おっぱい
「頼む!一度でいいからおっぱいを触らせてくれ!!」
問答無用に蹴りが飛んでくる。僕は見事にスリップダウンした。
「いてーな!何も蹴ることはないだろーが。」
起き上がりながら、彼女を諫める。
「はぁ!!?蹴ってくれたことに感謝しなさいよ。普通の女の子だったら、暴言の一つでも言って、帰っちゃうよ。馬鹿じゃない!」
「俺にとって香奈は『普通の女の子』じゃないよ。特別だよ。付き合ってるんだしさ。」
「そういうこと言ってんじゃないでしょ。もうバカ……。バーカ!!!」
香奈が顔を赤くした。そんなに怒っているのだろうか…?
僕は、高校2年生だ。彼女の香奈とは、3か月前に付き合い始めた。僕にとっては、はじめての彼女であり、香奈にとっても僕が初めての彼氏だ。
最近やっと下の名前で呼び合うことに抵抗がなくなってきた。先月ファーストキスも済ませた。
もっとも、キスについてはまだ勉強中である。
「なあ、ちょっとでいいからおっぱい触らせてよ。俺のこと嫌いなのか?」
「まだ言うか!嫌いとかじゃなくて、物事には順序ってもんがあるでしょうが。」
なるほど。彼女にとってその順序がまだ来ていないらしい。僕はすでに準備万端なのだが。
結局、その日はおっぱいにありつけることはなかった。
別れ際に香奈が
「あんた体目当てで付き合ってるんじゃないでしょうね?」
と聞いてきた。僕は、素直な気持ちをぶつけた。
「香奈目当てで付き合ってるに決まってるじゃん。全部好きだもん。」
香奈は再び顔を赤らめる。よっぽど怒ったのか、僕に罵声を浴びせてきた。乙女心は難しい。
僕は、家についてからも悶々とした感情に悩まされた。おっぱいが触りたい。おっぱいが触りたいのだ。
なぜ、香奈は僕がこんなにもおっぱいが触りたいのに拒否したのだろうか。僕だったら、好きな子に体を触られたら嬉しい。肩に手を置かれたりするだけでも嬉しい。それが好きな子であったり、かわいい子であれば、なお嬉しい。香奈は僕とキスするときに嫌がる様子は見せない。つまり僕のことは好きなはずである。
となると、彼女の中で重要なのが「物事の順序」というものなのであろう。「物事の順序」は、彼女の中では、彼氏である僕よりも重要な要素なのであろう。
この、課題に向き合うには、「乙女心」について理解を深める必要がありそうだ。交際歴3か月、乙女心検定3級の僕は、理解度が足りないことは明白である。
だから、僕は、新たな課題に向き合うことに決めた。
「なぜ僕は、おっぱいが触りたのか?」
おっぱいを触ることが嫌いな男はいないだろう。好みの女性のおっぱいであればカップ数や形などは関係なしに触りたいと考えるだろう。おっぱいとは、男のロマンである。だが、なぜおっぱいはこれほどまでのロマンを有するのであろうか。巷で聞いた話によるとおっぱいと二の腕の感触は同じであるらしい。
だが、おっぱいは触りたいが、二の腕を触りたいわけではない。つまり、その感触そのものに価値を感じているわけではない。では、形にこそおっぱいの本質があるのか。いや、ナンパ師とかになれば、好みのおっぱいの形は、あるかもしれないが、僕は童貞であるから、形の好みなどあるはずがない。
時計を見ると、深夜1時。早く寝なければいけないのだが、この課題に答えを出さなければ眠ることができない。携帯を見ると、香奈からのお休みメールが届いていた。男勝りな香奈の女子女子した文面が僕は大好きである。付き合わなければ、こんな一面を知ることはなかったのだと思うと、幸福感に包まれる。
その時、僕は課題に対する答えにたどり着いた。
「何あくびしてるのよ。そんなに私といるのがつまらないわけ?」
香奈と登校中である。
「違うよ。昨日考え事してたから、寝るの遅くなってさ。」
「あら、珍しい。何を考えてたの?」
「おっぱいのこと。」
また蹴りが飛んできた。僕はもちろんスリップダウンした。
「ちょっと待って!ちゃんと話し終わるまで蹴らないで!」
「辞世の句になるかもしれないよ?」
「俺処刑されんの?」
「うん。場合によってはね。」
「まあいいや。とにかく聞いてくれ。おっぱいにはロマンがある。だから、俺は、おっぱいを触りたかったんだよね。ロマンの正体についても考えた。そしたら、ロマンの正体に気づいたんだ。」
「へー。ほんと馬鹿だね。その正体とやらは何だったわけ?」
「香奈だよ。」
「は!?何言ってんの?」
「女の人っておっぱい誰にでも触らせたりしないじゃん。なかなか触れるものじゃないから、触りたいと思うし、ロマンが生まれるんだよ。俺は香奈のおっぱいを触りたいんだ。」
「いや、触らせないよ!?」
「うん。わかってる。『物事には順序』があるから仕方ない。俺さ、香奈とメールするのとか、一緒に登下校したり、デートしたりするの好きなんだ。」
「な、なに急に!?」
「お前ってさ、普段男勝りなくせしてたまにめっちゃ可愛くなるじゃん?そういうとこって彼氏になったから見ることができるんだなって気づいたんだ。」
「おっぱいも要は、そういうことなんだなって。他の人には見せない一面って面では一緒なんだよな。だから、俺が、香奈ん中で、おっぱいを触らせていい相手になったら触れせてくれればいいやって思ったんだ。」
「朝から何言ってんのよ。ほんと調子狂うわ。」
香奈が、また顔を赤くした。たぶん怒ってるわけじゃない。
「香奈、一つお願いしていい?」
「おっぱいは触らせないよ?」
「違うって、キスして欲しいんだ。」
午前8時15分。おっぱいとの距離不明、香奈との距離一歩前進。




