表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第7話


坂巻とカシュの会談が始まった同時刻のレストラン店内。

店を締め切り、警護のために下っ端の黒服たちが待機している店内は、何とも言えない雰囲気に包まれていた。

ボスの警護をする時はいつもそうだ。

彼からは、『相手は坂巻だ。どうせ敵襲など来ないのだからお前達も何か食っていていいぞ』などとは言われたが、飯など食えるはずがない。

対談の結果、相手が死体になった時にそれを片付けるのは自分たちの役目だからだ。

もしその時、機嫌を悪くしたボスの前で嘔吐、なんて真似したら、片付ける死体が一つ増える事になる。

だから普段、このような場に臨む際には下っ端は皆、胃を空にしてくるのだが、何せ今日の会談は今日の昼に決定したことだ。誰も準備などできていない。


「ヘッ、あのヤポーニッツ(日本人)が変に生還しやがるからこんな羽目になるんだ。お陰で昼下がりからの予定が全部パーだよ」


店内は、そんな内容のぼやきで溢れていた。


「ああ、全くだ……大体なんだ、あんなガキ連れて。日本人はそういう嗜好の奴が多いとは聞くが、まさか」

「おいおい冗談きついぜ! まあ、だが……」


突然の客に抱く感情は様々であったが、感想は一致していた。


「ボスとの会談なんて、あれも気の毒だねぇ」

















「うん、おいしい! これ何て魚?」

「それはオームリさ。ここの魚は美味いぞ。湖で釣ったものをそのまま調理しているからね」

「へぇ〜」

「……」


次々と運ばれてくる料理に舌鼓をうつシェリに、楽しそうに料理の説明をするカシュ。

そしてイライラしながら紅茶を啜る俺、坂巻。

緊張をほぐす為、とカシュが勝手に頼んだ料理は大いにその役割を果たしたが、これでは話が一向に進まない。

「なあボス」

「友人を役職で呼ぶ奴がいるかね。カシュと呼びたまえ」

「友人じゃないが、まあそれはいい……で、俺は何を話せばいいんだ? まさかお食事会がしたかった訳じゃないだろ?」

「何を話せばいい、か」


カシュが思案するような表情でグラスに注がれたワインを飲み干すと数秒後、口を開いた。


「君は、あの仕事に従事していた人数が、何人か知っているかね?」

「知らないな。『プレス機に身体を挟まれたくなきゃ部隊に同行して施設内のパネルを弄れ』と言われただけだからな、俺は」

「そう言えばそうだったな……まあ、人数は大体110人だ。その内の大体は借金まみれ、クスリまみれのチンピラだから、実質的な損失は君の同行した部隊一つともう一つなのだ……が」

「部隊の損失の責任を俺たちに取れと?」

「ふん、そんなマヌケな事は言わんよ……ただ、追加の仕事を頼みたいだけだ」

「なにぃ?」


俺に合わせていた視線を、シェリの方に向けて嫌な笑みを浮かべる。ああ嫌な笑みだ。俺がシェリと同じ力を持っていたら、こんな奴などさっさと挽肉にした後、鳥になって日本に帰るのに。


「そう怖い顔をするなよ。今にも懐の銃を取り出しそうじゃあないか」

「あんたの話す内容によっては、そうしたっていいが⁉︎」


椅子を蹴って立ち上がった瞬間、その場に漂っていた微量の殺気が一気に増幅され、俺に叩きつけられる。あの用心棒だ。

その黄色の眼に魔力が籠っているのが、才能の乏しい俺にも理解できた。

一瞬生まれた混乱を押さえつけ、冷静になる。今ここで銃を抜いて突きつけ、対立の意思を示すのは容易い。だが、今この場にはシェリがいる。

横を見やれば、すでにこちらもナイフとフォークを握り締め、やる気満々といった感じだ。これ以上の刺激を生み、ここで戦闘など勃発でもすれば全てが終わる。

諦めて、自分で蹴った椅子に腰を下ろした。


「仕事の中身を、聞いてもらえるかな?」

「聞くだけだかな」

「おいおい、マフィアの仕事内容を聞くだけ、といく訳ないだろう?」

「なら俺たちは今すぐ出ていくだけだ。元よりそのつもりだった!」

「……まあ、いいだろう。では聞くだけ聞きたまえ。知っての通り、私は今は亡きイタリア出身でね。そんな他所者の私が今、こうして政府にすら影響力を持つ人間となったのは」

「魔嵐で目の上のタンコブだった古参どもが、皆くたばったからだ」

「そう、その通り。私は神など信じないが、あれは流石に啓示か何かと思ったね。だが勿論、そんな私を快く思わない連中もいる。寝首を掻こうとする連中もな」

「……何が言いたい。あんたの話は結論が見えねぇ」

「いや何、そういう理由なのだよ。『戒式魔導』の実験体を手に入れようとしたのはな……まさか、こんな可愛いお嬢さんとは思わなかったがね」

「ん、ん?」


唐突に頭を撫でられ、驚くシェリを見ながら、俺は紅茶を啜る。

言っていること自体は理に適っているし、意味も理解できた。要するに、この男は常に力を誇示しなければ、あっという間に玉座から転げ落ちてしまう身ということだ。

だが、兵隊を得る為に兵隊を失ったのではマヌケもいいところだ。


「で、結局兵隊の抜けた穴をこいつで埋めようって話か? 馬鹿馬鹿しい……」

「そうではない。兵隊ならまだ沢山いる。私が外部に示したいのは『新たな戦力を得た』という事だよ」

「ならシェリを連れてどこか襲撃してこいとでも?」

「まあ、そうだな」

「論外だ。俺が何の為にこの子と行動してると思う?」


シェリがピクリと反応するが、俺は構わず続ける。


「俺はな、元々技師だった。周囲からは天才だって言われ期待されてたし、俺もそのつもりだった。魔嵐が発生した後だって、政府からだって依頼は来てたさ。新兵器の開発に協力しろとな。だが俺は断った! 犠牲になるのはこんな子供たちだって知らされていたからだ‼︎ こんな非力な子供を苦しめ利用して、何が国家だ! 何がマフィアだ! 何が大人だ‼︎ ……話にならん、行くぞシェリ」

「…………!」


俺は先程から黙ったままのシェリの手を引っ張り、今度こそ部屋を後にしようとする。

が、微笑みこそ消えたがカシュの態度は崩れない。


「いや何、すまなかったな。君の信念を侮辱する様な提案をして」

「お前の謝罪など必要ない。お前とは、もうこれっきりだ」

「ロシアからは出られんぞ」

「‼︎」

「その反応だと、私の読みは当たっているようだな……大方、中韓辺りに移動してそこから日本へ飛び、行方を眩まそうとでも思ったかね?」


図星だ。何も言い返せない。

苦虫を噛み潰したような顔をしているであろう俺を見て、カシュは満足げに頷き言葉を続ける。


「部下に探らせていたが、どうやら国境線沿いに政府直属の特殊部隊が配備されている。

今移動する事になれば、間違いなく包囲網に引っかかる事になる。かといって今の様子だとロシア全土に諜報員をばら撒かれるのも時間の問題、長期間潜伏している訳にもいかない……が、一つだけ方法がある」

「……何だ」

「私の保有する軍事輸送機、だ。政府には所有している事実さえ知られていない。あれならば奴等の目を欺く事もできるだろう」


これ程自分の無力さを痛感した事は無かった。今ここで無様に立ち尽くす男は、子供を荒事に巻き込みたくないなどとほざいているものの、その子供を守る力はおろか、己の身すら十分に守れないのだ。


「君がこのままその子を連れ部屋から出るも良し、君の信念を曲げるも良しだ。友である君の選択を尊重する事にしよう……」


俺は堕落した。だが、それは俺の選んだ道だった。俺は人生の岐路に立たされた時、普遍的な栄光ではなく己の高潔さを選んだのだ。

だが、今となってはそれはただの独りよがりでしかなかった。

シェリを。守るべき者を守る為に全てを捨てなければならなかった。

であれば、そうする。しなければならないなら。


「俺は」

「ーーーーーーーーやるよ」


口を開いたのは、シェリだった。

いつのまにかナイフとフォークを置き、剣呑な表情で佇んでいるその様は、正しく兵器だ。さしものカシュさえ、軽口を叩けないでいる。


「シェ、シェリ?」

「ほう……?」

「その襲撃? 頼むのはサカマキじゃなくて私でしょ? やるわよ。その代わり、ちゃんと軍用機?っていうの? 私たちに貸してね」

「……クク、いいだろうお嬢さん」

「おい、ちょっと待っ」

「サカマキは黙ってて」


数分前とは打って変わって強烈な意思を湛えた双眸に、動揺したままの俺の心は貫かれ、何も言うことが出来ない。


「では、仕事の説明に入ろうか」


それからの会話は俺の頭に入って来なかった。

何故、シェリは急にあんな事を言い出したのか? その唯一つの疑問だけが、俺の頭を支配していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ