62話
もうぼちぼちエギアダルド側のお話に戻りますが、もう少しだけプレイヤー側もお楽しみください。
「『……もしもし?』」
「突然抜けるようなことをしてごめん、先輩」
「『謝るならまず【アイオーン】さんでしょう。私はある程度しょーちゃんのこと知ってるから構わないけど、彼女は事情もなにも知らないから』」
「……そうだよな。少し落ち着いたからすぐ戻れると思う」
「『ならいいんだけど……高校に入ってきて、元気ないみたいだったから先輩は心配です』」
「……心配されるようなほどだったかな」
「『認められなくて怒るのは、認められたいから。
それは構わないけれど、関係のない人にまで八つ当たりするほどとなれば、流石に心配にもなるというものでしょ』」
こんな時にまで、先輩は相変わらずだということに少しだけ安堵する。
3月生まれと5月生まれ。ほんの二ヶ月しか変わらないひとつ年上の先輩は、5歳の頃引っ越してからのお隣りさん、里見紫歩はいつもお姉さんとして接してくる彼女は、高校に入った今でも何かと声を掛けてくる。
小学校の時から変わらず、高校の先輩としている今でもそれは変わらない。
本当に、お人好しだ。
内心で苦笑しつつも、「心配するほどじゃないよ」と答えた。
「『そもそも、突然怒り出すなんて理由はともあれ心配しない方が無理しょうに。……でもまあ、厨二病なしょーちゃんなら仕方ないかも?』」
「……一言余計だっての」
学校の話でよく聞くような、部活動に入らなければならない規則はこの学校においてはない。
にも関わらず、彼女が部長を務める部活動に所属をしているのも、ひとえに彼女の心配と、その人当たりの良さと裏腹な強引さに負けてのことだった。
「……ほんと、姉ってやつにはかなわないよな」
「『あ、その発言はお姉さん差別です。 しずお姉さんにもあとで伝えとくからね?』」
「ぐぬ……これこそ余計な一言か。自分でやっちまった」
「『それだけ口ごたえできるなら、もう心配ないかな』」
「ひどいな、それじゃまるで普段から減らず口ばかりみたいじゃないか」
「『気づいてないなら言わせてもらうけど、前の方がよほど素直でしたよ、しょーちゃんは』」
「へいへい、素直でなくて悪かったですよまったく。……しず姉の名前が出て思い出したんだけど、夕食の支度だけしておきたいからさ。それだけ済ませたらもどるよ」
「『わかった、【アイオーン】さんにもそう伝えておきます。じゃあまた後で……』」
「ああ、さとねえ」
通話を終えようとした先輩を呼び止めようとして、自然と子供の時の呼び方が口を突いて出た。言いたいことは一言だけ。切られる前にと思っていることを素直に告げた。
「心配してくれてありがとう」
「『――どういたしまして。
通話はそのまま続けてるから、いつでも戻ってきて。【アイオーン】さんも心配してたから、またあとで』」
通話を切ったあと、わずかばかりの幼馴染の優しさに、気持ちがほぐれる実感があった。自分もそんな優しさが欲しい、羨ましい、と暗い感情が湧き上がりそうになるのを、それでも、「自分は誰かにはなれない」と言い聞かせて。
食事の準備をしようとリクエストを聞いて献立を考えているとき、そのことを思い返してすごく恥ずかしくなり耳が赤くなる。
そのことをつぶさに読み取ったしず姉に「青春の匂いですかなぁ。青いねえ、青い春だねえ。若さ故の過ちですねい」と、散々からかわれたことも、落ち込んでいた気分を引き戻すのにはいいきっかけとなった。
起こったこと。謝らなきゃならないこと、考えを巡らせていくうち、食事を済ませて部屋に戻って、そこではたと気づいた。
「ああ、そうか」
人への気遣い。
それが本当に優しさかどうかはわからない。感じ取れるのは断片的で、それは自己満足なのかもしれないもの。
本当に心配かどうか、それが打算的なものかどうかなんて、その人にしかわからない。
本心から思うこと、自分が突き動かされてすること。
それらは時には、自分自身ですらはっきりと意識せず、そうしてしまうこと。
「『誰』はある。『どうやって』もある。『何のために』も大丈夫。『いつ』に構想はある。
『どこで《エギアダルドで》』も漠然とある。
ただ、なぜそうしたいと思ったか。アランを突き動かす『信念』がなかった」
設定で……頭の中でどれほど考えても、無駄だ。
「――で、それがゲームキャラクターに必要か?」と夕暮れの喫茶店で言われた記憶が蘇って、ようやくそこで悩みとい荒立ちと、解決すべきこととが噛み合った。
上辺だけの設定や独りよがりの背景だけでない、アランに必要なもの。
「助けたい」
それで、それだけでいい。
……それだけのことが、抜け落ちていたのだと気づいた。
「死んだら終わり、上っ面の設定、必要なことかどうか……なんだ。そっくりそのまんまどれも自分のことじゃねえかよ」
独り言で結構、考えを自分に問いかけるつもりで言葉にしていく。
感情に振り回されて、頭の中が考えで埋め尽くされる前に、と守谷はPCのデスクトップにある『アラン:設定』と題名をつけたメモ帳を開いた。
「晒された悪意の中で、善意に生きてきたからこそ記憶はほとんど失われて……手元に残されたのは希望……心から望む『助けたい』という感情……」口にしたことを、思い至ったことを逃さないようキーボードを走らせて、設定を書き換えていく。
片手間に通話を再開して、片手間に【アイオーン】さんに謝って、その片手間さ加減に先輩に怒られながら、書き換えている事情を説明して集中する。
書き換え終えた頃には、プレイ開始の時間の10分前で、通話を再開した二人にも急いで確認してもらう。
ぎりぎり間に合ったことに安堵して、「ここから、始めるんだ」と意気込んでログインの表示を押した。




