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Elder Gear Online  作者: 御堂 竜座
90/94

90話




「――キミはあれだね、手遅れになっても諦めない手合いだ」





 一週間、一か月、一年。

 日数にすると七日間と、約三十日間と、三百と六十五日。



「キミの心配している少女……生徒はね、特別に何か事情があってここ数日学校に顔を出してはいない、というわけではないみたいだよ」



 それらが一日の積み重ねであることは変わらなくて、それでも一日のすべてが全く同じということはまずあり得ない。

 ……これは長いと思うだろうか。それとも短い?



「どうも、検査入院なんだってさ。来週には出てこれるらしいけどこればっかりは保証はできない。なんせ人の体の問題だからねー」



 保健室。高泉以外、そこには誰もいなかった。

 窓は開け放たれていて、まだ初夏の兆しよりも春の涼やかな風が頬を撫でる陽気。

 吹き抜ける風に高泉は前髪を揺らしながら、窓際のベッドに腰を掛けながら話していく。



「なんの病気か知ってるのかって?

 ……そこまでは知らないけれど、体育の授業でほとんど見学するくらいには、元々あまり体が強くないって話くらいは知って……あー、昌司クン。

 キミのその顔は「そんなの知らない」って顔だろう? だめだぜ、好きな子の情報くらい、自前の両目でしっかり観察しなきゃ――ああやめてそんな人を殺せそうな目で睨まないでよ里見クン、ヤキモチかい?」



 その内容、一言一言に、昌司の苛立ちは募るばかりで。

 


「なにせキミは、万全の状態から全力を尽くしてそのうえで手遅れになっても、諦めない手合いだからね。」



 ……それでも、その苛立ちをどうしたら拭えるのか。どうにかその答えを探そうとして、けれど見つからずに数日が立ってしまって。



「そういう、諦めの悪いのは……嫌いだからかな。意地悪をしたくなったんだ。だから、その休んでいる生徒に関して、悪いけれどそれほど詳しいことは知らない。

 担任の先生なら知ってるだろうけど、それを教えてくれはしないと思うよ」




 ――人は時間の中に、意味を見出して長さを感じる。




 たとえば楽しいことはあっという間で、退屈だと長く感じたりするといった風に。



 ……あっという間に過ぎゆく時間の中でもどかしく感じ、焦るほど時間もまた、「早い」感覚の中で刻一刻と過ぎていく。



 「……それと、これは個人的に昌司クンに聞きたいことなんだけどさ。

 “会って一か月ばかりの女の子に、どうしてそんなに入れ込むんだい?”」




「どうしてかって、それが分かれば悩まない」と、普段のクラスの中で、自分から関わろうとしない昌司は、机に突っ伏したまま考える(・・・)

 数日前の出来事の中で交わした、高泉の言葉を反芻しながら考える。



「今日からリリースのアプリゲーのアーケード版、駅前の店に入るらしいぜ!」


「まじか、あれのリリースって今日だっけ!?」


「今日だよ今日。終礼終わったらさ、行かね?」


「当たり前だろ? ぜってーいく。楽しみだわー」



 ――でも守谷君は、ゲームの話なら、『おれ』以外とした方が楽しいんじゃないか?

 ――ばかいえ。ハルトマンの方が、システムから世界観にだって興味持つだろ? 

 ――そりゃあ、そうだけど。

 ――だったらいいじゃん。

 ただ娯楽として楽しむだけじゃあモノ足りねー、ゲームそのものを感じたいんだよ。だからそういう視点で見てくれる奴の方が、いい。俺は、そういうやつと話したいんだよ。


 


 ――クラスメイトの会話に、初めてゲームのことでハルトマンと会話をした時のやり取りが重なって、その時のことを思い出す。



 思い返せばその時のハルトマンは、どこか困ったような、不安そうな……クラスメイトとしての付き合いもまだ一か月ほどなのに、それが遠い昔の様にすら思えるほどで。

 ほんのわずかに不安そうな、自信のないかのような仕草をしていた。




「……」




 机に伏して、昌司は何も言わずに考える。

 それは傍から見れば寝ているようにしか見えなくて……それはただ単に考えることが多すぎるから、他のことをシャットアウトしたいだけで――



「…………はあ」



 ――終礼が始まり、やがて終わる。変える支度もせず伏せる。なおも考える。



“――会って一か月ばかりの女の子に、どうしてそんなに入れ込むんだい?”



 ハルトマンのことが気になる。それはなぜ? 答えが出ない……それとも、今の関係が楽しくて、満足しているから安易に答えを出しくないだけ?

――どうして答えを出したくない?

 ……どうしてって。その安直な答えを、青春みたいな色をした感情(ソレ)を、認めたくなくて。

 だから保健室で高泉に聞かれた時は「心配なんだよ、アイツ自身も、ゲームの進捗が滞るのも。奴のゲームの、ファンだからな」

 捲し立てるようにそう答えた、けれどそれは事実の一部で……それが全部ではないことも感じていて。




「――やっぱり、そうなのか?」

「……なにがやっぱりなの?」

「わああああああああ!?」

「うひあああああああああ?!」



 ――突然の声に昌司は驚き、驚いた昌司に紫歩もまた驚いた。

 ……幸いにも誰もいなかったのは救いだろうか。


「ちょっと、しょーちゃん。いきなり声上げたら驚くじゃない」

「いきなり生暖かい息が当たるほど耳元で囁かれたら、だれだって驚くっての!」

「いや、今日金曜だからさー。一緒に帰ろうかなと思って声を掛けたんだけど……」

「金曜……そっか、今日は《エギアダルド》の」



 言われて目を向ける黒板の横に掛けられたカレンダーの曜日は金曜日を指していて、先日の一件(おいかけっこ)から週末の《エルダーギア》、そのテストプレイの実地日プレイアブルまで、何もできないまま……何も行動をしないまま時間だけが過ぎてしまったことに、どうしてだろうか僅かに胸が痛むのを感じた。



「……今日は帰るか。

 しず姉は金曜カレーにうるさいから、仕込みもしなきゃだし買い物しなきゃならないし」

「うわあ……しず先輩らしいなぁ」 



 高校生という人生における学生生活(モラトリアム)が、ゲームだけがすべてじゃあない。ゲームも大事で、現実も大事で。


「――大事だから、かな」

「あ、ちょ、待ってよしょーちゃん!」



 ――大切なものに気付くのは意外と簡単で、それを認めることは難しい。

 認めると恥ずかしい感情は一旦『大事』と括ってから、それを心の底にしまい込んで昌司は教室を後にした。


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