイにヘドロが混ざったような感じだ。我慢しつつ俺は店の中へと進入する。
やはり店内も荒れ放題だった。割れた瓶が転がっているし、食器もあちこちに破片をぶちまけている。
(半年近くは手入れしてないって感じだな)
店の奥、倉庫だと思われる区画に入る。
「……全部、腐ってるな」
野菜や肉が放置されていた。異臭の原因はこれだ。
「嫌な予感がしてきたぞ」
これで間違いない。ここの住民は、飯を食っていない。
そもそもまともに生活していない。
(もう少し調べたいが、そろそろ戻らないと怪しまれるか……)
気にはなるが、ここは中断するべきだ。
俺は港へと走る。
(……ニオイ、ついてるかもしれないな)
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俺が広場に戻る頃にはいつの間にかテーブルの上には豪華な料理が並んでいた。どれも魚介類だ。
港町なのだからそれは当然といえば当然なんだろうけども。
「遅かったな」
指示をしていた男が俺を見つけたのか、そういってくる。
「すみません。ちょっと、漁師さんたちが怖くて……その、海の男は気が荒いからって母さんが……」
「そうか。まぁ、いい。それより、もうじき宴が始まる。奥様が来られるのだから、粗相のないように。客人たちはあっちの席だ」
男が指さす方向はどういうわけか広場の中央だ。そこには既に出稼ぎ組が座っている。
(取り囲んでるなぁ……逃がさないって感じ?)
席の配置を見る限り、それは間違いない。
(んで、女の影はなし……と)
やはり、女たちの姿はなかった。
(ろくな事じゃないのはわかるな)
俺は言われた通り席に向かう。少年やおっちゃんたちは宴の始まりをまだかまだかと待ち望んでいる様子だ。
俺によく話しかけてきた少年も同じ感じだ。
「楽しみだね。ここは良いところかもしれない」
「アーハイ、ソウデスネ」
「ん? 君、ちょっと変なニオイしないかい?」
「えーと、港の方に行ってたので、魚のニオイかな?」
「そうか。まぁ漁師になるんだったらそのニオイは慣れないといけないか」
こいつ、いい奴だな。何とか助けてやりたいが……。
そのうちに広場が騒がしくなる。誰かが「奥様だ!」と叫ぶとなぜか熱狂的な歓声が響く。
(あれが、奥様か)
広場に設置されたステージ。そこには町長夫妻の為の準備がしてあるのだ。
ステージに上がっていく一組の男女。一人は小太りの身長の小さい男だ。見るからに偉い人って感じ。
その隣に付き添うのは……白い、透き通るような肌をした銀髪の女だった。
お腹が少し膨らんでいるところを見ると、妊娠しているのは本当のようだが?
(人間じゃねぇなありゃ)
遠くで見てもその異質さはわかる。
あれは人間じゃない。
比較するのも失礼かもしれないが、サリーと似た雰囲気を感じる。
サリーの方がもうちょっと優しそうだがな。
「みなさん、今日は私たちの子どもの為にありがとうございます」
奥様が語りだすと周囲は静かになる。
まるで歌うような声だ。普通に会話をしているだけなのに周りの広がっていくような、声。
(常人には聞き取れない領域の音が混ざってるな……超音波か?)
奥様の声にはかすかにだが人の声とは別に響く何かがあった。
超音波の類だというのはわかるのだが、今の所、危険性はなさそうだ。
「夫との愛の結晶ともいえる我が子の誕生に際して、みなさんのご厚意に私は深く感謝をしています。そして、今日という日に訪れた方々も。この出会いに祝福を」
奥様はそう言ってワイングラスを手に取った。
おいおい、妊婦が酒って駄目だろ。
「さぁ、新たな命に乾杯を」
彼女がグラスを掲げると、周りも一斉にグラスを掲げた。
一応、俺もそれに倣う。
そして全員が一斉にグラスを呷った。
「さて、本日は嬉しい日なのですが、残念なお知らせもあります」
一気にワインを呷った奥様はグラスを置きながら、ひどく残念そうな声で言った。
「この町に、我が子を祝福しないものがいるのです……」
その瞬間、周りの空気が変わる。
「今日という神聖な日を台無しにするものがいます……臭う、臭います……」
「……」
奥様が一言発するたびに住民たちが立ち上がり、俺たちの席へと詰め寄ってくる。
なお、出稼ぎ組は意識が朦朧としているのか、全員が下をうつむいていた。
やはり、薬が盛られているようだ。
「はぁ……しかたないか」
俺は椅子を蹴飛ばしその場から逃げ出そうとする。
だが、その足を何かが掴んだ。
「ちっ……」
俺の足をつかんだのはぬるぬるとした触手だった。
どこから伸びているのかはすぐに分かった。
「どこかの回し者かしらね? でも残念。私、鼻が良いの」
奥様はにっこりと笑みを浮かべている。
そんな彼女のドレスのスカートは異様に盛り上がっていて、下からは無数の触手が伸びていた。
俺は何とか触手を振り払い、逃げる。
なぜか簡単に包囲網から抜け出せた。俺は大通りに逃げ込む。
「残念だわ。あなた、好みの顔だったのに」
その瞬間、ドスという音と共に俺の頭を矢が貫通していた。
奥様のあざ笑うかのような言葉を最後に、俺の意識は、途絶えて……
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「っと、なんだあの町」
俺は森の木々に隠れて、カルロベの町を外から眺めていた。
俺は、一歩たりともカルロベには進入していない。
だが、あの町で起こった出来事は全て見て、感じている。
「便利だな、この忍法」
忍法・操り人。町で活動していたのは俺ではなく、いわゆる式神と呼ばれるものだ。これは忍法というよりは陰陽術になるのだが、どういうわけか巻物に記されていた。
人形に切った紙に適切な呪い言葉を書き込み、神通力を送り込む事でかりそめの肉体を作り出すものだ。この人形とは意識を繋げる事で見聞きしたものを共有できる。
難点としては戦闘力は皆無といった所だろう。ある種の幻覚作用もあり、死体としてその場に残す事も可能だ。ただし時間経過で自然消滅するし、見破られる可能性もゼロではない。
「さて、取り敢えず報告だな」
町に残った出稼ぎ組の事は気になるが、すまない、許せ。
俺はサリーへの報告の準備を進めた。




