68話
――『吾は報復その理なれ』
この呪術は、「自身に向けられた身体、あるいは精神的異常を行使した者に返す」という非常に分かりやすい効果を持つ。
その術中に嵌った虎面は、その呪術の効果により自身で掛けた術によって同じ効果を受けて、動きの最中の不自然な姿勢まま床に倒れ伏していた。
「ふむ、参った、参ったなこれは。一本取られたわい。存外にやるものよ、連携に疎いと思ったが、そもありなん。自力の勘所を弁えておった故の策ときたか! いやはや天晴!」
大きく見開かれた虎面の眼がアランを捕らえる。
表情は読み取れないが、声色から心底満足げに声を上げたことだけは伝わる。
先の「ナミネ」の件もあるため、その得体のしれない不気味さに懸念を抱くものの、アランは捕縛したその何者かの扱いについて決めあぐねていた。
不用意に近づかず、最後に立っていた場所に
「参ったところで容赦するほど甘くはないが……しかしな、情報を吐くとも思えない。どうしたものか。
どう思う、アイオーン。……アイオーン?」
「アラン、キミさ。また、使ったでしょ呪術」
「……はい?」
「使ったでしょ」
「何を――」
「使ったでしょ、じゅ・じゅ・つッ!
副作用があるならむやみやたらに使い過ぎるなって注意したのに何度言われたらわかるの?馬鹿なの? 犬頭なの? それとも実は鳥頭? 脳みそちっちゃいの? 解剖されたいの? 検証解剖されて脳みそホルマリン漬けになりたい願望なの?!」
「お、おう……? よくわからんが怒られてる気が」
「気がするんじゃなくて怒られてるんです怒ってるんです怒られまくってますけど反省してないから大激怒なんですよ?ご丁寧に説明しなければ理解できない程おつむが空っぽなんでしょうかそうでしたかこの馬鹿――――ッ!」
「ぷふ、くそ犬ざまあ」
「ドーラーウ~。丁度いいから君もそこに直りなさい」
「ははははは……はァ?! なんでだよ!」
「ボク、致命傷は裂けてって。言ったよね?」
「……言ったような気が、するようなしないような?」
「い・っ・た・よ・ね?」
「言いました言いました、確かにおっしゃっておりましたぁァァァァ!」
「二人とも。正座」
「は?」と声を揃えて素っ頓狂な返事をすると、殊更に語気を強めて満面の笑みで「一時間は正座。そのあとで説教です」とアイオーンは言い放つ。反論は認めないと言わんばかりの断言だった。
笑顔のはずなのにその顔が阿修羅の形相に見えたのは、二人の気のせいではないだろう。
「くくく。くははは! 面白い、面白いなお主ら。先ほどまで敵対していた相手の前で説教とは、酔狂極まるわい。特にそこのおなごに至っては愉快痛快、気に入った!」
そんな様子を見やって、虎面の男はついに堪え切れず大笑いを上げた。
「……はあ。なんというか、これが毒気が抜かれるってやつかぁ。
――おじさん、そろそろ説明してくれるかな?」
「応とも。
元より、ひとしきり試したのちにはそのつもりだったと言ったら信じるかの?」
「……あんな手加減されたら信じるしかないでしょ?
――マジカル☆りふれっしゅ《リカバリ・パラライズ》」
「おい、アイオーン!?」
アランの声掛けより早く、虎面の男は麻痺状態から復帰する。
警戒を顕わにするアランとドラウをよそに、四肢を確認するように軽く動かすと、これまでとは打って変わって丁寧な物腰で男はアイオーンに深く頭を下げそのままの姿勢で告げた。
「拙者、名をムラマサと申す。故あって今は『紋鐘』の長に仕えておうてな。此度はその主の指示により参じたのだが……一足遅かったようだのう」
一騒動の最中から向こう、術に集中したままの二人のエルフに目線を送りながら、黒い忍びは切れ長の目を瞑りより細める。
そして、「話べくは山とあるが……まずはこの顛末の、せめてもの成功を見守るとしようではないか」そう述べた。




