76話
ゲーム側の視点です。
ころころと視点が変わって申し訳ないですが、この辺りしっかりやっておかないと後々に響くのでしばしご容赦をば。
* * * ◆ * * *
ルクル村。
人族の都市群と隣接する中でも最もタァナの森に近い村に、アラン達は撤退の末辿り着いていた。
村という敬称に相応しく閑散とした風景は、どこか長閑で……先ほどまでの騒動が嘘かまぼろしかのようにすら思えてしまうほどに平和なもの。その一角にある空き家に、ムラマサの案内の下にアラン達は辿り着いていた。
「よくぞご無事で」
「拙者に万一のこと、起こり得るなど想像できるかの?」
「減らず口が聞けて何よりですよ。それより、どうでしたか、タァナの森の様子……他の部族長たちは?」
「悉く全滅よ。……まあ、その辺りの子細はこの者達に述べてもらう方が早いかの」
おそらくは村長が融通を利かせて使用させてもらっているであろう、森に近い村の中でも一番小さく、森に面した小屋。そこに一同は集結していた。
小奇麗なテーブルに椅子が六つ。ムラマサと簡単なやり取りを終えた少女は、そのうちの一つに腰を掛ける。各々にも座ることを勧めるが、ムラマサも含め誰一人として座ろうとはしなかった。
アラン達にとって唯一面識のないエルフの少女が、ムラマサの言葉を聞いてアラン達の方へと向き直る。事の次第を説明するのは、アランだった。話を進めるごとに面持ちが暗くなっていく中、アランだけが平然とした様子で語っていく。
最後の顛末まで話し終わるごろには、誰もが暗い顔をして、話を促したはずの少女ですら何も言わなくなっていた。
意気消沈するアイオーンとドラウ、その二人よりも心の傷は大きいはずのアランが、感情の全く窺えない表情で代表して訊ねる。
「時に貴殿はエルフのようだが……名乗っていただいても?」
「失礼、まだ名乗っておりませんでした。私は、レーグトニア。
――『紋鐘』の一族の現族長です」
「――――貴様がッ」
――アランは紋鐘の現族長という言葉を耳にした途端、咄嗟に胸ぐらを掴む。
腕を制止しようとムラマサは刃を向けたが、その刃先に構うことなく首筋の肉を削いでもなお止まることはなかった。血飛沫が僅かに跳ねる。ムラマサはやれやれと呆れる。アイオーンは顔を蒼白に、ドラウはどうしていいのかわからずオドオドと狼狽えるばかりだった。
アランはそのままの勢いで床に組み伏して声を荒げる。
「なぜだッ、どうして入れ替わりなどということをした!」
「それが必要だったから」
「そんなことをせずとも、策はあっただろう?!」
「そのような時間も他に有効な策もなかったから」
「そんな悠長なことをしているから、フィオセアが……エリスシアがッ……!」
「……だったら」
――名前を出した途端、これまで取り繕っていたかのようにレーグトニアの表情は激変する。それは言い返すような激情ではなく、酷く狼狽え、困惑し、不安に押しつぶされるようなものだった。
「だったらどうすればよかったって言うんですか!
戦力があればどうにかなった? 再三打診した人族は見向きもせず、ここにきてようやく氷壁都市との条約が結べました。ええ、遅いですよ。遅すぎましたよ!
それともなんです、私が身代わりになればよかったですか? それで済むならそうしていましたよ!
でもあまりにも外見が違い過ぎる。特徴を見極めて、全族長は狙い殺されたのに、二人と違って丈も顔だちも幼く見えてしまう私が入れ替わって、奴らを誤魔化せるとでも?!
私だってこんなことになっていると知ればもっと早く動きましたよ手段も選んではいなかったでしょう! ええ、今となっては言い訳です、そうでしょうとも!
人族にまで既に手が回っているなど思いもしなかった私を笑いたければ笑えばいい!
我が身大事に動きを悟られないよう慎重に慎重を重ねたことを、臆病だと罵ればいい!
親友を亡くし、囚われて、それでも無力な私を、責めっ、責めれば、いい、…………ぅ、ぁぁ、ぁぁぁぁああ……」
言葉尻が涙声で滲んでいく。
……怒りも、自責も、慟哭も後悔もないまぜになったような沈痛な泣き声と表情は、吐き出してないまぜになった感情と同じく、誰が見ても外見相応の少女のものにしか見えなかった。
アランに胸ぐらを掴まれ組み伏せられるままに、ほろほろと大粒の涙が両目から目尻を伝って床へと零れ落ちていく。
「……二人とは仲が良かったのか」
「ひぐ……はい、物心ついた、時からの、親友でした」
アランは一言だけ訊ねる。
嗚咽交じりの返答を聞くと、先ほどまでの激情が嘘だったかのように身を翻して立ち上がった。
しばらく考え込むようにしてレーグトニアに背を向けたまま、やがてアランは呟いた。
「……羨ましいな」
「うらやま、しい?」
「ああ。悪いが、うらやましい、だね。
俺には狼人族、アラン、魔導書を求めていること……
――それ以外の記憶が無いからな」
「ちょ、それ初耳なんですけど?!」
「そうは言うがなアイオーン、ここに来るまでに話しているような暇があったか?」
「それはその……なかったけどさ?」
「……ちぇ、犬コロの癖にいけしゃあしゃあと言いやがる。調子のいいこって、設定かっての!」
「至って真剣な話だ。所詮味方も守り通せない盾もどきの鉄屑蜥蜴野郎は黙ってろ」
「にゃろ、言わせておけば――」
「まあ落ち着け若人、犬も蜥蜴もそう変わらんて。――どちらも未熟故な!」
「狡賢くて胡散臭い黒ずくめがよくほざく。
……ともあれ、ここで記憶のことをとやかく掘り下げる気はない。それは、俺の、俺自身でどうにかするべき問題だからな。それよりもだ」
話題を区切ってそこで初めて振り向いた。ドラウもムラマサもそれ以上は横やりを入れなくなる。アランの双眸に備わる獣じみた細い瞳が僅かに潤んで見えるが、レーグトニアの方からはちょうど灯りを背にしていたため見えない。
アランは床に倒れたまま子供の様に泣きじゃくるレーグトニアに静かに手を差し出して述べる。
「――それに俺には、記憶以外にひとつだけ持っているものがある。
それは、『救いたい』という感情だ。
それは周りにかき乱されて揺れ動いただけで消えそうなほどに脆いが……それ以上に、心からの感情だ。
エリスシアは死んだ、それは覆せない。
だがフィオセアはまだ生きている。俺はそれを救う。何があっても、どのような手を使っても救うと決めている。
……だからこそ聞きたい」
――レーグトニア。お前は彼女を、まだ救えるはずの彼女をここで泣きながら諦めるのか?
それ以上の言葉をその場で語る者は居らず、泣きすする音のみの僅かな静寂がその場を占める。やがて、涙が零れることを止めることもなくレーグトニアは応えた。
「……そんなの、当たり前、でしょう? 諦められるわけ――ないじゃない」
決心固く、アランの手を取った。
その手は裏腹にか細く折れてしまいそうなほどで、それでもなお立ち上がるというその決意が、アランは少し眩しく感じた。
分かり合えた瞬間――アランは激痛に大きな声を上げた。
「っ痛ッだあああああ!?」
「――このバカ犬は、むやみに怪我をするなと、何度言えばわかるんだっ、脳みそスポンジなのか、そうだね馬鹿なんだね駄犬なんでしょうそうなんでしょう!?」
叫びをあげるほどの痛みは、ムラマサに止められた際の首の傷ではない。
力一杯に思い切り握りしめられた尻尾の痛みによるものだった。
――しかもなぜか、痺れるほどに強い電撃のおまけつきで。
アイオーンの度を越したお叱りに、咄嗟に振り向いて講義をしようとするが……痛み以上に驚きによって、アランは肝を抜かれる思いをする。
「……お前、誰だ?」
アランの尻尾を握り潰し引き千切り、といった勢いで掴む手の持ち主は、確かにアイオーンの声をしていた。
「え、あ、……あー。
その、今は、アイオーンじゃなくてアイネ。……神代院アイネ」
だが奇妙なことに、そこに魔法少女然としたアイオーンの姿はない。
代わりに、白衣を纏った少年《、、、、、、、、》が尻尾を掴んでいた。
「アイオーンは、医神杖アスクレイピオスで転身した姿だから……その、恥ずかしいから僕をその名前で呼ぶの、あの、勘弁してください」
先ほどまでの語気はいずこやら、目の前のアイオーン改め……アイネと名乗る少年は、弱弱しくそう告げた。




