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契約

俺が目を覚ますと、そこは地獄だった。

俺の視界に映るものは全て灰で構成されており、燃えた人工物独特の匂いと肉が焼ける匂いが混ざり合って立ち昇る様は、まさに死後の世界と言える。降り注ぐ雪は

脳を蝕まれるような感覚に襲われ、自分が今生きているのか死んでいるのか分からない。

今すぐにでもこの不快感を吐き出して走り去りたかったが、それはできなかった。

何故なら。


「……クソ、そんなに、見つめんな」


忘れたくても忘れようのない、邪悪な笑みを湛えた全長20mもあろうかという鋼鉄の怪物。

俺が意識を取り戻したその時からずっと、俺に覆い被さるように佇む白銀のそれは、俺を逃すまいとするかのように、巨大な両腕を地面に突き立て俺を見据え続けているのだ。


『ねぇ、驚いたかな?』


気絶する前によく聞いた声がまた聞こえた。

今度の発信源は、この怪物だ。今更分かりきったことだが。

こちらから話す事はもう無かったが、相手は返答を求めているようだった。


「……君の狙いは、関係者全てを消す事だったんだな」

『そうだよ』


即答だ。計画通りに事が運んでよほど嬉しかったのだろう。施設ごと吹っ飛ばした事から考えると、俺たち侵入者だけじゃない。奴に関わった全ての者を消し飛ばすつもりだったのだ。

無茶苦茶すぎる。目的も動機も何も分からない。だが現にここに生者はいないのだ、それが真実だ。


「俺をどうするつもりだ! 何故俺だけ五体満足なんだ⁉︎ 殺すつもりか⁉︎ 実験体に手を出した恨みか何かか⁉︎」

「そんな事はしないよ」


今度は背後から声がした。振り向くとそこには、


「はいこれ、大事なものでしょ」


俺の鞄を抱えた少女が一人、ポツンと立っていた。

風になびく銀色の髪も、宝石のように無機質に輝く大きな瞳も、その端正な顔立ちも文句無しに美しい。

だが、俺の目を引いたのはそこではない。


「機械……なのか、その身体」


鞄を抱えるその右手は、紛れもなく金属で構成されていた。それだけではない、よく見れば下半身も胴体も、全て機械ではないか。

嫌という程脳に染み付いた声を発するこの子こそ、この地獄の創造主ということか。

そう考えると、この可愛らしいのは獲物を油断させるための餌で、本体はあちらではないのか?と、頭上の怪物の巨躯を仰ぎ見て俺は思った。


「何故これを俺に返す? 殺すつもりじゃないのか」

「殺さないよ」

「なら何を?」


中を開くと、資料もPCも無事だった。俺が気を失う前に掠め取ったのだろう、どうやってかは分からないが。


「ええとね、その」


まるで初めて告白に臨む女子のようなあどけない表情だが、俺から言わせれば全く似合わなかった。この怪物にはもっと邪悪な笑みが似合う。


「助けてくれないかなぁ、って」

「……?」

「だから、ちょっと助けてほしいの、ちょっとだけ」


吹き荒れる風に髪をなびかせ、可愛らしい仕草で頼みごとをする様は、まさに純真無垢な少女だ。だが俺はこいつの狡猾さを知っている。こいつは、この状況において俺が頼みを断る選択肢などない事を理解した上で言っている。何とも憎たらしい奴だ。

ならばいいだろう、乗ってやる。生憎、中身の知らされぬ仕事には慣れた。


「……いいだろう、要件は?」

「住むところちょーだい」

「……分かりやすい事で」

「衣食住足りて礼節を知るって言うでしょ? 最優先事項だよ」

「誰からそんな言葉を教わったんだ?」

「施設の人たち」

「……殺したのか?」

「うん、殺したよ。大体皆殺した」


少女は平然と。それでいてこれまでに無い程はっきりと言い切った。

それは彼女なりの覚悟を感じさせるには十分すぎる程の重みを持っていた。


「……何故だ」

「施設の人はね、私に色々教えてくれた。一杯話しかけてくれたし、頭も撫でてくれたしハグもしてくれた。けどね」


気づけば少女の無機質な眼には、微かな光が宿っていた。液体は流さなかったが、それは泣いているようでもあった。


「それよりもっと、もーっと一杯、あの人たちは私たちに酷い事したよ。腕を取られたよ、足も取られたよ。頭の中いっぱい弄られたよ。皆みーんな壊れたよ。だから」

「……」

「殺したよ。私の全部を込めて」


俺はどうやら失念していたようだ。この子は怪物などではなかった。ただの少女だ。この狂った世界の中で、完全に狂いきることのできなかった人間の一人。


「…………分かった」


俺は立ち上がった。頼みを引き受けると言った以上、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。


「とりあえず、ここからは離れたいな……」

「! それなら、私できるよ! 行きたい方教えて!」


打って変わって嬉しそうな声で自己主張を始める少女。

何をするつもりか分からんが、どうせ車も吹き飛んだのだ、徒歩でシベリアを闊歩する訳にもいくまい。任せるしかないか。

大人しくスマートフォンで地図を確認する事にした。


「えーっと、ここがシベリアのこの辺だから、イルクーツクが大体あっちか……うん、大体あっちか、あっちだわあっち」

「はいはーい」


方角を指で示したその瞬間、俺の身体を鋼鉄が持ち上げた。


「なっ⁉︎」

「ふふふふふふふふふふふふふ」


嫌な笑いと共に鋼鉄はどんどん変形を進めて、遂には3mもあろうかという強靭な四肢を持つ怪物となった。

これが『戒式魔導』か。成る程確かにこれは少女の創造物だ、関節や装甲の形状には頭上のアレと似通った部分がある。何より強烈な笑みが刻まれたこの顔だ、気味が悪い。


「どう? トラっていうのかしらこれ……よいしょっと」


少女もまた背に飛び乗ると、明るい笑みを浮かべた。施設に閉じ込められていたのが余程鬱屈だったと見える。


「じゃ、『止まって』って言うまで走るからよろしくね」

「あ、ああ……そういえば、名前言ってなかったな。俺は、坂巻。坂巻功児だ」

「坂巻、功児……サカマキ……うん、サカマキ。私はね、シェリ。シェリ・アムドレス」


少し頰を朱に染め、噛みしめるように「サカマキ」と何度も呟く少女は、鋼鉄の獣に手をピタリとくっつけると、獣は青く輝き、装甲の隙間から波動を噴出させる。


「じゃ、行くよ‼︎」


俺はこの時、気づいていなかった。こんなブッ飛んだ力を持つ少女の疾走が生半可なものではないことに。

周囲の全てが流線と化した頃には、もう遅かった。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ止めて止めて止めて止めて‼︎」


その夜、イルクーツクの住人たちは「雷を纏うトラ」を見たとの事だが、気を失っていた俺には関係のない話だった。

これからは二日に一話のペースで投稿していこうと思いますので、よろしくお願いします。

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