53話
背面には門の外観、正面には一面の雪景色と切り立った氷の山々。
まさか外だとは思わなかったが、その理由をムラマサが訊ねるまでもなくあっさりとダスティンが答えた。
「この都市の牢獄は、各門の地下にある。理由は、警備に割く無駄と、士気の問題だな」牢獄の見張りなど門兵以上に時間の空く職などないのだから、兼任したところで大差はない……そうした理由があってのことだったという。
今回の件に関してはそれが裏目に出たがな。そう付け加えて、ダスティンは苦笑していた。「そうでしょうか」とレーグトニアは返事をすると、
「一年のほとんどを雪に覆われるような土地で、犯罪に手を染めるような輩は少ない。大それたことをすれば、この都市でやっていけなくなるからな。
だからこそ。そもそもこの牢自体ほとんど使うことはないのだ」
「事この瞬間においては、ちょうどよい塩梅になったがのう」
「……ムラマサ殿、それはどういう?」
「うむ。どのような協定を結ぶかはさておき、状況は知っておいて損はない。両者とも、そこに異はなかろう?」
確かに、二人が答えると、ムラマサは「であれば」と刀を一刀抜き放った。
刀は足元の雪へと深く突き刺し、両手で何やら複雑に指を組み合わせてしるしを結び始める。足もまた、何かの手順に従った奇妙に見える歩法でその場を動き回り始める。
すると、魔法を発動するときのような……けれども、それらとはなにか別の術に起因する方陣。それが、ムラマサが歩を踏んだ場所から円周へとわずかに広がりをみせる。
「一体何を――」
「我が現身の、分身にかなわば。『妖術:戦の同胞』」
「――?!」
終わると同時、大きく煙を上げた。
その突然の出来事に、その場にいた二人から驚きの声が上がる。
「心配召されるな。ただの術の演出ゆえ」
僅かな時間で、その煙と巻き上げられた雪はすぐに晴れた。
晴れた後、ムラマサが立っていたそこには全く同じ背格好のムラマサが二人佇んでいた。
おなじ、とはいえ違いはあった。虎を模した面頬が、分身の方は口元だけではなく全面……被り物のようになっていることに遅れてムラマサ自身も気づく。色は黒であるため、精巧な虎の彫りを携えるその頭部は、面頬以上に異様な威圧感を醸し出していた。
「ムラマサ殿が、ふ、ふたりに増えた……?」狼狽えたのはダスティン。
その様子をよそに、ムラマサは不満げに「昔は十は容易であったが、いささか衰えたかの……それにこれは、なかなかどうして面妖な」と呟いてから、レーグトニアの方へと二人そろって向き直る。
「主殿、ダスティン殿。この分身をエルフの状況把握のために送ろうと思うのだが、このあたりの地図はあるか。できれば頂きたいのだが」
「あ、ああ。持ち合わせている。
レーグトニア殿に印をつけてもらうとして……」
「感謝する。受け取り次第、すぐに向かおう」と、分身が答えた。増えただけでも驚きだというのに、その上会話まですることに驚きを隠せないダスティンへと、ムラマサは一応の説明を重ねた。
「この分身はいささか特殊なもので、自分が二人いるような状態を作り出しておる。喋りもするし、戦いもする、両の身で情報を共有も出来よう。
……その代償はもちろんある。
戦力は分身と自由に調整できるが、あくまでも分割ゆえ戦力が倍に増えるわけではない。
傷を負えば解術時に共有し、どちらかが死ぬようなことになっても死ぬようなことはないが大怪我となる」
ゆえに偵察は可能だが戦力としては期待できぬわけよ、ムラマサがそう締めくくる。
「確かに数があればと考えたが、そういう理由で偵察のみ、と言ったのか」
「左様。して主殿。印はつけられただろうか?」
「ええ……目安でしかないけれども。
この、『ブラザックの林河』の印をつけたあたりに、唯一河を渡す橋砦があります。この都市からもっとも近いのはここでしょう。どこまで戦火が広がっているかはわかりませんが、ここにいるものに私の名前で状況を訊ねれば……」
「ほかの、拠点となる場所にも念のため印を打っていただけぬだろうか。余裕があればそこも周るゆえ」
ムラマサの進言に、レーグトニアは頷いて橋砦を中軸に、いくつかの印をつけていった。いくつかの印を現在地と比べながら確認してから、ムラマサの分身は懐へと地図をしまい込んだ。「では」とだけ残して、分身が影に沈むように姿を消したことに、もはや驚きはしなかった。
「……レーグトニア殿は、存外驚かぬのだな?」
「もう、何があってもムラマサさんならありかなって」
「奇遇だ。ムラマサ殿に掛れば、何でもありではないかと思ってきたところだ」
「何分時間に猶予もないものと思った故、自重せなんだ。驚かせたのなら、謝罪致そう」
「貴殿らの滞在中に、我が領内で悪事が栄えないことを祈るばかりだな」と、ダスティンは悪者を心配するほどの杞憂を浮かべる。彼に害をなすところでそのような者が現れれば、閑散とした牢屋が犯罪者で溢れることになりかねない。
雪舞う中、その気候の厳しさとは別の意味で寒気が走るダスティンをよそに、「ではまずは受け入れの状況を整える算段を立てましょう」とレーグトニアとムラマサは領主の館に向け歩を進め始める。
ダスティンは空を見やる。
雪景色の空模様同様に不安を懸念しながらも、二人を先導し門をくぐって館へと向かっていった。
ようやくアラン君たちの時系列に追いつきました。
次回からは少しの間、連続してプレイヤー側を描写していく予定です。
今週末は予定があるため、更新時間は不定期になるかと思われますのでご了承ください。




