8話
戦闘システムの機能を再確認するように反芻する。中々トリッキーな操作性に、個人的な満足感は得られた。繋いだままのボイスチャットでその旨を告げると、満足げにハルトマンは「それは良かった」とだけ返してくる。
「――ところで戦闘チュートリアルから即イベントクエストになってるが、もしかするとこれ、逃すともう再チャレンジ出来ないタイプなんじゃないのか?」
『あたり。その手のイベントは初日ログインに限り導入時に起きるようセッティングしてある限定イベントなんだが……それに関しては完全にお前専用のイベントになるだろうな。現状37人のプレイヤーがログインしているが、他のやつで限定まで行ってるのは……14人か。思ったより多いな』
「そういうもんか……? つーかそもそも、なんで専用なんだよ」
『そりゃあお前。初期開始地点に戦域真っ只中を選んで、視界の悪い夜の森でさ。エルフからのイベントフラグも立てたとくればだよ。初日限定のイベントで参加者は総勢37人。全くおんなじ条件の奴がいると思うか?』
時計を見れば、もう一時間と半分ほどで日付が変わることがわかる。初日限定というからには、日付を跨いだ時点でイベント発生はなくなるのだろう。そこまで条件を絞られている中で自分の開始条件と全て合致するプレイヤーは……いないだろう。
「いない、だろうな」
『そういうこと。別に贔屓ってわけじゃないから安心してくれ。
クリア報酬も、限定とはいえそこまでバランスを崩すような真似はしていないが、メインシナリオの筋書きの端に絡むくらいのご褒美はあってもいいしな』
「んだよ、レア装備やレアアイテムの報酬とかじゃないのか」
『そこまでおいしい話にしたら後続プレイヤーに恨まれ――ん? いやフレーバーとしてはありか。ちょっとした優越感にもなる。時間は……いけるな。後日報酬で割り込めば』
どうした、聞くより早く。ハルトマンは急いた様子で『用事が出来、いや、今作った。ちょっと席を外すから、また連絡する』と捲し立ててきた。
「ちょ、なんだよ急に」
『このクエスト、絶対落とすなよ。面白くしてやるから』
にべもなく通話を切られたので、ディスプレイをずらしてステータスを確認していく。
「しゃーなし。ここはいっちょ、要望に応えてクリア目指して頑張ってみるか」
「差し支えなければご助力いただきたい。無論、とてもではないが無理にとは言えぬ状況でな……」という会話文のあとに、アプリの画面上へと大きなウインドウがポップアップした。『ブラザック駐留部隊の救援』クエスト受領の画面を見つめる。
一息を置いて、「受諾」をクリックした。
* * * ◆ * * *
「まだ戦列に加われる者、加われない者で戦力を分けます。その上で傷の深いものは森を抜ける直前に残留して周囲警戒の上で防衛。怪我人の保護を任とする。移動の伝令を。
戦線に加われる怪我の浅いものは、装備を整え出立。先頭は私に、殿はノーフィスに。負傷者はお互いの歩を助け合え!」
決して大きな声というわけではない、しかし全体へと行き渡る通った声でフィオが指示を出す。
夜の襲撃においては一か所に固まり殲滅を狙われることは少ない。しかしそれは、警戒が万全である場合に限ることで、負傷の多いこの状況では悪手と考えていた。おそらくは周辺に連絡が行える加減を見て分散して、待機していたのだろう。
警戒と見張りも兼ねつつ、被害を最小限に食い止める間に体制を整える。最善と言わないまでも、統率の取れた兵の運用であれば効果は見込める手腕だった。
しかしその策は、ここで終わりを告げることとなる。
――数にして、百余りといったところだろうか。
すべての者が揃い、出立の整えをあと僅かとしたところで、ノーフィスと呼ばれた人族がフィオと共にアランのもとへと近づいてきた。
「アラン、といったか。フィオからも腕が立つと聞いた、差し支えなければご助力いただきたい。無論、とてもではないが無理にとは言えぬ状況でな……」
人族の女性、ノーフィスと呼ばれた騎士は、アランに歩み寄ると挨拶も差し置き一言に述べた。外套を羽織っていたために気付かなかったが、かなり質の良い鎧が首から下の全身を包んでいる。
戦時にはヘルムも被るのだろうか、髪は乱雑に結わいてあり、しかしその長さは解けば腰ほどにも届くだろうことが見て取れた。声もよく通る、いで立ちも美しい女性。本来の出自は、相当に良いところの出なのかもしれない。
さきほどフィオと話していた時との違いに面を食らうものの、それは頼むことの重大さを考えればこそなのだろう。
なにより、その言葉遣いなどはどうでもよいと断じてしまうほどに、ノーフィスという人物は人のいい性格をしているのだとアランは感じた。口調に関してはまだしも、その視線の先にあるのが負傷した中でもかなりの重傷を負う者たちの姿だったからだ。
「見張りに回していた者以外で、まともに戦闘を行えるものはどれほどでしょう」
「30、いや25といったところでしょう」
フィオの口にした言葉に、一層ノーフィスの表情が澱みを増す。どの程度の戦闘を行うかはわからないが、ブラザックの林河周辺で行われる戦闘を知るものとして、非常に過酷な状況であることは読み取れる。下手をすれば死にに行くだけの戦闘に「手助けをしてくれないか」などと頼むのはよほど必死か、あるいは厚顔無恥かのどちらかだ。表情からして後者でないことは火を見るよりも明らかだった。
「力添えさせていただきましょう」とアランが答えると、確実に断られると思っていたのだろうか、フィオとノーフィスの面を食らった表情になり、そこからすぐに涙交じりの笑顔に変わっていった。
「――ほんとに!? よかっ……んんっ。 感謝の恩に絶えぬ助力。感謝する」
「そう畏まらずとも、普段通りで構いません。フィオ様には代え難き恩があります。それにノーフィス殿も腕が立つように見受けられるようですが、武器は何を?」
「剣と魔法を少々。それ以外は才に恵まれなかったもので……ああ、お言葉に甘えてしまって申し訳ないけど、このままのしゃべり方で。気を悪くしたら失礼」
「構いません。剣ですか……であれば私を前衛に置いていただければと。支援や妨害効果のある呪術であれば多少は扱えますから、できれば戦力になる方と組ませていただければ僅かなりとも戦況を有利に運べるでしょう」
「では、フィオの隊列に加わってくれないかな」
「お待ちを、それではノーフィス殿の戦力を増強できないではありませんか?」
ノーフィスとアランの話を聞き届けていたフィオがそこで異議を唱えた。アランの戦力の程を知らないからこそ、それはよくない手だと考えたのだろう。しかしその提案は、困った表情のノーフィスの言葉によって遮られた。
「フィオ、私の魔法は火力各個殲滅には向いてないんだよ。その点、フィオの支援に回ってもらえれば私は集中できる。戦力の補強にも一助になる。万々歳でしょ?」
「しかしですね……」
「いざとなれば、撤退するだけなら魔法でなんとかできるし。フィオの方が心配だから、せっかくなんだし強い人の腕に守ってもらえー」
「守るって、そんな、ああ、ノーフィス殿!」
守ってもらうという言葉に対して狼狽えるフィオをよそに、ノーフィスは「出立の支度を済ませる」と残して足早にその場を去った。思うところもあったのだろう、フィオもまた狼狽えた表情をひそめて、アランの方へと向き直って言った。
「ご助力に多大な感謝を。すぐに出立しますので、しばしお待ちください」
「救いましょう、必ず」
アランもまた立ち上がり、火種の残す灯りへ土を掛けて消した。
暗闇に戦拵えの音が木霊する。戦いの時が刻々と近づいていた。
ゲームのチュートリアルって、ある意味ゲームクリエイターにとっての腕の見せ所なんですよね。