59話
前話に引き続き守谷視点です。
エギアダルドの専用アプリには、キャラクターインデックス機能というものがある。
ノンプレイヤー、プレイヤーのキャラクターを問わず、一度会ったことのある『人物の外見と設定』を閲覧できる機能。
ノンプレイヤーの設定はオーナー側の設定書きが覗けるし、プレイヤー側は各自が自由に設定書きを編集できるテキストボックスがある。自分好みの設定で自分がプレイヤーとして冒険を楽しむうえで、このシステムがあるとつい感情移入してしまう。
守谷自身、感情移入していることを否定はできないだろう。アランというキャラクターはといえば、好みを盛り込んで作っただけのことはあって、外見から設定までかなり気に入っている。
けれど。
アランの設定は既に記入済み、それが何か足りない気がして引っ掛ってもいた。理由は、先の喫茶店での出来事にあるんだろう。ハルトマンの「ゲームキャラクターに必要か?」という言葉は、いまだに尾を引いていて、歯に挟まった小骨の如く言いようのないしこりを守谷に残していた。
まだプレイ時間ではない今日、5月4日の金曜の昼。思い立った守谷は、先日パーティーメンバーを組んだ二人と通話をしないかとチャットを通じて提案をした。
その提案は快諾されて、昼食を済ませたらチャットで連絡を取るという手立てになった。ついでだからとハルトマンにも連絡を入れて、けれども普段ならすぐに返ってくるはずの返事がないことに暇を持て余しながらアプリを触っていった。
食事は早くに済ませてしまった守谷は、もやもやした気持ちの気晴らしにほかの二人……【アイオーン】と【コモ・ドラウ】が揃うまでの間、登録された二人のキャラのパーソナルデータに目を通すことにした。
「なになに……
『敵対勢力【ボーダレス・インフェスターズ】の企てた策略に嵌り無法医療次元世界にはじき出された 。めでぃかる☆アイオーンはその次元の中で、さーじぇる★ケリュケイオンとの死闘の末に和解を得る。
現実世界の患者の危機に、起死回生の一手を狙って使った複合手術|【カドゥケウスの救済】。
この遠隔手術によるインフェクターとの戦いの末に、無事患者を救った二人。
しかし閉じられた世界から戻る手段を持っておらず途方に暮れていた。
そこでケリュケイオンは、インフェクターの感染転移技術を利用して元の世界に戻ることを提案。
無事戻ることが出来た……これはその間に起きた、別世界に渡ってしまった際のアイオーン。
この世界では、能力に制限が大きいため一部医療魔法の使用が出来ない』
……ヤベェな、思った以上のこだわりだ」
文末にはご丁寧に、「このキャラクターは『神代魔法少女めでぃかる☆アイオーン』のなりきりPLによる創作設定です」とある。再現プレイと言いつつも原作本編にうまい事滑り込ませた設定のようだった。
まだ視聴していないが、23話『絶体絶命?! インフェクターズの罠!』の回の後には異世界編が入るらしい。
本編ではほとんど触れられないが、その間の出来事は以降何度も匂わされ、後にその際の出来事が劇場版として話が補完されているらしい。
「アイオーンの設定……ここまでくると、もはやファンアートとかの領域だよなぁ。いや、こりゃあマジで視聴しとかんとダメだな。素直に続き気になるわ……」
女児向けアニメ侮るべからず。
そう思いながらも、画面を切り替え『コモ・ドラウ』の欄を見る。
「ええと、『走ったり飛んだりが苦手で、極度の面倒くさがり。それが仇となって、部族から修行の旅に出すという名目で追い出された竜人族』
……もしかしてこれ、ランダム作成の設定か?」
画面上に表示された文章は非常にシンプルだった。
生来の体質として硬度と重量を持つという設定になっている竜人族は、身体が鈍ることのないよう運動がライフスタイルに根付いている、という設定でもあった。そんな中で例外的な存在、つまはじきの仲間外れという特異な竜人族というのも、それはそれで魅力の一つになるのだろう。
……本人は、そんなことを気にするようなタチではなさそうだけれど。
「ま、本人にとっちゃ面白ければ何でもいいのかもなぁ。あの人ゲームなんてあんまりやらなさそうだし。
そうだ、ナミネの項目も見とくか……あった、これだ」
プレイヤー表示の欄にあるはずの【ナミネ】の項目は部分的に文字化けしていた。
プレイヤー欄にあるあたりやはり間違いや勘違いではなかったと確信は得るものの、情報がそう易々と手に入るものではないのだろう。
「仕様かな」と呟いて、読み取れる文章だけをざっと目を通す。「ネフィリム」「友喰らい」という二つ名以外は文章として曖昧。深く読み取れるものはなく、大した時間もかけずに守谷はノンキャラクターの欄に意識を向けた。
「こうしてみると、色々あるんだよなぁ……よく考えるわな、ハルトマンのやつ」
ノン・プレイヤーの項目も流し見しながら、守谷は感慨にふける。
いろんな設定がある。
設定という言葉を人生と置き換えれば、納得もいくだろう。
人にはそれぞれいろんな人生があって、その人生に右往左往振り回されて生きていく。
けれど、どんな設定を作るかは、その人自身の選択で。
自分が作った設定を見て、疑念を抱く。本当に、こんな曖昧で半端な設定でいいのか? 自問自答してしまう。なんとなく過ごして、それなりのことを達成し。無難に、平凡に生きる。自分のような中途半端な人間にはお似合いの人生だ。
何かをしたいと思ってもそれがうまくいく保証はどこにもないし誰もしてくれない、むしろ反感に嫌味にと辛い側面の方が多いだろう。
そもそも成功する人は、こういうことで迷う前に行動をする。失敗して、成功してを繰り返す。その先にこそ達成するものがあって、そうした繰り返しが出来るような自分には成れないんだろうなという諦めをどこかで感じている自分がいる。
「ゲームってのはずるいよな……設定作れば、その通りになるんだからさ」
やり場のないもやもやした感情が呟きに出るほど胸中を占めていくなか、チャットに連絡が入る。
アプリケーションに通知がポップアップして、思考が現実に引き戻された。
「こちらはいつでも大丈夫ですよ」と返すと、無駄に顔文字の多い文章で「グループ作成しといたから【ドラウ】っちがおkならいつでも通話いけるよ~」と返ってくる。
「私も大丈夫です」と先輩からもそっけない返事が来たところで、コールボタンを押した。
「それにしたって、ゲームってのはずるいよな……」
先ほどまでの余韻で、思わず独り言が口を突く。
マイク付きのイヤフォンに通話のコールが一度も鳴らないのでおかしいな、と思っていると、そのぼやきが聞き取られてしまったようで開口一番に【アイオーン】から突っ込みが入った。
「『なになに【アラン】くん、迷える子羊思☆春☆期系男子なの?』」
「いや、違いますよ【アイオーン】さん。なんていうか、ほら……ゲームのキャラって、アニメや漫画と同じで何でもできるじゃないですか。
すごい魔法や技を使ったりも出来るし、キャラクターは自由に世界を救えるだけの力がある、それをそのために使える……それって、うらやましいなぁって思っただけです」
「『なんでまたそんなことを考えてたんです?』」
「あ、先輩。先日はどうも」
「『なになに、【ドラウ】っちと【アラン】くんってばリアルで知り合いなの!? そこんとこ説明詳しく!』」
エギアダルドのアプリを通じてボイスチャットを起動すると、キャラクターのバストアップが一同に画面に表示される。画像を動かす動画ソフトを用いての動きある画像が表示されて、思わず感心してしまう。
三者三様なキャラクターを眺めながら、守谷は感慨深く呟いた。
「ほんと、良く作るよこんだけさ。そこんとこのこだわりを作者も交えて訊いてみたいもんだが……」
「『あー、【アラン】っちのいってたオーナーさんだっけ。通話に呼んだって話だけど、連絡ないの?』」
「ないですね。一時間くらい前に送ったから、返事くらいあってもいいんですけど」
「『まあ、忙しいんじゃないかしら。気にせず話してればそのうち返事が来るんではないですか?』」
「それもそうか。で、今回集まってもらったのはほかでもないパーティ結成に先立っての今後のクエスト……」
連絡に返事はなく、なにか用事があって出られない旨の通知もない。
そのことに理由もなくどこか胸騒ぎがしながらも、気のせいだろうと頭を振って、守谷は他愛のない通話を再開した。




