92話
「あれー、しょーちゃん帰るの早いっすな。買い物してから帰るんじゃなかったん?」
「――買い物はナシ、ついでに夕飯もなし!」
「はいはい、なしねー……はぁ?! 夕飯ないの? 私の、金曜カレーはっ?!」
「米は炊いてあるし、レトルトの海軍系カレー買ってあるからそれで勘弁してくれ――じゃ!」
やり取りも投げやりで、帰宅するとすぐに部屋へと向かう。
コンビニの近くにある薬局で買った最低限の食品類をテーブルに投げおいて姉に理を入れて、昌司は足早に上階へと向かった。
「……じゃ! じゃないよまったく忙しない。……青春ってやつはこれだから。
っとと、カレーの準備しなくちゃあーい。
電子レンジで集中放射~私のカレーは超ホット~インスタンスに、さん・ふん・かん、ラジオをインして待ってみてーの、あーっという間にクールな分子はイチコロよ~……んお、なになに、『来週末は台風』……えー。来るのかぁ」
ラジオを聴きながら、珍妙な歌詞で鼻歌交じりに電子レンジを操作する姉の声を聴き届けて、納得してくれたことに感謝しながらも階段半ばで止めた足を再び動かし部屋に向かう。
PCの電源を入れて、ついでに携帯端末ではアプリケーションも起動。
アプリはあらかじめ準備してあったのでその画面上に目をやると、やはり先程の表示は見間違いではないことを確信する。
……先に見た文言の通知テロップはもちろんある。昌司は部分部分で表記の乱れた状態で、その範囲がどの程度のモノなのかを流し見で確認していく。
「個人の情報に関与しない部分……所持品一覧や装備品、スキルツリーの項目など以外、例えば設定解説を閲覧できる『ギャラリー』や世界観を補う『TIPS』なんかはほとんど影響されてるな。
他にもNPCの情報なんかもそうか――っと、もう準備できてるみたいだけど……お、先輩も帰宅したかな」
立ち上がったPCのデスクトップを操作してチャットツールを起動すると、既に紫歩先輩のアカウントはログイン状態のアイコンに切り替わっていることに気付く。
ひとまずはテキストで「準備が出来たら教えてください、こちらから掛けます」とだけ打ち込んで、同時に他のプレイヤー……【アイオーン】さんと【ムラマサ】さんにも同様の連絡を入れておく。
【アイオーン】さんも【ムラマサ】さんも、ログインはしているらしいものの、アイコンは『離席中』の表示のままだが、連絡するだけなら構わないだろう。
――卓上の時計を見れば、デジタル表記は18時より少し前を示している。
テストプレイの開放時間までは二時間ほどある、あるのだけれど……正直な話、焦りはあるもののどうしていいのかは、昌司自身わかっていなかった。
「プレイヤーが操作するエネミー……【ネフィリム】、か」
――寄り道を切り上げて帰宅することを決めた昌司と紫歩は、帰り着き次第ボイスチャットを起動するよう示し合わせて解散した。通話の準備が整うまでのわずかな時間に調べることもした。
……ハルトマンに、連絡もした。
「返事はない、か……っと、通話の準備も出来たみたいだな」
呟く声へと相槌を打つかのように、テキストチャットに「準備できたよ」と紫歩先輩から連絡が飛んできたので、とりあえずはマイク付きのイヤホンで応対するべくイヤホンジャックをPCへと差し込んで通話のコールを掛けた。数回のコール音の内に、接続になる。
「『あー、テステス。やっほー、さっきぶり。聞こえてるー?』」
「聞こえてるよ先輩。【アイオーン】さんと【ムラマサ】さんにも連絡しておいたから、多分時間が出来たら返事はくれると思うよ」
「『りょーかい。問題なさそうだねー。早速だけど一つ聞いてもいい?』」
「……何を?」
「そんなに身構えるようなことじゃないと思うんだけど」と前置きをしてくるのに対して頷き返すこともなく黙っていると……先輩はやや気まずいといった雰囲気で話を続けた。
「『えっと、ハルトマンさんのことなんだけどさ。彼女、この『エギアダルド』のオーナーなんだよね?』」
「確かにアイツは、『エギアダルド』のオーナーだよ。
……つっても、一人で作ってるってわけじゃないらしいけど」
「『彼女って、普段どんな人だった?』」
「なんでまた……」
「『なんとなく。しょーちゃんの印象でいいから教えてくれない?』」
「そうだなぁ……とにかく『創作作品が好き』、って感じかね。ゲームとか、小説とか、映画とか……とにかくジャンルの垣根なくいろんな物語に興味を持ってる。
――とりわけ、ファンタジーものにはかなり思い入れがあるみたいだったな」
「『あんまり詳しくはないからちょっと聞きたいんだけど、今回みたいな展開の作品ってある?』」
「んー、あるっちゃあるし、全く同じって言われるとそうでもないし……?」
「『……そっか』」
「いや、『そっか』で意味ありげに納得されても、こっちは全然理解できてないんだか?」
「『そんな大したことじゃないってばー。
……でも、一度ちゃんと――それこそメールとかじゃなくちゃんと顔を見て話した方がいいと思う、かな』」
「……なんだそりゃ」と答えたかったのに、喉から出る言葉はなかった。
――思い返してみれば、あれほど話で盛り上がっていたのが嘘だったかのように……この一週間全く話をしていない。
そこに来て高泉から耳にした、体調不良、何かの病気、検査入院。
不安じゃないとは、とてもじゃないが言えなかった。
でも、不安だとも、言えなかった。
――会って話す。何を?
どうせゲームの話だろう。
……本当に?
「『――ま、そんなことよりですよしょーちゃん。
【アイオーン】さんたちもログインして準備できたみたいなので、通話に追加していいですかねー?』」
「あ、ああ。任せた」
「『任された~』」
先輩の声に没頭しかけた感情の陰りから引き戻されて、昌司は呼吸を忘れていたかのようにはたと現実に引き戻されて慌てふためく。
幸いにも先輩には悟られなかったようで、通話に参加してくる二人を待ちながら、メモ帳を取り出して思いついたことを書きなぐる。
――内容、『どうするか』、『目標』、『行動』、『対策』。
項目ごとに区切って書きとめていきながら、釈然としない自分の気持ちを振り払って今後のことに思考を割いていった。
誤植や修正の時間を設けたいところなのですが、なかなか時間が取れない……
などと言っていると区切りの良いところというのが見えてこないので、この回で一旦三日間ほど更新を空けたいと思います。
修正・改訂した部分の詳細につきましては、後日活動報告にてお知らせいたします。
ここ最近は毎日の更新が出来ない日もあり心苦しいところですが、来週から再開予定としますので、お待ちいただければ幸いです。




