78話
* * * ◇ * * *
――23:18――
「『――いやぁー、キッ…………ツかった~!!
森の遭遇戦舐めてたねー……こりゃベトナムで米軍さん苦戦したのもわっかるぅ☆ってものだよ、うん』」
――砦の騒動から一時間、ほとんどを移動に費やすこととなった。
緊張感の解けたせいだろうか、昌司には【アイオーン】の声が殊更間延びして聴こえてしまう。その陽気さにつられて、思わず二人も砕けた口調で各々に打ち解けた様子で返事を返していた。
この達成感は、オンラインゲームの醍醐味だと昌司は思う。
昌司自身、これまでのゲーム歴の中でオンラインゲームのプレイ経験はそれほど多いわけではない。
それも、やったことがあると言っても古い携帯電話のアプリケーションで遊べるものをいくつかやったことがある程度。昨今の多種多様なゲームを考えれば、片鱗と言っても差し支えないくらいほんの一部だ。
……それでも達成感は、感じられた。
思い返してみれば、最後までこうして見ず知らず初対面の人と協力して何かをする、そこで「やり切った」という感想を抱くのは初めてかもしれない。
この「見ず知らず」というのが肝心で、そうでなかったならばここまで満足はしなかったに違いない。
確かに知り合いを誘ってやるのであれば気の置けない友人相手に挨拶から言葉遣いまで気にすることもない。純粋にゲームプレイを楽しめるのだろう。
でもそれは同じ人と組んで延々と繰り返す「ルーチン」に近いのだ。
――たしかに楽しくはあるが、それと達成感や満足感とはまた別物なんだ。
そう思うとやはり先ほどの不快感も踏まえて、真新しく得難い経験で……思わず頬がにやけてしまってから、傍と気づき「これがビデオチャットとかでなくてよかったな」なんて内心で自分に戒めた。
それでもにやついてしまう表情を隠せることもまた、ゲームの中だけの良さだった。
「しかし、敵を避けるため道を迂回しなきゃならなかったとはいえ随分と時間を喰ったわ……ゲーマーとして、このグダグダ感は反省モノだな」
「『しかもあのエセニンジャときたら全ッ然、戦闘に参加しないんだもん。
いつか仕返ししてやるんだから!』」
「『それねー……もうちょっと早く村まで出れてたら、少しは情報収集も出来たんだけど』」
「まあまあ。彼の偵察系スキルのおかげで比較的安全な道を選んでここまでこれたってのも事実だしさ……そこまで気にしなくてもいいんじゃないか、先輩」
「『……確かに。こればかりは時間の問題だししょうがないか。
でもほら、情報収集ならアプリの方でもできるんじゃない? プレイヤーさんも私たちだけってわけじゃわけだし』」
「『確かに。さっすが【ドラウ】っち! どこぞの聞く耳持たないおバカ犬とは大違いだ~』」
「ちぇ、都合のいいことで。
自分は『変身が~』とかいって存分に遊んでるくせに、言うに事欠いて棚上げとか。ひでぇ話もあったもんだ」
アクション一覧の中から『不満』を示す感情表現を選択すると、不服そうな様子をアランの尻尾がやや強めに上下して座っている椅子を叩く音がする。尾の骨はしなやかな動きをみせるが、同時にそれなりの固さもあるのか子気味のいいリズムで木製の椅子の座面を後ろから叩く音がくぐもって辺りに響いた。
「『あははは。まあ冗談だってば~……半分くらいは?』」
「『残りの半分が何なのか、すごく気になる……!』」
「まあ、そこまでご立腹ってわけじゃないですしそのうち痛い目見ないよう世闇は背中に気を付けてくださいね、【アイオーン】さん?」
「『ひえぇ。くわばらくわばら (*’ω’*) 』」
思いのほかふざけ気味の話に乗ってくれる【アイオーン】さんに不意を突かれて、昌司も耐えきれずに笑い声をあげる。
通話の先で、少しだけ間を置いて――堪えていたのだろうか――先輩も笑い声をあげた。
それからひとしきり他愛ない話を続けつつ、笑って満足したのか先輩は別の話題を切り出した。
「『――そういえば……少し早いけども、この後は二人はどうします?
私はアプリの方でアーカイブでも見ながらもう少しお話しできればと思ってるんですけど……』」
「こっちは時間の区切りもいいしゲームの方はログアウトしてそのままアプリで情報収集かな……つーか先輩、竜族の諺なんてよく知ってるなと思ったら、意外に勉強家なんスね。
プロフのこともあったから、ゲームの設定とかあんまり興味なさそうな印象でしたけど……」
「『う、よ、余計なお世話です! 知らないことに興味持って何が悪いっていうの、別にしょーちゃ……んんッ。【アラン】君には関係ないでしょ!?』」
「『あはははは。二人とも仲いいなぁ。いやあ。青春だねぇ。初々しい☆
それにお勉強会か~、ナイスアイデア、そういうことなら私も付き合っちゃうよー!
――と言いたいところだけど、子どもがもう寝ちゃってるからねえ。あんまりにぎやかにして起こしちゃっても良くないし、お先に切り上げようかな!』」
「【アイオーン】さんって子持ちだったんだ……!」と、昌司は叫びそうになるのをどうにか堪えて、「先輩はどうしますか?」と訊ねる。
すると、どうにも同じことを叫びそうになったのだろう狼狽えた様子で、何とか誤魔化しながら通話には付き合うけれどもゲームは切り上げる旨を述べた。
こうして話している間にもそこそこに時間が立ったのか、時計を見るといつの間にか日付の変更まで半刻を過ぎていることに気付く。
誰からというわけでもなく、パーティチャットの会話、イベント会話の進捗を問わずに解散に意識を向ける。
周辺に向けたテキストボックスに『今日は落ちます、お疲れさまでしたムラマサさん』と打ち込んで各々に送ると、ムラマサからも同じく周辺に向けたチャットに「また来週!」とだけ短く返事が来たのを見てから、それぞれがログアウトを行っていく。
程なく【アイオーン】さんはボイスチャットからも離脱していった。
* * * ◆ * * *
「……改めて、『エトランジェ』、あなた方」のことについても話した方がよさそうです。その『繋がり』というものについても」
「――来週……か。いやはや、悠長な話もあったものよな」
「……失礼、ムラマサ殿。その『来週』とは一体、何の話――」
レーグトニアは自身が話していることに関係していると考えたのか、神妙な表情で『来週』と呟くムラマサに訊ねようとして……その言葉は扉を壊す勢い……否、実際に木製とはいえ頑丈な金具で留まった玄関扉を勢いよく蹴破って破壊しながら入り込んできた……
――この場の誰もが忘れようもない少女によって遮られる。
「はっろろおおおぉうェェェぇぇぇイェブルぃぃぃわんッぬ!
――ミンナ大嫌いニアリーイコールエブリワンインザエネミーぃ、
教えて! ナぁミネちゅぁーん!! のお時間だよォ、あーゆれーでぃ?!」
――あまりにも突然、あまりにも例外、あまりに論外。
その来訪者を予見する事の出来たものは、この場にはいるはずもなかった。
先日の更新でもお伝えしたとおり、明日、明後日は更新がない可能性があります。
遅くとも日曜には再開できるかと思われます。




