65話
「……姉妹というには、随分と見た目に差があるな」
瓦礫を退け終えたアランが、エリスセアの方を見てをふと呟いた。
部屋の中央に横たわるフィオセアにエリスシアは近づくと、自らと、フィオセアが使う魔法具の偽装を解いた。その光景を見れば、誰もが同じような感慨を抱いたに違いない。
見た目に差があるとは言うが、その姿は確かにフィオセアと瓜二つだ。偽装と言っても変わった点は少ない。しかし同時に、その少ない点にこそ大きな違いがあった。
姿格好は瓜二つ。無駄のない筋肉と女性らしい丸みの調和がとれた長身に腰まで届くほどの長髪、端整な顔立ちに残るどこかあどけない少女のような風貌。
しかしフィオセアは白い肌に陽の光が煌めく海原のような金色の髪、底抜けの青い空の瞳をしていたが……エリスシアは違う。
肌は褐色で露出する部分の至る場所に紋様が刻まれていた。服装も偽装の範疇だったのか、どこかの令嬢のようなお飾りの軽鎧姿は消え失せ、代わりに顕わになったのはシダ植物の絡みついた大樹のような外見。
布はほとんど使われておらず、何か樹皮のような奇妙な装いに細かで匠な木工装飾で飾られていて……どこかの民族衣装を思わせる独特の服装だった。
髪の色は鋭く研がれた剣の様な銀色が一房に後ろへと纏められていて、樹木のような柄をした服装には一際目立つ。瞳の色は鍛冶師が熱する鉄よりも激しく、熟れた果実よりも赤かった。
――似ている部分の多さよりも違いに目が行く……その差異を目にすれば、偽装などなくとも一目から姉妹だと判断することは難しいかもしれない。
アランが物思いにふけりながらしげしげとその風貌を眺めていたら、アイオーンに「……やらしい目で見るなら尻尾を思い切り握るよ?」と脅されたので目線を逸らした。
「……それだけは勘弁願いたい」
エリスセアはその様子に小さく笑みを浮かべながらも、術の行使の為に準備を進めながらひとり誰ともなく話し始めた。
「……毒の一族は、魔術に秀でた一族として大成するために研鑽してきました。その特性から、我々はエント……澱んだ魔素によって魔物に変性したトレントの枝を、長い時間を掛けて食事として体内に取り込んできました」
――その集大成が、この肌の色と全身に施された制御紋です。
褐色の肌を持ったエリスシアはフィオセアに歩みっておもむろに近くに落ちていた剣で手首を浅く切る。すると、その出血に呼応して、全身に刻まれた紋様が淡く赤い明滅を始めた。
なおも滲む自らの血で、フィオセアの周りを取り囲むようにして魔法陣らしきものを書き込み、語る。
落ち着きを取り戻してみれば静かで、それでいて話したがりな性格なのだろうか。それとも、すこしでも逸る気持ちを落ち着かせるために他愛ない話をしているのだろうか。
アランの疑念を皮切りに、聞かれてもいないことまで尚も答えていく。
「私とフィオセアは異母兄弟でして。彼女の母は『猟兵』、私の母は『毒』の一億の出身。
父は紋鐘の一族で、聞いた話では三人は幼馴染だったそうです。
顔立ちは似ていて、それでも肌や眼の色なんかが異なるのは……それぞれの母親の血を濃く継いだのでしょう」
「……人間からはダークエルフだなんていわれて恐れられたりしていますが、れっきとしたエルフの一員なんですよ、毒の一族は。
エルフは元来誰よりも魔法に秀でた種族だったという伝承もありまして、古株の方なんかは始祖の系譜と呼んだりもしますその理由がこの……」
エリスセアは手を止めて立ち上がる。おもむろに、服を脱ぎ始めながら。
木の根のような装飾品が下着の代わりに部分部分で局部を覆う以外、何も身に着けない状態。
恥ずかしげもなく真剣な表情で、エリスセアはなおも魔法の行使を淀みなく進めていく。
「ちょおま、なに脱いで――ぶフぉあ!」
「ほらそこ突っ込み入れながら凝視しないのー」
「容赦なく杖で殴るのもどうかと思うがな……」
「アランっちも殴られたい?」
「冗談。それより、何か始まるぞ」
制御紋と呼んだ全身の模様の明滅、その感覚が徐々に早くなり……やがて恒常的に発光する。「くそ犬はガン見でお小言だけなのになんで俺だけ……!」とぼやくドラウを置き去りにして、事が進んでいく。
「この制御紋は集大成として、代々毒の族長に継承されていまして。でも、魔法効果なんてなにもないんです。
ただひたすら、制御できるだけ」
魔力を制御下に置く。
そのためだけに作られた、ただの模様。
しかし、それまでに述べてきたこととつなぎ合わせると理由は明白だった。
「純粋な魔素の制御……上限を取り払う上での出力向上と、それに伴う自身の形質変化に耐え得る自我の維持、だろうか」
「アラン殿は本当に察しがいいのですね。
――これから行う魔法が禁術と言われる理由は二つ。
一つは、術者の安全が確実ではないから。もう一つは……」
そこで「待った」と声が掛かる。止めに入ったのは、ドラウだった。
「……ドラウ殿?」と首をかしげるエリスセアに「くそう、可愛いかよ……!」と内心で思いながらも、ドラウは真剣な表情を崩さず部屋で唯一備え付けられた窓へと目線を向けた。
その様子にただならぬものを感じたアランとアイオーンもまた入り口とちょうど対面にある覗き窓の方へと顔を向ける。
何かに感づいたアランが、腰に提げた魔導書を取り出して戦闘態勢をとって問いかけた。
「匂いでわかる、姿をみせろ。
この魔法は失敗させられない。邪魔をするつもりなら……容赦はしないぞ」
探るように目線を走らせる窓には、問いかけども誰の姿もない。
しかし、問いかけに返事はあった。
「――ふむ。拙者の隠蔽を見抜くとはの。さすがに犬と蜥蜴の感覚は人とは違うわい」
瞬きほどの瞬間、姿を現したのは、黒一色の人の形をしたなにか。
その虎の形をした面をつけた姿に先ほどまでの出来事が重なって、この場の誰もが心臓の鼓動に早鐘を打った。




