79話
事前にお知らせした予定よりも大分遅れてしまい申し訳ないです。
本日より再開いたします。
* * * ◇ * * *
――23:54――
オンラインゲーム……とりわけMMORPGと分類されるログアウトは、その仕様上即座に行うことのできないものが多い。
ログアウトを選択して、そこから十秒から一分程度。それがこのジャンルのゲームで行われる基本的な待機時間だと言える。
その時間は「場所による制限」「戦闘行為の有無」「ホームかアウェイか」などの状況によって様々に変わることがあるが、【エギアダルド】の設定は一律して一分間だった。
【ログアウト】の項目を選択した時点からタイマーは進行し、一度行ったらキャンセルすることはできず再度ログインするには完全にログアウトしたあとに再ログインしなければならない。画面上ではそのカウント内に起きた出来事は画面上で表示され――昌司の場合は主観視点、パーティーメンバーの二人ならば三人称視点となる――そのままゲーム内の時間、出来事は経過する。
そこで起きたこと……例えばログアウト際を狙ったプレイヤー殺しや、モンスターの攻撃……があった場合もプレイヤーが操作することはできず、それらに対応したければ再度ログインするしかない。
――【アラン】達は各々にログアウトを行っていた。
そしてそれと入れ替わりとばかりにあらわれた【ナミネ】に驚愕し、しかしなす術はなく歯噛みするしかなかった。
ログアウト時には仮ににあったとて何の音も拾わない。
昌司はディスプレイ越し《アラン》の視線で、ナミネの口の動きをただひたすらに睨みつけた。
* * * ◆ * * *
「ガムを知ってるかなー?」
――おかしい、どうして誰も動かないのか。
レーグトニアは殺意の塊のような異質な存在を目の前にして疑問に思う。
唐突に脈略のない話題の振りに、しかし誰ひとりとして微動だにしないことがレーグトニアには殊更異常に見えた。
レーグトニアが抱く内心の混乱をよそに、「子供向けの、噛む菓子のことか」とムラマサが淡々と質問に答えた。
「そーそれ。噛んで、味が出て、でも食べられない……ああ、そこなラストエルフちゃんにも分かるように言うと……そう、『ネェルの実』みたいなものだと思ってもらえればいいかな」
無言のままのムラマサに全く目線を向けず、「ナミネちゃんは思うのですよ」と言葉を続ける。
「昔ハマった遊戯品にさ、『中古のガム』ってアイテムがあったの。
そのアイテムってば使うと回復するんだけど、理由がわからなくってねえ。
使った本人が回復した気になってるだけなのか。再加工したのか。はたまた味が残ってるのか……気になって気になってナミネちゃん夜も眠れませんでしたのです」
「普通のガム、もあるのだろう。であれば、複数回効果がある、それだけの話よ」
「そうそれ。そういう効果がある。それだけでいいのよ、本来は。
……でも人間、一度疑問に思ったことはなかなか拭えないものなのよねー」
さも意味ありげに言うが、その場の誰一人としてナミネの会話の真意は読み取れない。それを知ってか、ナミネはなおも言葉を続けていく。
「不思議に思ったことが納得できるまで、悩みは付きまとっちゃうものなのよー。
『繋がり』も同じでねー。疑問に思ったところで、ましてや答えがわかったところで納得できるものでもなければどうにかできるものでもない」
「だろうな」とムラマサが言葉にしてみると、壁際に腰を預けたナミネは嬉しそうに「そのとーり!」と相槌を打ってレーグトニアに近づいていった。
当のレーグトニアもまた、突如現れてわけのわからない話をするその人物が『ナミネ』であることへの警戒と、ついていけない状況に困惑しながらも質問をする。
「それで、『エトランジェ』と『繋がり』に何の関係があるって言うんですか? 私にはとても、その『がむ』とやらとの関わりに意味を見出せませんが」
「せっかちだなぁ。要点ばっかり聞きたがる子は男の子に嫌われちゃうぞ~?」
「貴方は、巫山戯ている場合じゃ――」
「巫山戯ているのはどっちだろねぇ。不抜けているのはどっちだろうねえぇぇえ?」
「レーグトニア殿をからかうためだけにわざわざ来たわけでもないだろう?」
レーグトニアとの間に割って入ったムラマサにナミネが腕を取られたことで、そこで初めてナミネの手が首元に迫っていたことに気づく。
ここに来て初めて、自分にどうにかできる相手ではないことに改めて自覚が芽生え、途端に心臓の音がひどく早鐘に耳を打つ感覚を覚える。
その焦りとは裏腹に、楽しげな声色で歌うように……まるで、『あらかじめ決められた文言を述べているだけ』のように、ナミネは続きを諳んじた。
「……ま、時間もないしサービスしちゃいますと、だ。
エトランジェは別の世界からの来訪者で、繋がりはその際にできた関連深いカミサマとの紐付け。
そのカミサマってもさ、別にすごい力を持ってるわけでもなければなにかの手段でこの世界に直接干渉できるわけでもない。
ただ単に、それぞれのエトランジェと繋がってるだけって設定ね」
「……エトランジェのことならまだしも、そんな話、『伝承』にもありません」
「そうそれ、それそれー。『伝承』、そういうのを求めてほしいのよー。さっさとしてよねーっても“二週間”で“計四日”……ほんの十時間にも満たないンじゃあ、無理ってもんでしょーに。まったく、【オーナー】さんてばせっかちさんだなぁー」
「【オーナー】の問題、という話でもなかろう? サッサ要件を述べよ、化生」
「おお怖い怖い。ムラマサちゃん、略してムーちゃん。怒らせちゃうといけない人って感じだねェ!」
――ムラマサが怒りをあらわにして抜刀をするやいなや、大きく距離を取って部屋の隅まで後退するナミネ。
そのままの勢いで天井隅の暗がりへと蜘蛛を散らすようにして跳ね上がると、ナミネの姿は影に溶けて消えた。
「――伝承にかまけて第一ボス《ナミネ》程度に足元すくわれないようにね~ ではではシーユー、バァイアゲイン!」
「まるでどこぞの宣伝のセリフのようなアクセントで言いうでないわ……」と呟くムラマサ。
登場からちょうど一分と、少し。意図してかはわからないが、繋がりが途切れるまでにかかる僅かな時間に合わせて、ナミネは嵐のようにレーグトニアに多くの疑念を残して去っていった。




