77話
「どういうことなのか説明してほしいこと連発しすぎんだろ……こちとらオーバーブローだっての」
「奇遇だな……鉄屑蜥蜴。俺もだ」
「呼び方安定してねェなら変な呼び方でよぶんじゃねえよクソ犬!」
「貴殿らの漫才は全くどうして、面白いのう!」
「あーもう。ただでさえ話が進まないんだから、たのむから喧嘩しないでく……くださいよ!」
「すまんすまん。アイネだったか、お前の変わり様があまりに予想外過ぎてその……な?」
「だ、だからじろじろ見っ……見ないでくださいよ」
精一杯の抗議もむなしく、むしろその発言が煽る形となって一同の視線が一層アイネに集中する。
目の前の少年……アイネは、しかし先ほどまでは「少女」だった。
アイオーン、その正体はアイネ。それは本人が言うに所謂、変身という形で姿を変えているらしいとのことだ。同時にその正体を隠すための、外見から口調までの変わりようだそうだが……何も性別まで偽る必要もなかろうに、とアランはそこまでのことがあったのだろうかと僅かな不安を抱く。
――アイオーンの髪は濃い桃色。比べてアイネは、一本の例外もなく白色だ。長さもアイネは短く切りそろえてあるが、アイオーンは後頭部の下の方で二つ結びにするほど長かった。
瞳も変化していてアイオーンの時は黄色かったが、今は黒い。色と口調も相まってアイネに至ってはたれ目気味な印象が強く感じるだろう。
体格、背格好そのものはそう変わらないものの、髪色に合わせて色合いの強かったアイオーンの服装とはまるで正反対に全体的にモノトーンだ。ところどころ汚れの目立つ白衣と膝下までを覆う丈の短い黒いズボンだけは共通する印象を受けるが、確かに同一人物と見るには難しいと言っていいはずだ。
――アイオーン……もとい、神代院アイネは、その主武装である『医神杖・アスクレイピオス』の恩恵によって『神代魔法少女 めでぃかる☆アイオーン』に転身、『感染者たち』のもたらす病魔と闘うのが使命……そう述べた。
「転移の際に仲間ともはぐれちゃったし、わけのわからない怪物と闘う羽目になるしでなかなか『転身』が解けるタイミングが無かったんだけど……ほら、ここには『治す必要』が、ないから。杖が自動的に変身を解いたんだと思うよ」
「治す必要?」
「僕の専門は薬学だから、本来外科手術は専門外なんだ。でも、感染者たちとの戦いで薬学じゃ歯が立たない……アイオーンの時に使っていたのは神代魔法を現代医術と融合させた『神医魔術』っていってね、医療の神の力を借りて対象のケガや病気を分析、即座に最適な治療を行うことが出来るんだよ。でもその力の行使には結構な魔力を消費するから――」
「……そこにきて、外部から治す必要が無いと判断したその杖が、力を温存するために変身をを解いた、ということでいいか?」
その場の誰もが言葉の全容を理解したとは言えないだろう。だが、変身が解けた理由だけは汲み取ったアランが述べると、アイネは小さく「たぶん」と答えて頷いた。
原因が分かるや否や、あからさまなため息をつきながらドラウは椅子に腰かけてわざとらしく話題を変える。
その態度とは裏腹に、ふざけている場合ではないことが分かって、各々がようやく椅子に腰を下ろし始めた。これまでにないドラウの真剣な眼差し、そして強く握られた拳が、これまでの浮ついた言動と異なる緊張感を誰もが感じとっていた。
全員が――ムラマサは相変わらずレーグトニアの背後に控えていたがそれを除いて――席に着いたところで、砕けた語調に戻したドラウは話題を切り出した。
「ま、アイオーン……今はアイネか? そっちにゃア驚きゃしたが、そうとわかれば構える必要もないなァ。
――話が途絶えちまったが、どうすんだよレーグトニアさんとやらは。アランにも言える話だがなァ、啖呵は聞いたが、なにかいい手立てェあるってか?」
「それは……」
「そこのクソ犬含めて諦めたくねーのはよーくわかった。俺様だってよォ、目の前で囚われたカワイコちゃんをむざむざと見殺すほど非情な性格ァしてねェからな。
……だが、気持ちがわかっただけに、ここから先をどうするかってのは決めなきゃなんねェ。
目的はある、されど竜人は歌うばかり、ってわけにもいかんの、意味わかる?」
「されど竜人は歌うばかり……『暖簾に腕押し、糠に釘』のような、『なんの意味もなさないこと』を指す竜族の諺だったか?」
「ほぉん、記憶もろくにないクソ犬の癖によく知ってるなァ。
付け加えて言うなら、『やることに意味がないから竜は歌ってたほうがまだマシだ』っていう、皮肉だらァな」
はじまりの竜族に近い血統ほど、その『歌』には魔的な力があるとされる。
歌を重んじる竜族ならではの価値観なのだろう。
諺に例えて述べたドラウに、悩みながらもレーグトニアは応える。
「……正直、打てる手はほとんどない、でしょう。かろうじていうならば人族との連携ですが……」
「人間全体の動きを考えるに……こんな時に同族同士で争いを行うような輩が、協力をするとは思えませぬな。我が主殿自身、そう甘い話があるとは思っておりますまい?」
「ムラマサのいう通りでしょう。皆様はご存じないかもしれませんが、現在人族の一部国家では先の混乱に乗じて内乱や紛争の兆しがあるのです。その状況で戦力を裂くようなことを頼れば……最悪の場合我々は敵対勢力の差し金ということにして狙われかねませんね。
仮に助力があったとして、それは戦力足りえない数であると思うべきでしょう。でも、それでも、シャルスロウ伯爵のような考えの方であれば……あるいは――」
レーグトニアが氷壁の地で起きた出来事を思い出しながら、その地の領主を想起する。伯爵はできうる限りの手を打ってくれることをレーグトニアと約束した。
それでも、人族という人数も生息域も含め少なくない分母を持つ種族にとって、一個人の協力にどれほどのことが出来るのか……
そのことを考えると、レーグトニアが取り付けた協力という名の希望は決定打を持ちえないものであると確信してしまう。
迷い、それでも足掻くと決めた以上は思慮の限りを尽くすべく思考を巡らせていると、アラン達が唐突に虚空を見つめるかのように各々急な反応を示した。
「――どうしました!?」
――表情の読み辛い渋顔をしていたアランも、アイオーンの時とは打って変わってしおらしい態度で聞き入っていたアイネも、事あるごとに軽口を叩いてくるドラウも、レーグトニアに忠義をみせてくれていたムラマサすらも沈黙する。その様子がただならぬことの予兆ではないかと不安になったところで、ムラマサが先だって口を開いた。
「――これは、喜ばしいと言っていい知らせでしょうな」
「皆様同じように虚空に意識を向けるものですから何事かと……何があったのです?」
「我が主殿、レーグトニア殿。ひとつ申しておきたいことがあり申す」
「……」
「どうやら、拙者を含めこの世界には多くの『えとらんじゅ』なる迷い人が少なからず現れておるようで……遺憾ながら拙者もまた、その一人のようで」
『エトランジュ』という単語に、思い当たりのあるレーグトニアは僅かに身を震わせる。
『薄闇の伝承』を調べる中でいくつかの文献に記載されていた、『外界から来たる異邦人』のことだという伝承。
その者達はエギアダルドの直面する大きな危機に現れては秩序を、あるいは混沌をもたらすとあった。
――そのエトランジェが……この場の私以外の面々であると?
その事実に思い至ったレーグトニアの胸中には、驚きよりも先に、この先に待ち受けることの大きさと困難に身震いし、武器を握ったこともない綺麗な指先で、新進から指先まで震えながらも自身の体を抱き止めて震えを堪えながら訊ねる。
「――そのエトランジュが……あなた方がそれであること、それと私たちの置かれた現状に関係があるというのですか?」
「無論。
……先ほど、如何様にしてかは存じませぬがシャルスロウ伯爵が『エトランジェ』たちに大きな目標を示したのです――この世に降り立ったエトランジェ達が持つ『繋がり』を通じて」
ムラマサの言葉に、事の大きさがエルフだけではない……人族も、その他すらも巻き込みかねないことに発展するだろう――そんな予感、否。確信を感じたレーグトニアは、軽いめまいを覚えて視界が揺れる。倒れそうになるほどの不快感を両手の詰めを二の腕に食い込ませながら必死に堪えて更に訊ねた。
「……改めて、『エトランジェ』、あなた方」のことについても話した方がよさそうです。その『繋がり』というものについても」
明後日28日から今週末にかけての間、諸事情により投稿が難しくなります。
掲載できなかった場合は後日余裕のある時に連投する形で埋め合わせる予定。
※追記:諸事情により1週間ほど伸びました。
決して執筆停止というわけではないので、今後も読んでいただけたら幸いです。




